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 俺たちは、再度、遺跡攻略をするために、ヒョウタン湖の北端を目指していた。


 サンダーに牽引されて走るブレイブ・ローダーの中で、俺たちは、もう一度作戦を確認していた。

「まず、俺とサンダーが出て、土のゴーレムや水人間を引き付けるっす。その間に、ミドリちゃんとシノブちゃんは、水中の『クラゲ魔獣』を殲滅して欲しいっす。でも、水中戦は初めてで危険も伴うっす。危ないと思ったら、二人ともすぐに浮上するっすよ。これはリーダーの命令でもあるっす。特にシノブちゃんは、熱くなると止まらなくなるから、その辺は流星号がちゃんとサポートして、危なくなったら無理やりにでも浮上させるっす。分かったっすか」

「がってんだぜ、勇者の旦那。おいらが、しっかりと姐御のサポートをするぜ」

「ホンマにもう、勇者さんは心配性やなぁ。今回に限っては、うちも慎重に戦うつもりやから。心配せぇへんでええで」

 だといいんだけどね。

 俺はミドリちゃんに目配せすると、彼女は、「分かった」という風に親指を立てて見せた。



 そうするうちに、俺たちはヒョウタン湖北端に到着した。二度目のチャレンジである。


「よし、出るぞ」

 俺は、皆に号令した。振り返って、ミドリちゃんとシノブちゃんを見ると……、

「何で二人とも水着(・・)なの?」

 これって、前回も無かったかなぁ。


「何でって、水中戦だから。濡れちゃうでしょう」

「そやで。水ん中潜るんやから、濡れるやないか」


 あああ、だからこの人たちは。ここ、リゾート地じゃ無いんだよ。って言っても、分かってくれないんだろうなぁ。

「ああ、もういいよ。じゃ、行こうか」

 俺のやる気が、段々、下がって、いく。

 違うんだ。何かが違うんだよ。俺の心の底から、「どこか間違ってる」って声が聞こえるんだよ。どうして、あの()らはこうなんだよ。

 俺は、チームリーダーというものが如何に難しいものであるかを、心の底から感じていた。まぁ、仕方がないかぁ。


「出撃!」


 まず俺が、先陣を切ってブレイブ・ローダーを飛び出た。俺の存在を感知してか、湖岸の土の中から、人の形をとった妖物がぞろぞろと這い出てきた。こいつらは、土のゴーレムだ。

