第226話 思いとは裏腹に⑦
お兄様をランドルフ国上空視察へ連れて行っていた途中だった。
「あ」
お兄様が突如声を出し、顔を上げるとお兄様は火精霊の下を覗き込んでいた。
何だろうと思って私も下を見ると、ガラガラと馬車が走っているのが見えた。
その馬車の天井部分に、サンチェス国王家の紋が刻まれていた。
「………お父様達?」
「だろうね。早かったね~」
私はその馬車を見ながら、淡い期待を寄せた。
――ラファエルに、会える!!
と。
サンチェス国王が来たのならば、ラファエルが会わないわけがない。
それに私の家族だもの。
ラファエルも私を会わせてくれようとして、一緒に謁見と誘ってくれるはずだし。
「お兄様、王宮に戻りましょう!」
「そうだね。ソフィアの姿が見えなければラファエル殿が心配するだろうし」
お兄様の言葉に私は即王宮へと進路を変えた。
近くから旋回して見ていたことが幸いし、比較的すぐに自室へと帰ることが出来た。
お兄様は一足先に部屋を出て、私もソフィーに着替えさせてもらって王宮の入り口へと向かった。
駆け足になりそうな自分を何とか律し、早足で向かう。
その途中、ルイスとバッタリ会った。
「ルイス、お父様達が来られたみたいだけど」
「はい。今ソフィア様をお呼びしようとしておりました。応接室にお通しするように伝えてますのでそちらへ向かってもらって宜しいですか?」
「え、ええ…あの、ラファエルは…」
「ラファエル様は仕事を今片付けておりますので、もう少々お時間がかかります。ので、先に向かっていただいて宜しいでしょうか」
ルイスは身体を反転させ、私を誘導しようとする。
………そっか…忙しいものねラファエルは…
「分かったわ」
私はルイスの後ろに続きながら、ラファエルに久しぶりに会えることに、ドキドキした。
やっと…やっと話せるんだ。
自然に微笑みそうになるのを我慢し、歩く。
応接室に着き、ルイスがノックをする。
「失礼致します」
ルイスが扉を開き、入っていく。
私もそれに続いて入室する。
お父様とお母様、そして先に合流していたお兄様が机を囲うソファーに座っていた。
「お父様、お母様、よくおいで下さいました」
「ソフィア、元気そうだな」
「やだあなた、ソフィアと最後に会ったのは4日前ですわ」
「そうだったか?」
「ええ」
………4日…
その内の3日間、私はラファエルと話すどころか会ってもいないんだ…
そしてローズに諭されて、今日初めて私は自分から会いに行きたいと思い、ライトにラファエルの都合を聞いてもらったけれど……会えなかった…
「しかし実際に見て驚いたぞ。ランドルフ国に雪が積もっていないとはな」
「ランドルフ国の火を吹く山の近くに熱湯の湖があって、そこから地下に熱湯を流したんだっけ?」
「そうですわ。ラファエル様が頑張って下さったおかげで、この国は過ごしやすくなってます」
私はお父様とお兄様の会話に返答しながら向かい側に座る。
「ソフィアのアイデアなんだろう?」
「わたくしは提案しただけです。ラファエル様が実行してくださったおかげです。アイデア出すだけならここまで変わっていません」
「そもそもアイデアが出なければ出来ないことだがな」
お父様も同じ事を言う。
私は苦笑する。
その時ノックが聞こえ、私は扉を見た。
「失礼します。遅くなって申し訳ないです」
入ってきたのはラファエルで、私はその姿に心臓が跳ねた。
ラファエルは正式な王太子の服装に身を包んでいた。
あの婚約パーティの時の白一色の正装だ。
「よくおいで下さいました。こちらの都合で呼びつける形になり申し訳ございません」
「いや、私も温泉街とやらは見てみたかった。レオポルドが良かったと熱弁していたからな。文書でもサンチェス国に来ていたときも」
「そうですか。期待に応えられたら良いのですが」
ラファエルはお父様に真っ直ぐ向かい、お父様も立ち上がって握手を交わした。
………ラファエルは私と目も合わせなかった。
ズキッと痛む胸は気のせいではない。
「いつ来ていただいても良いように室は用意させていますので、今日はお休みになられて明日改めてご案内させていただいても宜しいでしょうか?」
「ああ、案内は充分に温泉街を楽しんでいたレオポルドからしてもらう。まだ安定していないランドルフ国だ。問題が山積みだろう」
「………お気遣い痛み入ります。では明日はソフィアも是非同行させてあげてください」
「え……」
「王宮にいるだけでは退屈でしょうし、サンチェス国王達の護衛はうちの者より優秀ですから」
「いいだろう」
………なんで…
どうして最初に私に聞いてくれないの…?
