(12)
俺たちは、やっとのことで、ヒョウタン湖の水棲魔獣『ハイドラ』を倒すことができた。
「ブレイブ・サンダー、ずいぶんとやられたっすね。大丈夫っすか?」
俺は、ブレイブ・サンダーに、損傷の程度を尋ねた。
「勇者殿、『ハイドラ』の冷熱攻撃で、我の装甲は脆弱になっているでござる。かなりのダメージを受けたでござる。しかし、心配は無用。幸いなことに、内部のムーバブルフレームは、健在でござる。魔法力を防御にまわせば、普通に行動する分には問題無いでござる」
「それは、良かったっす」
俺は、ホッと胸を撫で下ろした。
「それよりも、巫女殿や魔法師殿は、大丈夫でござるか?」
ブレイブ・サンダーに言われて、俺は改めて気がついた。腕に抱いている巫女ちゃんは……、額が血に染まっている!
「巫女ちゃん、大丈夫っすか! 巫女ちゃん」
彼女は、薄っすらと目蓋を開くと、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、勇者様。ちょっと張り切りすぎて、おでこをぶつけてしまいました。もう大丈夫ですよ。ですから、勇者様、降ろして下さい」
そうは言ったものの、俺の不安は治まらなかった。
「巫女ちゃん、本当に大丈夫っすか?」
俺は、彼女に念を押すように訊いた。
「はい。大丈夫ですから」
その言葉を聞いて、俺は巫女ちゃんを地面に下ろした。そして、ポケットからハンカチを取り出すと、額の血を拭ってあげた。
「勇者様、ありがとうございます」
「もう、血は止まってるみたいっすね」
「はい。大丈夫ですよ」
巫女ちゃんは、そう言って、いつもの笑顔を見せてくれた。
次はミドリちゃんだ。俺は、シノブちゃんの立っているところまで走った。
「シノブちゃん、ミドリちゃんは大丈夫っすか?」
「おっ、勇者さんかい。魔法師さんはなぁ……、ちぃっと魔法を使いすぎたようやな。魔法師さん、大丈夫かいな?」
すると、シノブちゃんに抱かれていたミドリちゃんは、「う~ん」と言って目を開けた。
「ああ、勇者クンか……。うん、大丈夫。ちょっとダルいけどね。ボクも、今回は張り切り過ぎたかもね。くの一クン、もう降ろしてくれても大丈夫だよ。自分で立てるから」
目を覚ましたミドリちゃんの声は、しっかりしている。大丈夫? ……らしいな。
「そうかいな。なら、降ろすでぇ」
そう言うと、シノブちゃんは、ミドリちゃんを地面に降ろした。
「その様子だと、『ハイドラ』はやっつけたようだね。しかし……いつもながら、凄まじい倒しっぷりだね。辺り一面、血の海じゃないかい」
俺とブレイブ・サンダーは、ちょっと頭を掻いて、
「少しばかり、やり過ぎたようでござるな」
「ちょっとね。あ……あははは」
ミドリちゃんは、「しょうがないな」と呟くと、
「戦いは、未だ終わっていないよ。これから、本陣に撲り込むんだろう」
おっと、その通りだ。俺たちは、未だ島の遺跡にも辿り着いていない。
俺は、上を見上げた。
「ブレイブ・サンダー、俺たちを乗せて、島まで飛べるっすか?」
遥か高くから、ブレイブ・サンダーの応えが降ってきた。
「それぐらいは、朝飯前でござる。さぁさ、我が手にお乗りくだされ」
巨神は、その場で跪くと、大きな両手を俺たちの目の前に下ろした。
「さぁ、島に渡ろう。ミドリちゃんと巫女ちゃんは、もう戦えないから、島に行ってもブレイブ・サンダーから離れちゃダメだよ。それに、島には未だゴーレムなんかがたくさん残っているかも知れないっす。だから、こちら側の手数を増やしておきたいっす。シノブちゃん、流星号と一旦分離して欲しいっす」
「おっしゃあ、勇者さん。了解やで。流星、一旦分離するで」
「がってんだ、姐御」
陽気な声がすると、流星号はシノブちゃんから分離した。そして、いつものロボモードに変形し直した。
「よし。じゃぁ、ブレイブ・サンダー、島に飛んでくれ」
「承知したでござる」
そう言うと、ブレイブ・サンダーは、背中から猛烈なジェット噴射をして、大空に舞い上がった。さぁ、島まで直行だ!