「チェンジだ、サンダー。迎え撃つぞ!」

「心得た。チェーンジッ、ファイター・モードッ」

 自動車形態だったサンダーが、ロボに変形する。一晩かけて修理をしただけあって、装甲はピカピカだった。動きも機敏だ。これでこそ、俺たちのサンダーだ。

 負けずに、俺も勇者の木刀を抜いて、走る。

「サンダー、ゴーレムの弱点は『額の魔法文字』だ。他を撃っても、弾丸の無駄遣いになるっす。分かったっすか」

「心得た。サンダー・ジャベリン」

 サンダーの左足から、銛のような長物が飛び出すと、それを掴んだサンダーの手の中で、更に伸長した。片方の先には、鋭い刃が光っている。

「喰らえ」

 サンダーは長い銛で、土のゴーレムの額を、次々に叩き割っていった。みるみるうちに、土の山が増えてゆく。

 俺も負けてられない。俺は高速のサンダルの機動力を最大に活かして、ゴーレムを翻弄すると、次々に奴等の額を切り裂いていった。


 俺とサンダーの攻撃で、ゴーレムの群れの中に空白地帯が生まれる。


「ミドリちゃん、シノブちゃん、今だぁ」

 俺が叫ぶと、ローダーの扉が開いて、ミドリちゃんが空高く舞い上がった。続いて、バイクに乗ったシノブちゃんが、勢いよく飛び出てくる。

「水ん中は任せときぃ。行くで、流星!」

「がってんだ、姐御!」

 彼女たちは、空と地から一気に岸辺へと近づいた。水際には、既に、水人間(・・・)の頭が浮かんできている。

「二人とも、水人間(・・・)には手を出すな。やっつけるのは、本体(・・)の『クラゲ魔獣』っすよ」

 ゴーレムの群れの中から、俺は大声で叫んだ。

「分かっとるで」

「心配しないで、ボクらに任せてよ」

 そう言うと、ミドリちゃんは空を飛んで、シノブちゃんも水際で高くジャンプして、水人間(・・・)の頭の上を越えて行った。


「流星、アーマード・シルエットや」

「オーケイ、姐御」


 シノブちゃんは、高くジャンプした流星号を踏み台にして、更に天高く飛び上がった。そして、残された流星号が、見る間に変形をしていく。一旦ロボットになったかと思うと、その胸や手足が展開するように開いた。そして、降下してきたシノブちゃんを、その胴体に飲み込んだのだ。更に、生身のシノブちゃんの手足に、流星号の手足が小手や脚袢のように包み込んだ。最後に、胸部装甲が閉じると、シノブちゃんの頭を水密ヘルメットが覆う。

 これが、シノブちゃんと流星号の新しい連携モード『アーマード・シルエット・モード』だ。


 このモードに合体することで、シノブちゃんの腕力・脚力は五倍以上にアップされ、水密ヘルメットに供給される酸素と、各所のロケットノズルの推進力で、三時間以上の水中活動を可能とするのだ。

 更に、各部に仕込んだ格闘用武器類や、マイクロミサイルポッド。更には、両腕のペンシルロケットランチャーにより、その戦闘力は飛躍的に倍増される。シノブちゃんは、生身の状態でさえ天下無敵の人間凶器だったのに、それ以上のパワーを与えられた今、その凶悪な戦闘能力はブレイブ・サンダーに匹敵するかも知れない。まさに、凶器を超えた凶器である。


「シルドバルン」

 一方、空を飛んで湖の中ほどに達したミドリちゃんは、泡の魔法の呪文を唱えた。そのまま沖の水中に飛び込むと、続いて流星号を纏ったシノブちゃんが、飛び込んで行った。


 俺がレシーバーで、巫女(みこ)ちゃんに二人をサポートするように指示すると、ブレイブ・ローダーから三機の水中探査機が、発射された。


 水人間たちは、飛び込んだ二人を追おうと向きを変えていた。

「お前たちの相手は、こっちだ」

 俺は無駄を承知で勇者の木刀を振りかぶった。

「飛び散れ、烈風斬」

 無数の真空の刃が水人間(・・・)の頭や腕を切り落とした。だが、それも束の間、水人間(・・・)はすぐに水を補給されて元の姿を取り戻すと、ゆらゆらと、俺に向かって近づいてきた。

「そうだ、いいぞぉ。こっちだ、こっちに来い。お前らの相手はこっちだ」

 水中から姿を表したその姿は、形こそ人間に似ているが、ぶよぶよとしていて、向こう側がぼんやりと見えるほどに透き通った身体をしていた。まさに『水』そのものである。そんな奴らが、大挙して岸辺に押し寄せて来た。


 ここまでは作戦通りだ。土のゴーレムは、もう粗方片付けてある。

「サンダー、水人間(・・・)は動きが遅い。出来るだけ岸から遠ざかって、距離をとって戦うんだ。変に攻撃して、体力や弾丸を消耗しないようにな」

「承知したでござる」

「よし、もっとこっちへ来い。俺たちが遊んでやるぜ」



 一方、ミドリちゃんとシノブちゃんは、巫女ちゃんの指示で、最初の『クラゲ魔獣』に接近しつつあった。

魔法師(まほうし)様、くの一様、聞こえますか?>

「巫女クンかい? 感度良好だよ」

「こっちも、よう聞こえとるで」

<探査機が『クラゲ魔獣』を捕らえました。お二人の位置から、東に百二十メートルほどです>

「了解。ありがとう、巫女クン」

 二人は、巫女ちゃんの指示に従って東に移動すると、いつかスクリーンで見た、ブヨブヨした魔獣を見つけることができた。やはりそいつも、ほとんど透明な身体の中心にオレンジ色の『核のような器官』を持っていた。

「くの一くん、ボクが水中用の攻撃魔法を放つよ。巻き添えにならないように、少し後ろに下がって」

「了解。そん代わり、次のヤツは、うちのやからな」

「分かってるよ、くの一クン。さて、水系の魔法。どの程度の威力かな。「アクアドル」」

 ミドリちゃんが呪文を唱えると、彼女の周囲にドリルのように渦巻く水の塊が無数に出現した。

「行けっ!」

 魔法師の命令で、水のドリルは一斉に『クラゲ魔獣』の『核』を目指して発射された。それは、『クラゲ魔獣』のぶよぶよした外皮を難なく貫くと、オレンジ色の核に突き刺さり、それをえぐっていった。