私、ラファエルと一緒にいたい…
何も出来ないかもしれないけど、ラファエルと一緒にいたり出かけたりが1番嬉しいのに…
「お食事は部屋に運ばせます。必要な物があればその者に伝えてください」
「分かった」
「ルイス、案内を」
「はい。こちらへどうぞ」
ルイスがお父様達を案内するための先導をする。
お兄様も一緒に出て行き、ラファエルと2人きりになった。
………あ、今だ。
「ラファ――」
「部屋までちゃんと戻れるね?」
………作り物の笑顔を向けられて、私は言葉に詰まってしまった。
それに…
ラファエルの顔色が、悪い…?
「ライト、ソフィアをちゃんと部屋まで護衛して」
スッとライトが無言で降りてくる。
「今はサンチェス国王達が来ているから、外出は控えた方が良いと思うよ。まっすぐ帰ってくれると安心だけど、それはソフィアに任せるよ」
ラファエルが私に背を向けて部屋を出て行こうとした。
私は咄嗟にラファエルの腕にしがみつく。
「っ……どうしたのソフィア」
「………」
いつもなら、何かあったのって聞くじゃない。
部屋まで送ってくれるじゃない。
………どうして聞いてくれないの。
どうして私と一緒にいてくれないの。
どうしてちゃんと部屋にいろって命じないの…
なんでいつもみたいに抱き締めてくれないの…?
4日ぶりに会ったんだよ!?
どうしてっ……好きって言って…キスしてくれないの……?
ラファエルが……遠いよ……
置いてかないで…
側にいてよっ!
「………ラファエルが、いい」
「………」
「部屋まで送ってくれるのラファエルがいいっ! だって、4日も会ってな――」
私は言葉を続けられなかった。
ラファエルを見上げた私に、ラファエルの冷たい…何も感情のない目を向けられてたから。
「ソフィア」
スッとラファエルに腕を解かれた。
その声色にも、何も感情が込められていない。
………あの優しい、温かい声が……聞けない…
「………いや、送ってくよ」
何かを言いかけて止め、ラファエルはまるで我が儘な子を説得するのを諦めたように私の背に手を当て、退出を促した。
「ラファエル様」
………え…
私は後ろを振り返った。
………ライトが…ラファエルを呼んだ…?
今までずっと“婚約者様”だったのに…
「姫は私が送ります。ラファエル様は急ぎのお仕事の方を…」
ライトは少し心配そうな顔でラファエルを見ていた。
そんなライトにラファエルは少し微笑んだ。
「いや、ソフィアの希望だから。それぐらいは大丈夫だよ」
………ぁ…
わ、私……ラファエルの邪魔してるんだ…
そんなつもりじゃなかったのに。
そもそも私、ラファエルに謝るつもりだったのに…
なんで、なんで、って……ラファエルに疑問ばっかりで…
それに忙しいって分かっていたラファエルに送れなんて我が儘言った…
ラファエルに背を優しく押されながら、私は自分が情けなくて、恥ずかしくて、ラファエルの顔を見られなかった。
そして部屋に着き、そっとラファエルに部屋に導かれた。
ハッとして振り返った時、ラファエルは微笑んでいた。
さっきよりかは少しいつもの笑顔に近かった。
「ちゃんと休むんだよ? 明日は温泉街を歩かなければならないのだから」
「ぁ……」
言葉を放つ前に扉は閉められ、ラファエルの姿が見れなくなった。
落ち込んでいると、ガタンッと何かが倒れたような大きな音が扉の向こうから聞こえた。
何事かと思って咄嗟に扉を開け放った。
ラファエルが扉を閉めてからまだ数秒のはず。
今ならまだ追えるかもと思ったのも事実で。
けれど扉付近には何もなく、ラファエルの姿もなかった。
………決して短い通路ではないのに…
そんなに急いでこの場を離れるほど、ラファエルは忙しかったのだろうか…
私は俯いてしまった。
次から時系列通常に戻ります。
後2話ぐらいで進展(予定)




