第152話 私の庭
「………」
私は目の前の光景に絶句した。
朝、ラファエルが満面の笑みで私を見下ろし、散歩しよとお誘いを受けたのはほんの数分前。
ソフィーに着替えさせてもらって、ラファエルに姫抱きで庭に連れてこられた。
自分で歩いてないのに散歩って可笑しくない?
と、ラファエルに言おうとした矢先に目に入った光景。
言葉も出ずに眺めることしか出来なかった。
次第に視界が歪んでくる。
どうしたんだろう。
瞬きすると、温かいものが頬を流れていくのを感じた。
………ぁぁ……私は感動して涙を流しているのか……と分かった。
「………姫様……お気に召しませんでしたか……?」
不安そうにソフィーに聞かれ、私は勢いよく首を横に振った。
「………ぁ、ぁりが、と……ソフィー……」
私はそれだけしか言えなくて、ラファエルの胸元に顔を埋めた。
嬉しい。
本当に嬉しい。
サンチェス国の庭園とは比べものにならないぐらいに色とりどりの花。
優しい香りがここに広がっている。
ソフィーが以前花を植えたいと言っていた。
だからここはソフィーが作ってくれたということ。
私は感謝してもしきれなかった。
「良かったです…」
ソフィーの声が震えていて、思わず彼女を見た。
彼女も私と同じく涙を流していた。
笑っているから悲しいんじゃない。
………私が喜んだから…?
「さぁ、姫様。朝のお茶にしましょう」
ソフィーが涙を拭って言った。
私は頷いてラファエルに庭園の真ん中にある、いつもお茶をするスペースにある椅子に座らせてもらった。
「………綺麗……」
お茶の準備が出来るまでの間、私は近くにある花を見つめた。
「………ぁれ……?」
「どうしたの?」
ふと気づく。
綺麗に咲く花の色ばかりに囚われていたけれど、改めて見ると既視感を感じた。
「………水仙……山茶花…寒椿……ローズマリー…雛菊……チューリップ……蒲公英……菫……乙女椿……カモミール………ヒヤシンス………牡丹…鈴蘭……白詰草………マリーゴールド…蓮華草……勿忘草……薔薇……ラベンダー…………ダリア………マーガレット………ガーベラ…………」
まだまだ種類がある。
けれど、もうその先は口に出来なかった。
………どうして……
日本の花と同じ呼び方の花があるのは、ラファエルが以前ハンカチに刺繍して欲しいと言われた胡蝶蘭とアイビー、そして私がラファエルにあげたカフリンクスの柄霞草。
後は薔薇ぐらいだ。
学園の授業で習った植物学ではそれぐらいしか同じ花はなかったはずだ。
なのに……ここに咲いている花は懐かしい日本を思い出させるのに充分だった。
こんなに……こんなに日本と同じ花が、この世界にあった、の……?
止まったはずの涙がまたあふれ出してきた。
コトリとお茶が机に置かれた。
そして置いたソフィーは私に笑いかけてくる。
「………ソフィー……何が……」
何がどうなってるの…?
「先程姫様が呟いた花の名前はこの世界に無い名前ですわ。けれど、姿形が似たようなのを探しました。更に姫様の世界では咲く季節が違いますが、肌寒くても問題ない花を厳選しました。世話を怠らない限り、ここの花たちはずっと咲き続けてくれますよ。姫様の心が少しでも安らぐように」
ソッと囁かれた言葉に、私は涙が止まらなくなった。
………どこまで優しいのだろう。
ここまでするのに、どれだけ頑張ってくれたのだろう。
精霊は休みは必要なく、睡眠も必要ないらしい。
だから私の世話がない夜中に準備をしてくれていたのだろう。
「私、何も返せないのに……」
「姫様、そういう所が王女らしくないと言われるんですよ」
「うっ……」
ソフィーの言葉が刺さる。
………あ、当たり前のことになりたくない…
これは流石に…
………でも、お返ししたいって言っても、断られるんだろうな……
私は涙を拭う。
「………ありがとう……ソフィー……」
「はい」
私のお礼だけでソフィーは幸せそうに笑う。
………それだけで、いいのかな…
ラファエルを見ると、ラファエルはソッと頷き微笑んだ。
いいんだ……?
「ぁ、ラファエルもありがとう。お金沢山使わせちゃったよね…」
「だから、それもする必要ない心配だよ。ソフィアは何も心配せずにこの庭園を気に入ってくれてればそれでいいの」
「う……はい」
ラファエルにも言われちゃった…
居心地が悪くてお茶に口を付ける。
………ぁ…
「ソフィー」
「はい」
「このお茶、香り付けで薔薇を使った……?」
「はい。せっかくの花に囲まれてのお茶です。初めてのお茶は特別にしたかったので」
「ありがとう」
お礼を言うと、またソフィーは笑う。
う~可愛いな!!
………ん?
………香り付け……
「そうだ!」
思いついたことに、勢いよく椅子から立ち上がってしまった。
「~~~~~~~~!!」
そして後悔する。
全身に痛みに似た痺れが走る。
「ちょっとソフィア何やってるの!!」
急いでラファエルが駆け寄って支えてくれる。
「ご、ごめん……」
「どうしたの」
「え?」
「何か思いついたの?」
「………あ!」
身体の不調で一瞬忘れていた。
「香り付けだよラファエル!」
「………ん?」
「温泉!! 種類増やせる!? お花を浮かべたお風呂作ろう!? きっと令嬢に人気になるよ!! 店の数多すぎたし、そこを改装して温泉増やして花を1種類ずつ浮かべるの! 1つの店に1種類ずつ違う花風呂にすることで、かなりまだ空いている店が殆ど埋まるよ! 各国の花も取り寄せてさ! ここみたいに育てるための気候に気を使う事なく花を使えるし! ああそれなら花自体は無理だけど、粉末にして各入り口で販売することによって、温泉の元を家にお風呂持っている貴族に売れるかも!! 1回使いきりなら貴族相手ならまとめ買い期待できるし!」
アイデアに嬉しくなって、勢いよくラファエルに言ったのだけど、目の前のラファエルは落胆していた。
………ぇ…
ソフィーや従者を見ると、あ~あ…みたいな顔をしている。
………何なの……?
「………姫様、流石に安らいでいた雰囲気を壊すような発言をしない方が宜しいかと」
………イヴに呆れたように言われた。
………え……?
「………仕事してくる……」
「え!? ちょ…!?」
まだ仕事の時間じゃないでしょ!?
肩を落としてラファエルは城内へ行くために歩いて行く。
「………な、んで…?」
「………姫様が思いついたことを仰られたからでしょう。折角ラファエル様がゆっくり出来る貴重な時間を、姫様が削ったのですよ。ラファエル様もお可哀想に。共に確実に過ごせる唯一の時間を削られて」
イヴの言葉に私は真っ青になってしまった。
そんなつもりじゃなかったのに!!
「い、行かないでラファエル!」
「………」
私はまだ自分の足でまともに歩けないから、言葉で呼び止めるしかなかった。
私が声をかけたからか、ラファエルは止まって振り返る。
その顔の酷さは言い表せない…
ご、ごめんなさい…
本当に、ごめん…
「い、一緒にお茶、飲もう? ラファエルいないと、寂しいし…」
「うん」
早っ!!
一瞬で戻ってきたラファエル。
私の腰を支えるように腕を回し、私を椅子に座らせた。
「そんなに寂しいなら俺が一緒にいないとね」
ニッコリと微笑まれた。
あ、危なかった……
私は笑い返しながらも、心の中で冷や汗をかいていた。
次は学園!………に戻れたらいいな。