 『核』を破壊された『クラゲ魔獣』は、しばらくの間もがいていたが、そのうちに形を失って水に同化してしまった。

「やったで魔法師さん。これであと三匹やな」

「次は任したよ。それから、『ハイドラ』の動きにも気を付けよう。そいつがラスボスだからね」

「まぁ、このくの一のシノブさんに任せときぃ。巫女さん、次の相手はどの辺や?」


 水中の二人がそんなやり取りをしている丁度その時、俺とサンダーを取り囲んでいた水人間が、急に形を失って元の水に還っていった。

「魔法師殿とくノ一殿は、どうやら、先鋒を倒したようでござるな」

「そうだな。取り敢えずは作戦通りだ」

 問題はこれから先、相手がどう出てくるかだ。



「魔法師様、くの一様、残り三体の『クラゲ魔獣』が、お二人の位置に終結しつつあります。お気を付けを」

<分かっているよ、巫女くん。これも作戦のうちさ>

<次、うちの番なんやからな。はよ、どこにおるんか教えてくれへんか>

「あ、ああ、はい。くの一様、少々お待ちください」

 ブレイブ・ローダーの中の巫女ちゃんは、奔放な二人に溜め息を吐きながら、魔獣たちの動向を探っていた。観測機によると、湖の四方に展開して守りを固めていた『クラゲ魔獣』が、湖の北端に集結しつつあるようだった。一度に三体もの魔獣を相手にしたら、二人が危険になる。ならば次のポイントは……。


「くの一様、そこから西に千五百メートルほど先に、『クラゲ魔獣』がいます。魔法師様も、くの一様も、なるだけ離れないようにして、戦って下さい」

<オッケイ、オッケイ。任しといてんか>

<今度は、ボクがサポートに回るから心配しないで>

「了解しました。お二人共、お気をつけを」


 巫女ちゃんは、『クラゲ魔獣』の動きを追いながら、ラスボス『ハイドラ』の動きを気にしていた。今はまだ動きはない。だけど、『クラゲ魔獣』と交戦している時に出てこられると厄介だ。彼女は、何か嫌な予感がするのを、辛うじて遠ざけて、探索に集中しようとしていた。


(アマテラス様。わたくしたちをお守りください)


 一方の水中では、シノブちゃんが、次の獲物に向かって水中を進んでいた。すぐ後ろを、ミドリちゃんの『泡』が追いかけている。

「くの一クン、あんまり先走(さきばし)らないでくれ。バラバラになると、いざというときに不利だ」

「分かってるって。へ、へへ、へへへへ、次こそ、前回の恨みを晴らさせてもらうでぇ。クラゲかなんか知らへんが、粉微塵にしたる。行くで流星」

「がってんだ、姐御」

 二人がしばらく水中を進むと、また、あのブヨブヨした魔獣を見つけることができた。

「行ったらぁ! 流星、フルバーニア」

「がってんだ」

 シノブちゃんは、猛スピードで水中を進むと、巨大なクラゲに突進して行った。そのまま、魔獣の外皮を突き破ると、そのゼリーのような体内に侵入した。目指すは、魔獣の『中心核』である。

「見つけたぁ。流星、ペンシルロケットランチャー、全弾斉射!」

 シノブちゃんは、両手を握り合わせて『核』に向けると、両腕から四本ずつ、合計八本の細いロケット弾がオレンジ色をした『核』に向かって放たれた。ロケット弾は、核の皮膜を突き破って内部に潜り込むと、赤い火花を放って爆散した。途端に『クラゲ魔獣』が、その形を失う。


