第143話 企む者の憤り ―? side―
暗い書斎部屋にお父様と私だけがいた。
お父様は私の報告を聞いていた途中で、持っていたワイングラスを私に向かって投げてきた。
ガシャンッ!! と大きな音を立ててグラスは壁に当たって割れた。
「ひっ…!」
私の顔のすぐ傍を通過したグラス。
壁に近いところに立っていた私の制服の裾に割れたグラスが飛んできて揺らす。
「この役立たずが!!」
「っ……ご、ごめんなさ…」
「サンチェス国王女を仕留め損ねたなど! お前はそれでも精霊契約者か!!」
お父様に怒鳴られる。
精霊の契約者と言っても、私の契約している精霊は中精霊だし。
そもそも王女をあんな風に飛ばす攻撃なんてするつもりなかった。
ちょっと風で煽って、イタズラして傷をつける程度にするつもりだった。
なのに何故か精霊が暴走して、王女を吹き飛ばしてしまった。
お父様から受けた命令は、ラファエル様と王女を引き離す事。
ただ王女を傷物にして、ラファエル様から引き離すだけで良いって言ってたのに…
お父様の言葉は何故亡き者にしなかったのか、と言っているようだった…
どうして……
私がお父様に従ったのは…ラファエル様に近づいて、あわよくば私にラファエル様を振り向かせられたら…と淡い望みが心の中に巣くってしまったから…
昔から私はラファエル様に憧れていた。
でも、自分にはどうせ振り向いてくれることなどないと知っていたのに…
いつからか、ラファエル様が変わってしまったから。
いつも会うときは事務的で、無表情で…
でも……あぁ……確かサンチェス国の学園から戻ってきた時から、ふとした瞬間に優しい顔をしているのを見かけた。
誰かに想いを寄せているのだろうと、直感的に思った。
あのラファエル様の表情を変えてしまえるほどの女性。
敵うわけない。
だって私は……お父様…そして婚約者にさえ、役立たずの烙印を押されている女なのだから。
………当然よね。
私はお父様と愛人の子だもの…
正妻の子がいつも優遇されるもの…
「いいか!! 次はしくじるなよ!! 何としてでも王女を仕留めろ! ラファエル様が身軽になれば、うちのフィーリアがラファエル様の婚約者となるんだ! そうすればうちは王族との繋がりを得られ、王の国政を続けられるんだ。ふははははははっ!」
私はたまらずお父様の書斎を飛び出した。
暗く…皆が寝静まった廊下を走り、自分の部屋まで戻った。
フィーリア…
正妻の長女…
………どうして…?
どうして私があんな女のために罪を犯さないといけないの…?
「………もう嫌だ…!! 誰か…!! 助けてっ!!」
私は頭を抱えて座り込んだ。
こんな生活もう嫌!
なんで私がこんな事にならなきゃいけないの!?
元はと言えばお父様とお母様のせいじゃない!!
お母様が身分違いのお父様と関係を持って私を産んだのが原因じゃない!!
「物扱いされる為に私はここにいるんじゃない!! 私の精霊はあんな事をするためにいるんじゃない!! 私はっ! ……ぅっ…ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……王女様っ……ど…しよ……私っ……あんな事……したかったんじゃ…」
今になって恐怖してしまう。
憧れていたラファエル様が愛する女性。
サンチェス国王女にあんな事をしてしまった。
どうして精霊が暴走したのだろう…
分からない…
けれど私はきっと…バレたら殺されてしまう。
相手は階級の低い令嬢だったわけじゃない。
平民だったわけじゃない。
他国の、それも王女相手に私は取り返しのつかないことをしてしまった。
もう、生きていけない…っ。
「…私は………ただ幸せに……なりたい…だけなの…に……」
この家のために私はまた……罪を犯すぐらいなら……
視線に映った机の上にある果物籠の中にあるナイフにふらふらと近づく。
それをソッと手に取った。
「………ラファエル様……申し訳……ございません……」
私は首筋にナイフを当てた。




