第169話 精霊の力は予想を遙かに超えました
「ソフィア様! ラファエル様! ご無事ですか!?」
涙が収まった頃、背後からマーガレットの声が聞こえ、ハッとした。
そうだった。
彼らも連れてきていたのを忘れていた。
涙を知られないように拭い、振り返った。
そこには氷精霊の背に乗った2人がいる。
………氷精霊、飛べたの……?
空中に留まっている氷精霊から水精霊の背に移動してくる。
「お2人ともお怪我はございませんか?」
「わたくし達より、ソフィア様とラファエル様です! 火傷とかしていませんか!?」
「わたくしは大丈夫です…ですが、ラファエル様は……」
隠したとしても直ぐに分かる。
私は素直に横たわっているラファエルが見えるように移動する。
「ラファエル様!」
「我々がはぐれてから何があったのですか?」
「わたくしとラファエル様もはぐれてしまって……わたくしは影と精霊が守ってくださったので怪我はないのですが、ラファエル様はお1人で戦っていたようで……詳しいことはお目覚めにならないと……」
「………そうですか…」
2人がラファエルを心配そうに見つめている。
自国の王太子がこんな事になっているのだ。
心配だろう。
本当に申し訳ない…
私と究極精霊がいながら……
本当に後悔先に立たずって言葉が身に染みる。
もっと精霊の訓練していれば…
『―――』
「………ぇ?」
突然頭に響いた声に、私は耳を押さえた。
落ち込んでいた意識がそちらに向かい、思考が分散された。
『………それ、本当?』
『ああ。ただ、主だけの立会がいい。そこを離れられるか?』
火精霊に言われ、私は即答できなかった。
『………私だけ……影もダメ…って事だよね…?』
『そういう事になる』
私はチラッとライトとカゲロウを見ると、2人にガン見されていた。
………ですよねー!
2人が私から目を離す事なんてないよね!!
どうしたものか…
『我に任せて主は飛び降りろ』
『飛び…!? こ、ここ何メートル上空だと思ってるの!? いくら私がお転婆だからってここから飛び降りたら死ぬから!! 命大事だから!!』
地面より当然雲の方が断然近い。
むしろあと少し上昇したら雲の上だ。
飛び降りることが怖いんじゃなく、間違いなく死ぬから飛び降りれない、なんてまさにお転婆思考だ。
もっと女の子思考した方がいいんだろうけれど……
これが私だ。
『下に風精霊がいる』
『あ、じゃあ大丈夫ね』
それに納得してしまうのもどうなんだ、とか言われそうだけど。
『じゃあ、任せるわよ?』
『承知』
火精霊との話が終わり、私は皆に視線を向ける。
「申し訳ないのですけれど、わたくし少し所用がございまして、ラファエル様をお任せいたします」
「え…?」
「ソフィア様…?」
皆がこんな状況で急に私が用があると言ったために、意表を突かれたらしい。
影2人も一瞬間が空いた。
その隙に私は身体を少しずらす。
それだけで私の身体は重力に逆らわず、地面に向かって落下した。
「「姫(様)!!」」
「「ソフィア様!!」」
皆ごめん。
でも呼ばれちゃったから。
空中で回転し、足からの落下を頭からの落下に変更する。
………これ、怖がった方が良いのかしら?
ヒモなしバンジージャンプ…
元々前世で遊園地アトラクションの高いところから急降下する乗り物とか大好きだったのよね。
それでも実際飛び降りたら恐怖心が出て来るかと思った。
でも、本当にそんなものはなかった。
………たぶん、私はラファエルがあんな事になって、土地がこんな事になって、頭に血が上り興奮状態にあるのだろう。
今ならなんでもできる気がしていた。
何かがあっても精霊が守ってくれるだろうし、ね。
地面が近づき、空中で待機していた風精霊を見る。
ふわりと私の身体が浮き、ゆっくりと地面に着地させてくれた。
「………どこ?」
『こちらです』
風精霊に案内されたのは、森の中心部辺りだった。
一際大きな大木が真っ黒に焼けてしまっても堂々とその場にそびえ立っていた。
樹齢何百年だろう…
そしてその大木の丁度私の目線部分が、淡く緑色に光っているのに気付く。
光が徐々に大きく強くなっていくのを私は眺めた。
「………これが生まれる瞬間なのね」
火精霊から聞いた言葉は、――新たな精霊が生まれそう――ということだった。
そしてその新たな精霊は、私を立会人にして欲しいと要求してきたそう。
誕生する前――身体が出来上がる前に意識がある者は相当力が強い者だそうだ。
姿が判明して初めて力の階級がどれになるか分かるそうで、大~究極のどれになるかは今は分からないんだとか。
けれど、まるで呼吸しているように大きくなったり小さくなったりする光はとても力強く、そして身近にいつも感じている私の契約精霊達と似た力を身体全体に感じる。
私はなんとなくだけれど、究極精霊が生まれるのではないか。
そう思った。
光が限界まで大きくなり、目を思わず閉じた。
『―――――』
聞き覚えのない声が頭に響いた。
ゆっくり目を開けると、そこに佇んでいたのは――
「………ドライアド……?」
樹の精霊、と言っていいだろう美女がいた。
ストレートの黄緑色の髪、ボンキュボンのナイスボディの、同じく黄緑色の衣がスタイルの良さを強調するようにピッタリと身体に貼り付いている。
『はじめまして8大究極精霊と契約している者。わたくしは火の精霊に燃やされたこの森を見守っていた大樹に宿った魂。燃やされて命を失うと思ったときに、貴女と貴女の精霊に助けられました。感謝と貴女の力を借りたく、この森の全ての木から命を貰い、精霊としてわたくしは今生まれました』
………うん?
