(11)
俺たちは、ミドリちゃんの超絶魔法で『クラゲ魔獣』を全滅させ、更にラスボス『ハイドラ』をワイヤーに捕らえた。
だが、頼みの魔法師は魔法力を使い果たし、浅瀬ではあったが、三首竜は再び水を得た。
湖の畔では、今、壮絶な綱引きが行われていた。
「水中に引き込まれたら、こっちが不利っす。何としても湖から『ハイドラ』を引きずり出すっす。頑張れサンダー。頑張れブレイブ・ローダー」
ブレイブ・ローダーの中では、巫女ちゃんがハイドラを引っ張り出そうと、懸命に操縦計器を操作していた。
「安全弁閉鎖。安全装置、全リミッター解除。出力無制限。……頑張ってください、ブレイブ・ローダー。もう一息だから」
コクピットでは、様々な計器がアラーム音をたて、構造材強化フレームが<ギシギシ>と悲鳴をあげていた。それでも水中の『ハイドラ』との力関係は、辛うじて拮抗しているように見えた。
「あともう少しだから、お願い。……アマテラス様、どうか、わたくしたちに力を。どうか、アマテラス様」
巫女ちゃんが懸命にアマテラスに祈りを捧げると、ブレイブ・ローダーが最後の力を振り絞るように、金色に輝き始めた。そして、微かに<フィーン>という音と共に、ブレイブ・ローダーのエンジンが回転を増加していくのが分かった。
「まだ行ける。お願い、頑張ってブレイブ・ローダー。後部プラズマ・イオン・スラスター、百八十度反転。全力逆噴射!」
巫女ちゃんの操作で、ローダーの後部にある飛行用エンジンが反転して噴射口が前を向くと、物凄い勢いでジェット噴射を開始する。車輪による牽引力に加えて、巨大な勇者ロボに空を舞わせる大推力が加わる。
すると、徐々に……。徐々にではあったが、ワイヤーロープが湖から引き出され始めた。
俺は岸辺で、<ピン>と張られたワイヤーロープが徐々に岸に向かって引き出されていくのを、固唾を飲んで見守ることしか出来なかった。
「頑張れ、ブレイブ・ローダー。頑張れ、巫女ちゃん」
俺は気がつかないうちに、そう口にしていた。
そして、遂に水中の『ハイドラ』が音を上げだした。<ピン>と張ったワイヤーが、一瞬だけ緩んだと思うと、湖の水面が大きく盛り上がり、水棲魔獣『ハイドラ』がその全身を再び陽光の下に晒したのである。
引きずり出された『ハイドラ』は、水面を勢いよく滑走すると、岸辺でバウンドして、引っ張っていたブレイブ・ローダーの上空を飛び越して吹っ飛んで行った。
一方、ワイヤーの緊張が解けた反動で、ブレイブ・ローダーもまた、勢いよく後退を始めた。コックピットの巫女ちゃんは、反動の衝撃で前面操作盤に頭をぶつけると、そのまま意識を失ってしまっていた。コントロールを失ったブレイブ・ローダーは、高速で後退をしていた。そのまま、吹き飛ばされた『ハイドラ』に乗り上げるように衝突して、ようやく停止した。
「いけない。巫女ちゃん、巫女ちゃん。大丈夫っすか」
俺は、レシーバーで巫女ちゃんを呼んだが、返事は無かった。
「サンダー、ブレイブ・ローダーのコントロールを掌握しろ。ワイヤーを切り離して、『ハイドラ』から離すんだ」
俺は、仕方なくサンダーにローダーのコントロールを任せた。
「心得た。アイ・ハブ・コントロール。ワイヤー、カット。ブレイブ・ローダー前進せよ」
サンダーの命令で、ワイヤーが切り離された。自由になったブレイブ・ローダーは前進して、『ハイドラ』と距離をとった。
三首の魔獣は、しばらくの間、引きずり出された衝撃とブレイブ・ローダーに追突された打撃で、気を失っていたようだ。しかし、それも束の間の事。ローダーが離れてしばらくすると、その三つの長い首が天を見上げ、巨大な吠え声が辺りに鳴り響いた。
ヤツは、テリトリーの水中から引き出された上に、衝撃で弱っている。倒すなら、今しかない。
「一気に倒すぞ。サンダー、ブレイブ・ローダー、急速合体!」
「おう!」
俺の命令で、ブレイブ・ローダーがその巨体を宙に浮かべると、空中で九十度向きを変えた。瞬く間に、ローダーから鋼鉄の巨神へと変形する。そして、サンダーが地を蹴って跳び上がると、空中で変形して胸部装甲内に収納された。