「やりぃ。これで二匹目や。この分なら楽勝やで。次はどこや? どこや? もう、うちが一人でぶっ潰したる」


 シノブちゃんが『クラゲ魔獣』の二匹目を退治したとき、ロケット弾の爆発は、湖面を突き破って遥か上空まで及んだ。


「おっと、ビックリした。どうやら、二匹目を倒したようっすね」

「なかなか、やる(・・)でござるな、あの二人」

「どっちも歩く凶器だからねぇ。それよりも、残り二体の『クラゲ魔獣』と『ハイドラ』の動きが気になるっす。巫女ちゃん、水中の動きはどうだい?」

 俺は、レシーバーで巫女ちゃんに問い合わせてみた。

<大変です、勇者様。中央の島の付近に有った『ハイドラ』の反応が、移動を始めました。こちらを目指して、北上を続けています。『クラゲ魔獣』も、西と東から、二人を挟むように移動しています>

「マズイっすねぇ。三方向からの挟み撃ちっすか。巫女ちゃん、二人を一度撤退させて欲しいっす」

<あ、あのうぅ、勇者様……。さっきから呼び掛けているのですが、魔法師様からも、くの一様からも、応答が無いのです>

 何い。ヤバイな。。二人とも、どうするつもりなんだ? 早く岸に戻らないと、逃げ場がなくなってしまう。


 一方、ここは湖底の深い水の中。ミドリちゃんとシノブちゃんは、魔獣の集結を知って、戦術の相談をしているようだった。

<魔法師様、くの一様、『ハイドラ』らしき影が近づいています。『クラゲ魔獣』の残り二体も西と東から、挟み撃ちのように近づいてきます。お早く脱出を。魔法師様、くの一様>

「ほぅ、なんや、おもろなってきたな。魔法師さん、うちらに隠してること、あるんやないけ」

「さすがに勘がいいな、くの一クンは。黙ってはいたけど、ボクら自身が『ハイドラ』を誘き出す()だったんだよ」

「はっ。まぁ、そんなとこやと思っとったわ。で、うちは何をしたらええねんや?」

「たぶん、次の魔法を使ったら、ボクは魔法力(・・・)を使いきっちゃうと思う。だから、その時に助けて欲しいんだ」

「何やて! 魔法師さんほどの人が魔法力(・・・)を使いきるような魔法って、どんだけやねん。一体、何する気や⁉」

「ボクの『取っときの魔法』だよ。勇者クンには、また怒られるかも知れないけどね……。おっと、言ってるうちに、真打ち(・・・)登場かな」

 その言葉が放たれた瞬間、巨大で邪悪な気配を、二人は水を通して感じていた。

 それに気がついた時、彼女たちは、巨大な三首竜の水棲魔獣『ハイドラ』と『クラゲ魔獣』に囲まれていた。

「フフフフ。ボクの思惑通りだ。魔獣達が、見事に一ヶ所に集まってくれたね。驚かないでね、くの一クン。ボクの全力を見せてあげる。湖よ割けよ! 「マクス・シルドウォール」、おおおおおおおおおおお」

 ミドリちゃんの呪文で、それまで大人しかった湖の水がざわめき始めた。そして、まさしく『モーゼの紅海割れ』のように、湖の水が移動を始めたのである。不可視の巨大な壁ででも遮られているかのように、水面が裂け、徐々に湖底に晴天の陽の光が差し込んできた。

 水位が下がったことで、『ハイドラ』と二匹の『クラゲ魔獣』の影が、俺とサンダーの居る湖岸からも見え始めた。

 そして、陸地と化した湖底に、ハイドラと二匹のクラゲ魔獣の姿が白日の下にさらされたのである。

「す、すげぇ」

 割れていく湖を、俺は棒立ちになって眺めていた。

「こ、これが、魔法師さんの魔法(ちから)なんかい……」

 水面に顔を出したシノブちゃんも、呆然として呟いていた。


「未だだ、未だだよ。『ハイドラ』は、未だ全身を見せていない」

 割れた湖水の中央に、ミドリちゃんが浮遊していた。両腕を左右に一杯に広げている。まるで、その両の手で大量の水を押し広げているかのように。

「魔法の力の(みなもと)は魔法使いの心。ボクは……、ボクの得意な魔法は、爆炎攻撃系だったはずだ。でも、いつの間にか……、そう、勇者クンと出逢ってから、ボクが一番良く使うのは、防御魔法になった。護りたい。勇者クンを、仲間の皆を、護りたい。そんなボクの心が、防御魔法を最高レベルにまで高めていったんだ。魔法の力の源は魔法使いの心の力。ボクの「勇者クンたちを護りたい」という気持ちが途切れることは無い。そのボクの心の力が、最強の防御魔法を生み出すんだ……。「マクス・シルドウォール・アルティメット」! 裂けよ湖の水よ。そして、魔獣たちよ、陽の光の下に、その身を曝せ。おおおおおおおおおぉぉぉぉ」