ちょ、ちょっと待って…
頭が追いつかない…
感謝、は分かる。
でも、私の力…?
そして精霊って、生物から命を貰ったら出来るわけ!?
………うん、でもまぁ目の前にいるんだから…ソレが出来ちゃったから、生まれちゃったんだよね…
………………よし、そういうものだと納得してしまおう!
私の頭では理屈を掘り下げれば掘り下げるほど、こんがらがりそうだ!
ランドルフ国では精霊が当たり前だし、生まれることもあるよね!
「………それで、私の力を借りたいって……どういう事?」
『精霊は未契約より、契約していた方が力を出せます。わたくしと契約して頂きたいのです。そして、この森を元通りに戻すようわたくしに命じて欲しい』
「………………………ん?」
『木々の種と成長を促すことは出来ます。ですがわたくしにはそれだけしかできないのです。ですから土を元に戻す土の精霊と、成長に欠かせない水と光を…水の精霊と光の精霊に力を貸して貰えるようお願いして欲しいのです!』
頭を下げる木の精霊に、私の思考は一時停止していた。
そして彼女の言葉を反芻し、徐々に自分の口角が上がるのを感じた。
「………それは…この森を元に戻せる、という解釈をしても?」
ハッと木の精霊が顔を上げ、そしてコクコクと頷いた。
………話し方は立派な大人なのに、仕草はまるで幼子のようだ。
「では、“ジュリ”。最初の命令です。この森の焼けてしまった木々を、全て取り去って。燃え残り、薪に出来そうな木はこの森の先の平原へ。出来る?」
『!! で、出来ます!』
パッと明るい表情をした木精霊は、両手を掲げる。
すると、焼けて無残に倒れた木々が一斉に空中へ。
………すごっ!!
次々に消える木と移動していく木。
氷精霊が凍らせている木の所まで、焼けた森から焼け野原になるのはそう時間はかからなかった。
さ、流石樹齢数百年だろう大木から生まれた精霊…
『火精霊、私を乗せてくれる?』
『ああ』
火精霊がすいっと私の所まで降りてくる。
そして5・6メートルぐらい上昇して止まってもらう。
『………木精霊は間違いなく究極精霊並の力を持ってるわよね…?』
『我らには劣るが……準究極、といったところではないか?』
『………そんな階級あるの…?』
『まだ生まれたばかりで分別がついてないところもあるだろうしな。あと200年もすれば究極精霊の仲間入りするだろう』
うん、間違いなく私はもういない時だ。
なので考えるのを放棄した。
「さて……土精霊」
『なんだ?』
「土を生き返らせることは出来る?」
『可能』
土精霊の返答が聞こえた瞬間、ボコボコという音が聞こえ、下を見ると真っ黒だった土が水分を含んだ瑞々しい土色に変化していく。
………すごっ!!
………って、私毎回皆の力を見て凄いとしか言ってない…
ボキャブラリーなさ過ぎるよね。
私が見ていると、隣に浮いてきた木精霊がキラキラした瞳で土を見ていた。
「………木精霊」
『は、はい!!』
土精霊が生き返らせた土の上に木精霊は飛んでいき、旋回する。
木精霊が通った所からポポンッと、次々に木の芽だろう若葉が生えていく。
「水精霊! 光精霊! この森を生き返らせる手伝いを!」
水精霊が雨を降らせ、光精霊が光を当てて光合成を促す。
木精霊が撒いた種は精霊の力が宿った特別性だったのか、みるみるうちに成長した。
氷精霊が凍らせて守っている木と同じ大きさになった時に成長は止まった。
そして氷が溶けていく。
………ぁぁ…
自然に涙が零れた。
「………ラファエルの国の土地が……ありがとっ………みんな、本当にありがとうっ」
生き返った土地に私は嬉しかった。
これで……ラファエルが悲しまなくてすむ…
私は泣きながら笑っていた――
究極精霊の天変地異を起こす力を、再生に利用したソフィア。
………ラファエルの出番がないぞ!?




