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第180話 進展すること ―S side―




レオポルド様からの睨みつけられた時の呪縛が解け、漸く動けるようになって息を吐く。

わたくしを支えていたヒューバートは共に残り、ナルサスは先にラファエル様の元へ行くと言って、応接室を後にしていた。


「………ありがとうございました。もう大丈夫です」

「本当に?」

「はい」


わたくしは足に力を入れ、立ち上がる。


「………大丈夫そうですね」


ヒューバートが上から下までわたくしの立ち姿を見、頷く。


「ご迷惑をおかけしました」

「いえ、こちらこそ妹が考えなしの行動をしてしまい、ソフィー殿がレオポルド様に怒られてしまって、申し訳ないです」

「マーガレット様は姫様の事がご心配で行ったことですわ。責めないであげてください。レオポルド様も彼女を責めることはございませんでしょう」


………むしろ姫様がわたくし以上に怒られてしまうかもしれない…

レオポルド様に知られているとは思っておらず、わたくし自身も姫様の思うとおりにと…王宮内だからと油断してしまったのも事実。


「………ありがとうございます」

「いえ、わたくしに礼など不要です。わたくしはただの侍女ですので」

「………」


………ダメだ…

視線を合わせられない。

でも、ヒューバートを見ようと視線を動かしてもすぐに反らしてしまう。

主人以外正面から見ることに関しては、王族として過ごしていた頃の名残で簡単に出来ていたのに。

表情を作ることなど、お手の物だったのに。

………情けない。

自分がこんな失敗をしてしまうなんて思ってもみなかったから。

………彼の傍にこれ以上いたら、また何かしてしまいそうだ。


「そろそろ失礼いたします」

「………待って」


ヒューバートの隣を抜けようとして、腕を取られた。

ハッと、反射的にヒューバートを見上げてしまう。

視線が絡まり、わたくしは息を飲んだ。

………どう……して……


「………レオポルド様が来られたら時間が取れそうにないですし、貴女とこうしてお話しする時もなさそうですから…」

「………何でしょうか?」

「………」


ヒューバートは何かを言いかけて口を閉じる、を繰り返す。

更に視線を反らす。

ジッと待っていると、ヒューバートは1つ頷いてわたくしをまた見た。


「………私と出かけてください」


ドクンッと心臓が跳ね上がった。

………出かける?

誰が?

ヒューバートが?

誰と?

わたくしと?

………え?

今わたくしはデートの誘いを受けたのだろうか?


「再来月妹の誕生日でして贈り物の候補が見つからず、温泉街がそれまでに出来てるでしょうから、ソフィア様が案を出した商品が売られていると思うんです。女性の目から見た良い物を教えてもらいたく」


高鳴った鼓動が一瞬で落ち着いた。

期待させられて、落とされた。


「………わたくしで宜しければ」

「本当ですか! では、また時間が出来た時に」


そう言って微笑み、ヒューバートは一礼してその場を後にした。

わたくしはふらっとフラついて壁に手をつく。


「………はぁぁ…」


少し長めのため息をつき、壁に額をつける。


「………妹のことを頼むときだけ目を合わせてもらっても、嬉しくない…」


『………あいつは君には難しいと思うけど?』


ラファエル様の言葉が頭に響いた。

………ですよね…

彼は公爵の人間だし、王宮騎士だし、侍女なんか相手にしないよね……

しかもわたくしは精霊だし。

わたくし自身が精霊だと知っているはずだし。

主君の伴侶になる予定の姫様の侍女だし、精霊だと知らなくてもサンチェス国の人間だと思っているだろうし。

ラファエル様とソフィア様の動向を伺うために来てるものね…


「………はぁ…」


また息を吐き出し、わたくしは身体を起こす。

ぱちんっと両頬を叩いて気持ちを切り替える。


「………わたくしは姫様の侍女だもの。恋愛より姫様優先でしょ。何落ち込んでいるの」


自分を叱咤し、応接室を出る。

早く姫様の元へ行かないと…


「はぁ!?」


突如聞こえてきた声に、わたくしは驚き足を止める。

ソッと聞こえてきた方に意識を向けてしまう。


「お前何やって……るんですか…」

「………いい。無理に敬語使うなナルサス……これでも落ち込んでるんだ。お前の下手な敬語を正す気力がない…」

「………せっかく2人きりにしてやったのに…」

「………言うな…」


………ナルサスとヒューバート…?