「勇者合体、ブレイブッ・サンダァァァァァ」
俺たちの切り札、最強勇者ロボ、ブレイブ・サンダーの眼光が宙を射る。
「倒せ、ブレイブ・サンダー。『ハイドラ』をやっつけるんだ」
「了解。おおおおおおおお、『ハイパー・ライトニング・ナックル』」
豪と音が鳴る如く、ブレイブ・サンダーの右拳が雷を帯びて『ハイドラ』のぶよぶよと膨らんだ胴体を殴りつけた。水棲魔獣が異形の血渋きを振り撒きつつ、彼方へ吹き飛ばされていった。
「その調子だ。ヤツを、湖から遠ざけるんだ」
「心得た」
ブレイブ・サンダーは、その巨体を『ハイドラ』に向け、歩みを進めた。
だが、さすがはヒョウタン湖のラスボス。『ハイドラ』の三つの首のうちの一本が鎌首を上げると、紅蓮の炎がブレイブ・サンダーを襲った。しかし、こちらも異世界最強を誇る合体勇者ロボだ。ブレイブ・サンダーは、両腕を胸の前で交差させると、火炎攻撃を受け止めていた。
「そのような炎では、我は倒せぬ」
ようやく立ち上がった『ハイドラ』は、火炎放射が効かないのを悟ったのか、別の頭が鎌首をもたげた。その口からは、猛烈な低温の猛吹雪が吹き出した。それを受け止めた両腕が凍りつき、大気に含まれた水分が氷結する。しかし、低温攻撃でも、ブレイブ・サンダーの超金属の装甲には歯が立たなかっった。
「炎が通じないなら、今度は吹雪か。そのような攻撃は、我には効かん、効かぬわ」
ブレイブ・サンダーが、凍り付いた両腕を振り開くと、砕け散った氷の粒が辺りに振り撒かれた。
しかし、魔獣『ハイドラ』は、諦めが悪かった。もう一度口を開くと、再び火炎を吐きかけてきたのだ。そして、『ハイドラ』はそうやって、火炎攻撃と氷雪攻撃を何度も繰り返すのだ。
「何度も同じことの繰り返しか? 強敵と聞いていたが、芸がないのう」
炎も吹雪も物ともしないブレイブ・サンダーが、<ズシンズシン>と足音を響かせて、巨大竜に近づいてゆく。
すると、『ハイドラ』が、未だ使っていない首をもたげた。文献通りなら、今度の攻撃は衝撃波のはずだ。
俺は、何か嫌な予感がしていた。
(高温攻撃と低温攻撃の繰り返し……、まさか!)
「いけない、ブレイブ・サンダー。『ハイドラ』の攻撃を避けるんだ!」
俺は、急いで指示を出したが、もう遅かった。
「お主の攻撃など、このブレイブ・サンダーの強化装甲には通じぬわ」
ブレイブ・サンダーは、迂闊にも最後の衝撃波攻撃を、真正面から受け止めてしまっていた。
「な、何いっ」
『ハイドラ』の衝撃波を難なく受け止めたはずのブレイブ・サンダーの装甲にヒビが入り、<パキパキ>と音を立てて砕けたのである。
(しまった。迂闊だった。こんな事を忘れていたなんて)
俺は、自分の配慮の無さを悔やんでいた。
「勇者殿、こ、これは……。無敵のはずの我の装甲が……、だ、ダメージを……」
予想だにしなかった結果に、ブレイブ・サンダーは、その歩みを止めた。
「ヒートショック現象っす、ブレイブ・サンダー」
「勇者殿、ヒートショックとは?」
「高温と低温を急激に繰り返されると、急速な熱膨張と熱収縮が繰り返されて、物体が脆くなってしまうんだ。これ以上、『ハイドラ』の攻撃を受け止めちゃダメだ!」
俺は、魔獣が三つの首を持つ理由を、炎と氷の攻撃を繰り返していた意味を、やっと理解した。
「ぬうぅぅ。抜かったわ。ただの蛇かと思っていたら、こんな狡猾な攻撃を仕掛けるとは」
今、ブレイブ・サンダーの装甲板には、大きなヒビ割れが入っている。もう一度、あの衝撃波を食らったらアウトだ。
俺は、勇者の木刀を両手で握ると、天に向けて振りかぶった。
「雷よ!」
すると、ついさっきまで晴れていた大空に雲が渦を巻き、そこから目映い稲光が勇者の木刀に目掛けて降り注いだ。雷の光を帯びた木刀は、巨大な刃となった。俺は、高速のサンダルの能力で『ハイドラ』に急接近すると、衝撃波の首に切りかかった。
「必殺、電光雷鳴切りっ」
