第319話 昔は昔、今は今
「ああ、美しい。やはり君にはまばゆいほどの金色がよく似合う!」
私は目の前の男、従兄弟に当たるロード・ディエルゴに着せ替えられていた。
趣味の悪いデザインと色のドレスを着せられ、顔をしかめる。
両手両足の枷はそのままに、無理矢理元の服を脱がされ、ラファエル以外の男に肌を晒すことになってしまった。
手枷がなければ問答無用でその頬を引っぱたき、精霊に拘束してもらったのに。
………本当にそんな状態になった時に、私は目の前の男を引っぱたくことなど出来ないけれど。
ロードは昔から外面は良く、民に好かれる者だった。
けれど、自分のモノと決めた相手には裏で本性を出す。
分かりやすく言えば……自分の思い通りにならなければ、他の人にバレないところを攻撃される。
その痛みと恐怖を、私は幼い頃に経験した。
ロードは金髪で長身で、お兄様と並んでも見劣りしない美形だけれど、私は初対面の時からこの男が苦手だった。
手を上げられることとは別に、ロードの執着心と探究心が怖い。
昔から何かにつけて身体に触れられていた。
幼いときは普通に身内としての接触だと思っていたけれど、思春期となり婚約者以外との異性との触れ合いが制限される事を知った後も、執拗に私に触れようとするロードに恐怖と嫌悪を抱いた。
拒絶すれば無理矢理使っていない部屋に引きずり込まれようとしたし、実際に手を上げられそうにもなった。
その時は私の悲鳴を聞いてお兄様が助けてくれたけれど。
それからはロードが王宮にいるときにはお兄様が私を部屋に隠してくれたりして、なんとか接触しないようにしてくれていた。
お父様の弟であるアーク叔父様はサンチェス国公爵家の1人、ディエルゴ家の令嬢と婚姻して婿養子として公爵家に入った。
そしてロードはお兄様の2つ下で生まれた。
成長するまではお兄様のよく遊び相手として宛がわれていたけれど、学園に入ってからロードは研究に興味が出たらしく没頭した。
自分の興味があることの探究心は素晴らしいとは思うけれど…
それでサンチェス国の食物の品質改良などで、国への貢献度は素晴らしいこと。
………けれど、没頭するあまり色々な事に手を出すのはどうかと思う。
チラッと手足の枷に視線を向ける。
コレは、その研究の成果だろう。
そんな迷惑な物を作り上げなくていい。
そして他人に気付かれないようにする薬も、ロードが作り出したと言われれば驚きもしない。
何でもかんでも興味が出たものならば、手を出す事に躊躇がない事も知っている。
私が前世の記憶を取り戻しておらず、ラファエルにも出会っていなければ、恐怖で何も出来なかっただろう。
けれど今は前世の記憶があり、幼い頃の記憶は何処か他人事のように考えられているおかげか、ロードを前にして恐怖心で動けなくなるだけの自分ではないのに気付いた。
ロードがこの部屋に入ってきたときには、動けなくなっていたけれど、頭の中で考えを纏めているうちに落ち着いてきた。
心臓の高鳴りは落ち着いていないけれど…
自分でも驚くほど不思議だ…
………か弱い女なら、ここで震えて泣いて、王子様の助けを待つだけなのに…
私、王女なのに……つくづくヒロインって立場じゃないよね…
どこまでいってもモブはモブなんだろうな…
………よし、現実逃避してちょっとは周りが見えてきた。
ロードが入ってきた扉は開きっぱなし。
チャンスがあれば逃げられるかもしれないけれど…
でも私は未だに拘束されたまま。
「さぁソフィア。行こうか」
ニッコリ笑って手を差し出される。
……いや、拘束されて動けないから。
いっそこの状態のままにしておいて欲しい。
だって、ついて行って何されるか分からないし。
これでも私はちゃんと婚約者がいる身だし、ロードより位の高い王女だ。
本来ならロードが私に触れることさえ許されない。
………何とか逃げ出さないと…
ここはどこなのだろう。
何か手がかりを…
「早く立て!」
「いっ!?」
グイッとロードに腕を引っ張られ、私は無理矢理ベッドから引きずり下ろされようとした。
けれど私はまだベッドに繋がれたままで、両方から引っ張られるような形になり、身体に痛みが走った。
「………ああ。ごめんねソフィア。繋いだままだったね」
自分で拘束しておいてそれか。
本当に自分の見たいもの、したいこと以外に目を向けることがないのだから、この男がある意味恐ろしい。
鎖と枷の繋ぎ目が外され、私は枷のみ付けられた状態になった。
その時が丁度いいタイミングだった。
パッと私は立ち上がって唯一の扉に飛びつくように走り、部屋から出て扉を閉めた。
そして鍵として機能していただろう錠をかけた。
「はぁ……はぁ……」
ドンドンと微かに聞こえる音。
どれだけ密室度が高いのだろうか。
私が中で声を上げても、外には絶対に届かなかったと分かる。
「と、取りあえず……外に……」
重い手足の枷が足取りを遅くするけれど、早くみんなに会いたい。
………ラファエルの胸の中に飛び込みたい。
幸いにもロードがあの部屋から出てこれても、運動神経は皆無の彼から逃げ切れないとは思えない。
研究者特有と言えばいいのだろうか。
拘束から逃れられれば何とかなる。
ここがサンチェス国ならば、王宮に…お兄様のところへ駆け込めばいい。
ランドルフ国なら、それも王宮に駆け込めばいい。
取りあえず外に出れさえすればいいのだから、と私は走った。
そして走って出口を探していると、自然と建物の壁に目が行くのは仕方がない。
壁に掛けられた、拷問具としか思えない物や、怪しい薬がずらりと並んでいる。
ゾッとするのは仕方がないと思う。
昔のロードしか知らない私。
お兄様が匿ってくれるようになってからの接触はなかった。
多分、7~8年くらい。
体格もだいぶ違う。
もう組み敷かれたら私だけではどうすることも出来ないだろう。
ロードの物理的力は分からないけれど…
既成事実を作られたら堪ったものではない。
もう私の身も心もラファエルのモノなのだから。
ここにある薬の中のどれかが、存在を消せる薬なのだろうか。
全て床に叩きつけて葬りたいけれど、混ざり合って別の害が出たら危険よね。
取りあえずこれだけの量はすぐに隠したり持ち出せないはず。
早くラファエルかお兄様に接触して、この場所の薬を回収してもらわなければ。
ロードは善悪の区別が付かない。
というより、自分が興味あることにはそれが世間で悪と分類される事だろうが何だろうが手を出す、とお兄様から聞いた覚えがある。
自分がよければそれでいいのだ。
だから私を攫ってくることが、極刑に当たることだろうが関係ない。
自分が欲しいから攫った。
ただそれだけだ。
私に何故執着するのかは分からないけれど。
とにかく私はロードから逃れるため、必死で走った。