ヒョウタン湖北湖のほぼ中央に浮かぶ島は、直径三百メートル足らずの小さな円形をしていた。いつもの森の中のマウンドのように、中央に石作りの祭壇が建っている。
ブレイブ・サンダーは島に舞い降りると、巫女ちゃんとミドリちゃんを手の上に残して、俺とシノブちゃんと流星号を地上に降ろした。
「静かっすね。ラスボスの『ハイドラ』を倒したから、ゴーレムはもう出ないのかな?」
「何やそれ。うち、ごっつう楽しみにしてたのになぁ。詰まらんわ」
(シノブちゃん、俺は、あんたの方がよっぽど怖いわ)
なんて思っていると、島のあちこちの地面が盛り上がって、人の形をしたものが這い出てきた。
「うおっ、やったで。未だまだ、おるやんか。うひひひひ、うちが、ぜぇーんぶ粉微塵にしてやるからな。流星、『くの一 トンファー』をくれ」
「オーライ、姐御」
流星号が応えると、両腰の飾りのような物が外れて『トンファー』になった。シノブちゃんは、それを両手に持って構えると、『くの一 トンファー』が淡く輝き出した。
「くくく、このトンファーはな、うちの魔法力に感応して、どんな物質でも粉微塵にするフィールド? ってやつを発生させんねん。ひひひ、ゴーレムか土人形か知らんが、粉々にしてやるでぇ」
俺も、勇者の木刀を構えていたものの、狂喜してトンファーを振り回すシノブちゃんには、絶対近づきたくなかった。いつ間違えて、頭を割られるかも知れない。そっちの方が、ゴーレムよりも、よっぽど怖かった。
「アッチョー、アッタアー」
奇声を上げながら戦うくノ一の周りで、「あっ」と言う間もなく、近くに群がっていたゴーレムが土に還った。
「うひ、うひひ、ういひひひひひひ。もう、残っとるヤツはおらんのか。はよ出てこんかい。全部、うちが粉微塵にしてやるさかいに。はよぅ出てこんかい」
いかん! シノブちゃんが、野生に帰りかけている。そろそろセーブさせないと、取り返しのつかないことになるぞ。
「シノブちゃん、ゴーレムは片付いたっす。お願いだから、そろそろ正気に戻って欲しいっす」
結局、ゴーレムはシノブちゃん一人で一掃されてしまっていた。
「シノブちゃんたら」
俺の呼びかけで、やっと正気に戻ったのか、シノブちゃんは立ち止まるとトンファーを肩に担いだ。
「なんや、もう終わりなんかい。つまらんなぁ」
「いや、ゴーレムを駆逐出来たのは、シノブちゃんのお陰っす。すごいっす。とってもとっても、助かったっす」
俺は、どうにかしてシノブちゃんを落ち着かせると、最後の仕事に取りかかった。アマテラスの祭壇を浄化するのだ。
俺たちはブレイブ・サンダーと共に、遺跡中央の祭壇の前に集まっていた。
ブレイブ・サンダーは跪くと、巫女ちゃんとミドリちゃんを祭壇の前に降ろしてくれた。
「やっと、ここまで来たね、勇者クン」
「せやな、勇者さん」
「さぁ、勇者様。お願いします」
「分かったっすよ」
俺は、勇者の木刀を大上段に構えると、
「アマテラスの祭壇を汚す『邪の者』よ、勇者の木刀の前に祓われよ。祭壇よ、本来の姿を取り戻せ」
そう叫んで、俺はアマテラスの祭壇に向け、勇者の木刀を降り降ろした。
今度もまた、耳に聞こえない悲鳴のような声が頭の中に響いた。そして、不浄な何者かの気配が霧散すると、祭壇に清浄な気が満ちたような気がした。
「勇者様、また一つ、祭壇の浄化に成功しましたね」
彼女は、俺の側に小走りで駆け寄ると、そう言って微笑んだ。
「ああ、今度もやったよ、巫女ちゃん」
