第225話 思いとは裏腹に⑥ ―R side―
バサッと何かが落ちた音がした。
そちらに顔を向けると、ルイスが持っていた衣服を落としていた。
「………どうした」
「それはこちらの台詞です!! なにやってるんですか!!」
バッと持っていた物を取り上げられる。
「………何って仕事」
「先程毒を盛られた者のすることですか!! 毒の種類がすぐに判明して解毒剤が在ったことが不幸中の幸いだったのですよ!? 解毒剤を飲んで症状が多少落ち着いているとはいえ、貴方が今することは――」
「仕事だろ」
「安静ですよ!!」
ルイスが息を荒くして俺に説教してくる。
心配させて悪いとは思っているが…
「寝ているだけは暇なんだ」
「仕事――いや、国奴隷ですか!!」
「違わないだろ」
「………まぁ…」
そこは同意するのか。
「国法改正が最優先であり、精霊のことも落ち着いてないんだ。更に毒盛った侍女の背後を突き止めることも追加された。早く終息させていつも通りの生活に戻りたいんだ」
「気持ちは分かりますが、症状が落ち着くどころか悪化したらどうするのです! 毒盛られてから半日も経っていないんですよ!? 貴方は本当に人間ですか!!」
「大丈夫だ。それにちゃんとした人間だぞ。甥を化け物扱いするな」
「充分化け物ですよ! 大丈夫だと言う根拠は!?」
「元不良だ。王族に使用されるような毒よりタチが悪い物が日常に溢れていたんだ。大抵の毒じゃ死なないから安心しろ」
「どういう理屈ですか」
「それに精霊たちが協力してくれて体力を維持してくれている」
ルイスがため息をつく。
俺の説得を断念したか?
が、奪われた書類は戻ってこない。
「寝ていても出来る仕事はした方が良い。国のためだ」
「………」
………それに…これ以上仕事で時間を使いたくない。
一刻も早く――
………いや、ソフィアは清々しているかもしれない。
俺がいない方が楽しいだろうし…
俺ばかりが会いたいと…共にいたいと思っている。
これ以上俺のことでソフィアを煩わせて、ソフィアの笑顔を奪ってしまいたくはない。
………今、ソフィアは何をしているのだろうか。
ライトはちゃんとソフィアに言うなと言った言葉は守ってくれているだろうか。
………いや、ライトはソフィアに忠実だ。
きっとソフィアに聞かれたら答えてしまうだろう。
その時は通常通りにしなきゃな。
来ることはないだろうが、一応皆に箝口令を…
………と思ったが、来るはずないな。
ソフィアがここに来ることは今までも、そしてこれからもない。
「………王太子のそれは寝ているとは言えません」
「ん?」
「起き上がっている時点で寝ているとは言えませんよ」
「ベッドにいるのだから寝ている」
「寝ていません。上半身を起こしています」
「でもクッションに寄りかかっているからベッドの範囲内だ」
「範囲外です」
ルイスはまたため息をつき、ベッド脇に椅子を持ってきて座る。
「せめて今日1日は寝ていてください。でないとソフィア様に言いつけます」
………こいつ…ソフィアを引き合いに出すか。
が、その手は通じないぞ。
「言ったところでソフィアは心配しないさ」
「何処までネガティブになっているのですか」
「仕方ないだろう? ソフィアは俺を愛してなどいないのだから」
「は?」
「会いに行くのも、愛を囁くのも俺ばっかりだって言っただろう」
俺はスッと窓を指差す。
「ソフィアは鳥かごの中にいる女じゃない。外へと羽ばたいていく女なんだ。だから、束縛すればするほど外への願望が溢れ、飛び立っていく」
「その話には同意しますが、王太子を愛していないというのは否定します。ちゃんと好かれていますよ」
「そうか」
ルイスの目が半目になった。
イケメン台無しだな。
「………その軽い返しは信じていない証拠ですね」
「嫌われてはいないよ。多分ね。デート出来なかったって残念そうに言ってくれてたから」
「それでしたら」
「ただ、ソフィアのあれを見てると、俺の存在は友人、もしくは友人以上恋人未満? じゃないかな」
俺が愛を囁くとソフィアの頬は色づく。
けれどソフィアからの愛の言葉は無い。
俺の片想い、なのだろう。
ソフィアの好きは、おそらく恋愛感情ではない。
本当に好いてくれているのなら、何らかの言葉は自然と出てくるはずだ。
あれだけサンチェス国で淡泊な返しを受け続ければ…
「自信がないんだよ」
「………ラファエル…」
「ルイス、様を忘れているぞ」
ルイスに心配そうに見られ、俺は苦笑する。
ダメだな俺は。
ルイスにこんな事を言って、心配させるなど。
俺は王太子だ。
誰にも弱音を吐くことは許されないのに、身内という事で口が軽くなる。
「すまないな。レオポルド殿にも愚痴ってしまったのに、お前にまで」
「………いえ…」
「疲れてるんだな俺は。寝て疲れを取って本来の俺に戻るよ」
毒のせいだろう。
こんなに弱気になるのは。
同じ事をグチグチと…
俺は王太子なんだ。
ちゃんとすべき事はしなければ。
……ソフィアにフラれたとしても、俺はソフィアの婚約者。
格好悪い真似はこれ以上してはいけない。
………サンチェス国王女の相手として、相応しい男でいなければ。
………ちゃんと、束縛もこれ以上しないと決めたじゃないか。
会いたいと…ソフィアの顔を見たいなどと…共に眠りたいと言って、自由に羽ばたいているソフィアの翼を閉じさせてはいけないんだ。
情けない男は、ソフィアに相応しくない。
………包容力のある男になりたいな。
スッとベッドに横になり、目を閉じる。
「ラファエル様。ラファエル様も人の子です。弱気になったり愚痴を言ったりは当たり前なのですから、どうかご自分を責めるのは…自虐的になるのはお止め下さい」
「………ああ、ありがとうな」
「………ソフィア様もソフィア様です。少しはラファエル様を――」
「ルイス、ソフィアを責めるのは許さない」
スッと目を開け、ルイスを見る。
「っ…」
俺は怖い目をしていたようだ。
ルイスが息を飲んだ。
………すまない…
「………ソフィアは俺の我が儘で強引に婚約させられ、そして強引に連れて来られたんだ。しかもここでは自由にさせてやれなかった。ストレスが溜まっていて当然なんだ。サンチェス国で羽目を外したって、俺が…ランドルフ国の者が責められるはずもない。頼むからソフィアを責めないでくれ」
「ラファエル様…」
「ソフィアはよくしてくれてる。この国のことを考えてくれている。それに感謝すれど、どんな事があっても責めたりしてはいけない。彼女は俺よりずっと尊い存在で、俺なんかが対等でいられる存在じゃないんだ。………でも、対等に近づきたいと思っている。……ルイス…ソフィアは俺のたった1人の大切な人なんだ。宝物なんだ。ランドルフ国にとっても失えない、とても大切な……だから、責めるなら俺だけにしてくれ……ソフィアを……守りたい…」
「………分かりました」
ルイスが頭を下げたのを見て、安心して引き込まれる暗闇に身を任せた。
「………それでラファエルが傷つき、壊れていっては元も子もない……お前は王太子以前に私の甥なんだ。甥を傷つける者から守りたいと……力になりたいと…味方でいたいと思うのも当然だと知ってくれ…」
次は少し接触します。
もう少ししたら時系列進みます。
時系列行ったり来たりで、すれ違いが長く感じてしまう方もいらっしゃると思いますが、
今しばらくお付き合いいただけたら幸いです。
(実はこれ、②から1日経ってないんですよね…)