そっと陰から覗いて見た。

ナルサスが立っており、ヒューバートは壁に寄りかかって項垂れていた。

………どういう状況?

ナルサスはラファエル様の元へ行ったのでは…


「ああいう女が落ち込んだ時に慰めるのが効果的なんだぞ!? 妹への贈り物をダシに使って出掛ける約束できたことは褒めるけど、それを利用しないとデートにも誘えないのか情けない……公爵家の者だろお前は……女の口説き方下手すぎねぇ…?」

「お、お前みたいに俺は遊んだことなどないんだ! 婚約はしてたけど相手とは会ったことないし、騎士になってから婚約解消したし!」

「だとしても肩抱けてたじゃないか。そのままガバッと抱きしめたら良かったじゃねぇか」

「だっ!? む、無理だ!! あ、あんな細い肩だったんだぞ!? 俺が抱きしめたら折れてしまう!!」


ヒューバートが顔を手で覆って、ズルズルとその場に座り込んだ。

手の間から見えている頬の色は……赤い……?


「………折れねぇよ……こんなヘタレなヒューバート殿には抱きしめる度胸もないか……」


………妹の贈り物……肩抱けた……

え……

ま、まさか……


「そんなんでいつソフィー殿に想いを伝える事が出来るんだ……ソフィー殿は美人な部類に入るんだからあっという間に他の男にかっさらわれるぞ?」

「………まさかナルサス……お前もソフィー殿を狙ってるんじゃないだろうな!?」

「俺は精霊を伴侶にするのはお断りだ」

「何故だ!? ソフィー殿は完璧侍女で俺達騎士にも気遣う言葉をかけてくれる! 訓練でボロボロになった時も手が空いてたら手当の手伝いまでしてくれる! その上美しいだろ! 惚れないはずないだろ!?」

「………惚れたらヒューバート殿が困るだろ……」


呆れたようにナルサスがヒューバートを見る。


「はっ!! そうだった!! 惚れるなよ!?」

「………だから、他人の想っている女を奪うようなことはしないって……ったく…惚れてるのに何でソフィー殿と今まで話できなかったんだ。目も合わせられないってヘタレすぎるだろう」

「ぐっ……あ、あんな周りに気遣える人初めて見たんだ。ソフィア様もお優しいが……騎士の俺たちがヘマしても許して下さるし…気にかけてくださってる」

「お前……」

「そ、ソフィア様にはラファエル様がいらっしゃるって知ってるよ!! それに主君の婚約者に惚れるわけないだろ!?」

「………分かってるならいいが…」

「俺の周りは我儘令嬢ばっかりだったし……どう接していいか分からないだろう!?」


わたくしは口を手で押さえた。

火照ってくる頬はどうしようもなかった。


「………まぁデートに誘えたことだけは及第点じゃねぇ……? いつになるか分からないのが問題だが……」

「………そこなんだよ………ぁぁ……日付も決めれば良かった……」

「その間にソフィー殿に想い人とか、恋人出来なければいいな」

「嫌な事言うなっ! って、おい! 捨てていくな先輩をっ!!」


ナルサスが歩き出し、ヒューバートがそれを追っていった。

ズルズルと今度はわたくしがその場に座り込んでしまう。

高鳴った鼓動を落ち着かせることに、必死だった。


ソフィーの想い人はヒューバートでした。

こちらも予想されていた方いらっしゃいますよね…

ヒューバートと両片想い状態です。

ソフィーがヒューバートを想い始めたきっかけは、また後日。

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