第136話 無意識だったこと
「う~ん……」
私は自室にて本と睨めっこしていた。
精霊学の本なのだけれど、教師に無理言って1冊余分に貰ったのだ。
基本的に学園の教材は持ち帰り不可。
それは必要以上に情報を漏らさないため。
うっかり無くしたり落としたりした際、他国の人間が拾わないように。
私はサンチェス国の人間で、精霊のことは何も知らない。
国のことをよく知りたい。
王宮の自室以外には持ち出さないからと言い、特別に貰った。
その本の中に、私には理解できない事があった。
「………どうやったらこうなるんだろ…」
トントンと本のページを叩く。
「分かる? ソフィー」
「はい?」
お茶を煎れるために背を向けていたソフィーに、本のページを見せながら聞いた。
ソフィーが振り向いて、ページを覗き込む。
「………姫様、本当に、真剣に、聞いてますか?」
「うん」
「………」
ソフィーが私を半目で見てくる。
………私一応主じゃなかったっけ!?
ソフィーがそう言ったんだよ!?
主を見る目じゃない!!
「契約者が精霊の信頼を裏切り、別の契約者を選ぶことに、何処に疑念があるのですか」
「………少なくとも、精霊が1番いいと思った人間と契約を結ぶのよね?」
「はい。唯一無二の人間です」
「………精霊はさ、少なくとも気に入った人間とはすぐに契約しないでしょ?」
「はい」
「観察して、その人間の言動行動を確認してから契約するわよね?」
「はい」
「………でも、人間は感情の生き物だから間違ったこともする。けれど、たった1回の間違ってしまった行動で、すぐに契約を切る?」
私が本を下げてソフィーを見ると、ソフィーは考え込む。
今私が言った言葉は、本に書いてあったことだ。
私だって、間違ってしまうことは沢山ある。
人は間違う生き物。
けれど精霊契約者はもう、間違うことは許されない。
………そう言われている気がした。
「確かにわたくし達は間違いますわ。完璧な人間など、この世にはいないでしょう。本に書いてあることは、一般に知れ渡っていることとお思いください」
「え……?」
「姫様ともあろう者が、その考えに至らないなど、泣けてきますわ」
………おい…
ソフィーが段々私に似てきてるぞ…
「精霊が見えない者、精霊と契約が出来ない者、その者達に精霊の事を安易に考えないよう、行動に気をつけるようにと暗に言っているのですよ」
「………そうなの?」
「………姫様、精霊達に対して臆病になっておられますわね。契約してからというもの、姫様らしさがなくなってきているような気がします」
「………だよね…」
ぐでぇ…と机に上半身をもたれ掛からせる。
「はしたないですわよ」
「………分かってる。でも、今はソフィーだけだから許して」
ラファエルが精霊の力を使えるようになる為の場所を作ってくれているのに、私が弱気でいたらダメだとは分かってる。
本の内容を鵜呑みにして、本当の意味を見いだせないほどに、私は怯えていることが改めて分かった。
「………情けない主で悪かったわね」
「いいえ。姫様が感情を揺らす様は微笑ましく思えます。ぜひそのままでおいでてくださいませ」
………なんだろう。
言葉通りに受け取ってはいけない気がする。
「あーもう……ソフィーの王女思考が欲しい…」
「………お言葉ですが姫様」
「ん?」
ソフィーの声が1段階下がった気がした。
「姫様のそれは逃げですわ」
「………」
「わたくしが命を落としたのは物心つく頃。それからはずっと姫様でしたわ。今まで出来ていた事が出来なくなったのは自我が唯華さんになったから、と本当にお思いですか?」
「………!?」
ソフィーの言葉に驚く。
「前世のことを思い出す前も、後も、全て姫様ですわよ。仕草も思考も全て。わたくしが王女としての行動しか出来ない為に、姫様は王女としての仕草と思考が全てわたくしに、唯華さんとしての仕草と思考が姫様に、分かれたと思っていませんか?」
「そんな事は……」
「心の何処かで思っていませんか? 姫様は王女としてあろうとすれば出来るのですよ。この十余年…ソフィア・サンチェスだったのですから。姫様がソフィア・サンチェスなのです。現実逃避をする姫様は姫様ではないでしょう?」
………私、心の何処かで思ってたのかな?
だからソフィーは分かったのかな?
私の思考を全て読み取れるソフィーには、何でも分かってしまうのだろう。
私が無意識に思っていることも。
「………ありがとうソフィー」
「いいえ。悩んだ時はいつでも仰ってくださいませ。わたくしは、姫様の半身ですから」
ソフィーの言葉に笑って、私は新たな気持ちで本に向き合った。
もう、悩む必要がなかった。
本に書かれてある言葉に対して。