俺が応えた時、前のように、アマテラスの声が頭の中に響いてきた。
<我はアマテラス。汝らを庇護する者なり。今回の汝らの健闘に敬意を払い、汝らに新たな力を与えん>
すると、俺たちの身体の中から、何か力が溢れかえるような気がした。
俺は、魔法の眼鏡で、自分のパラメータを見てみた。レベルこそ上がっていないが、HPと、魔法力が格段に上がっている。そして、勇者の木刀は、その力が向上したと同時に、新たな必殺技『亜空破断』が加わっていた。
俺は魔法の眼鏡で、皆のパワーアップ度合いも見ていった。
ミドリちゃんは、レベルが6まで上がっていた。肩書きが『魔導師』になっている。魔法力も、二倍以上と大幅にアップしていた。
「魔導師かぁ。ちょっと照れるな」
「今度から、『魔導師さん』って呼ばなあかんな」
次は、シノブちゃんを調べてみた。
「シノブちゃんも、レベル5になってるっすよ。身分も『中忍』になってるっすね。攻撃力は……っと。い、1.5倍に、なってる……っす」
「ホンマか! そんで、そんで、魔法力はどないな具合や?」
「えーっと、魔法力は……上がって無いっすねぇ」
「さよかぁ。さっきのトンファーみたいに、『魔法と忍術を組み合わせた技』を、ぎょうさん考えといたのになぁ。残念やわぁ」
あのう……、トンファーを振り回すのは忍術とは違うような気がするけれど……。
それよりも、俺は、この人だけには、レベルアップして欲しくなかった。というか、してもらってもいいんだけど……、限度と云うものを知って欲しいと思う。まぁ、基本は野生動物だからなぁ。気長に飼い馴らしていくしか無いんだろうなぁ。
今度は、巫女ちゃんをチェックだ。
「おっ、巫女ちゃんも、レベル5にアップしてるっす。魔法力の方も回復して、前のレベルの時よりも二倍近くになってるっすよ」
「それは、よろしゅうございました。これで、わたくしも、勇者様のお手伝いをすることが出来るようになったのですね」
俺は、巫女ちゃんに魔法力が戻って、自信を回復したのが嬉しかった。
「巫女ちゃん。今度こそ、さっきみたいな無茶をしちゃ、ダメだからね」
と、釘を刺すことも忘れない。
そして、最後に俺は上を見上げた。
「ブレイブ・サンダーも、アマテラスの祝福で装甲が元通り……、いや、前以上に強化されてるっすね。調子はどうっすか?」
「身体全体が、リフレッシュしたみたいでござる。それ以上に、全身の奥底から力が漲るのが、感じられるでござる」
「魔法力も、大幅に上がっているっす。これで、巨大な攻撃魔法にも対抗できるっすね」
「そうでござるか。勇者殿、我も嬉しいでござる。今後は、どんな相手にも慢心して油断したりしないよう、精進するでござる」
(そうか。皆で頑張ったから、皆もレベルアップを果たしたんだ)
と、俺は思った。そんな時に、誰かが俺の服の袖を引っ張っていた。
「あ、あのう……勇者の旦那。お、おいらは? おいらは……、どうなってるっすか?」
おっと、そうだった。流星号も居たんだっけ。
「ああっと……、流星号も、なんか、レベルアップしたみたいっすね。攻撃力・防御力ともに上がってるみたいっす。それから……、おっ、魔法力が、二十ポイントばかり使えるようになってるっすよ」
「やた! これで、おいらも強くなったんすね。これで、姐御の足を引っ張らないで済むっすね」
俺たちは、各人が自分の成すべき役目を果たし、祭壇の浄化に成功した。それで、アマテラスの祝福を受け、レベルアップを果たしたのだった。