真の勇者こそが使える必殺技が、『ハイドラ』の首を切り裂く。
「よし、これでもう衝撃波を使うことは出来ないぞ。大丈夫っすか、ブレイブ・サンダー」
「かたじけない、勇者殿。もう、先程のような遅れは取らぬぞ」
ブレイブ・サンダーは、改めて『ハイドラ』に接近すると、残った二本の首を掴んで<ブンブン>と振り回した。そのまま、手近の丘に投げつける。衝撃で、地面に大きなヒビが走った。
「おお、すごいジャイアントスイングやな。うちが教えといた甲斐があるわ」
そう言ったのは、ミドリちゃんを腕に抱きかかえて、巨神と大怪獣の対決を観戦していたシノブちゃんである。
この人、いつの間に、そんなこと教えてたの? まぁ、結果的には役立ったんだけど。
「もう一度っ」
ブレイブ・サンダーが、再び『ハイドラ』の首に手をかけた。だが、魔竜も未だ負けてはいなかった。その巨体でブレイブ・サンダーに取りつくと、残った二本の長い首で勇者ロボを締め上げ始めたのだ。
「ぬぅ、くっ。し、しまったぁ」
巻き付いた二本の首が、<ギリギリ>と鉄巨神を締め上げる。さっきのヒートショック攻撃で脆くなった装甲板の亀裂が大きくなってゆく。
「まずい。振りほどけ、ブレイブ・サンダー」
しかし、『ハイドラ』の首は<ギリギリ>とブレイブ・サンダーを締め上げ続けた。
「おおおおお、おのれぇ」
ブレイブ・サンダーも力を振り絞って、首を振りほどこうとしたが、二本の首はなかなか外れなかった。このままでは潰されてしまう。
何とか……、何とかならないのか? 俺は懸命に考えた。
俺は、魔法力もHPも消費し尽くしてしまったので、もう必殺技は出せない。ミドリちゃんも魔法力を使い切って倒れている。シノブちゃんのミサイルも、撃ち尽くしていた。
もう、俺たちに、戦う手段は残っていないのか……。
もうダメかと思いかけていた時、ブレイブ・サンダーの脇腹の扉が開いた。そして、そこから身を乗り出したのは……、
「巫女ちゃん、危ない!」
彼女は、何か丸い珠のようなモノを手に握っていた。あれは確か……。
「それは、魔法力貯蔵球。どうする気っすか、巫女ちゃん」
俺の声が聞こえているのかどうか……。彼女は、祈るように天を仰いでいた。
「お願い、アマテラス様。我らに、力を。「フレアボンム」」
巫女ちゃんはそう唱えると、一個の魔法力貯蔵球を、目の前の『ハイドラ』の口の中に放り込んだのである。『ハイドラ』の口中で、炎が激しく弾けると、残った首の一本が吹き飛んだ。さすがの『ハイドラ』も、締め付ける力が半分になっている。
しかし、その衝撃で、巫女ちゃんはブレイブ・サンダーの体内から、外に振り落とされてしまった。
「巫女ちゃーんっ!」
俺は、高速のサンダルの能力を最大にしてブレイブ・サンダーの足元に駆け寄ると、落下してきた巫女ちゃんを、寸でのところで抱き止めることが出来た。
「今だぁ、ブレイブ・サンダー」
「ぬおおおおお。弾け飛べ」
ブレイブ・サンダーは、渾身の力を振り絞って『ハイドラ』の首を振りほどくと、再度地面に叩きつけた。首一本になった『ハイドラ』が、今度こそ悲鳴をあげる。
「トドメだ! ブレイブ・ソード」
ブレイブ・サンダーの右足が開くと、無敵の長剣が飛び出た。ブレイブ・サンダーはソードの柄を握ると、魔獣『ハイドラ』の残り一本の首を切り飛ばした。
「チャーージ・アーーップ」
ブレイブ・サンダーが、ソードを天高く上段に構えた。さっきのように、遥か彼方の天空から稲光が落ちてきた。ブレイブ・ソードの刀身が、雷の力を受け取って目映く輝く。
「必殺、天地稲妻切り!」
光輝く長大な刃が、全ての首を失ったハイドラの胴体を、真っ二つにした。水棲魔獣は、切り口から大量の体液を吹き出すと、左右に倒れて動かなくなった。
「やったぞ、ブレイブ・サンダー」
俺は巫女ちゃんを抱き抱えたまま、辛くも勝利した巨大な勇姿を見上げた。
「勇者殿と巫女殿のお陰で、助かったでござる」
俺たちは、全員の力を併せて、強敵『ハイドラ』を倒したのだった。