 凄まじい魔法力が水面を割り、黒い湖底が眼下に見渡せるようになった。と同時に、三首竜──『ハイドラ』を筆頭とした三体の水棲魔獣が、その全身を陽光に晒していた。


「今だぁ! この魔法(・・・・)は、長時間は持続出来ない。魔獣は任せたよ!」


 その言葉を聞いて、俺たちは我に返った。

「サンダー、『クラゲ魔獣』を」


「心得た。サンダー・ジャベリン」

 サンダーは、手にしていた巨大な銛を、『クラゲ魔獣』に放った。銛は、狙い違わず魔獣の『中心核』を貫いた。自らの拠り所を失った巨大なゼリーは、抵抗をすることも出来ずに、ただの水の塊と化した。


「流星、ミサイル全弾発射。いてこましたれぇ」

「がってんだ、姐御。マイクロ・ミサイル、一斉発射」

 シノブちゃんが纏っている流星号の身体(ボディー)のあちこちから、無数の小型ミサイルが放たれると、最後の『クラゲ魔獣』を紅蓮の炎に包んだ。薄い表皮を破かれ、オレンジ色をした『核』が灰燼に帰した。

 玉座を護るモノは、もう居ない。


「巫女ちゃん、錨、打ち込め。『ハイドラ』を湖から引きずり出すんだ!」

<わかりました、勇者様。アンカーロック、全弾斉射します>


 巫女ちゃんの操作で、ブレイブ・ローダーから幾本ものワイヤーアンカーが放たれると、干潟に取り残された『ハイドラ』に向かって行った。幾本かはその胴体を貫き、また別のものは魔獣の首を絡め取った。

「よし。いいぞ、巫女ちゃん。このまま、陸に引き上げてしまえ」

<了解しましたわ、勇者様。ワイヤー巻き取り開始。ブレイブ・ローダー、全力で後退をします>


 ワイヤーに捕縛された『ハイドラ』は、抵抗を見せてはいるものの、水を失っては如何ともしがたい。その巨体を、ズルズルと、岸へ向かって引きずられていった。

 だが、あともう少しのところで、ミドリちゃんの魔法(ちから)が尽きかけてきた。左右に押しやられていた水が、再び両側から押し寄せ始め、ハイドラの巨体を水中に取り戻そうと襲いかかる。

 もう、浮遊魔法を維持する魔法力も残っていないのか、宙に浮かんでいたミドリちゃんが、水面に向かって降下してきた。俺が、「危ない」と叫びそうになったその時、鈍く光る鎧のような姿が空を飛んで、ミドリちゃんを受け止めた。流星号を着た(・・)シノブちゃんだ。各部のバーニアから、オレンジ色の光が水面に反射している。

 そのまま水際に戻ってきた二人に、俺は走った。

「二人とも大丈夫っすか」

 俺が駆け寄ると、シノブちゃんは、ミドリちゃんを抱いたまま、岸辺に着地していた。

「うちは大丈夫何やが……、魔法師さんが……」

 魔法少女を抱いたくの一は、困ったような顔をしていた。

「ミドリちゃん、大丈夫っすか。ミドリちゃん、ミドリちゃん」

 俺の呼びかけに、彼女は、薄っすらと目蓋を開けると、こう言った。

「戦いは、まだ、終わってない……よ。『ハイドラ』の始末を……」

 彼女の声はか細く、今にも消え入りそうだった。

「ミドリちゃん、分かったっす。後は、俺たちで、決着をつけるっす。だから、ミドリちゃん……」

「勇者さん、魔法師さんは、うちに任せてぇな。どんなことがあっても、うちが絶対守りきる。せやから、『ハイドラ』を……。あのデカブツを、何とかしてぇな」

 シノブちゃんの呟くような声で、俺は我に返った。


──そうだ、まだ『ハイドラ』が、残っている。


 俺が後を振り返ると、ブレイブ・ローダーと浅瀬に乗り上げた『ハイドラ』とが、壮絶な綱引きをしている最中だった。ローダーの脇にはサンダーも居た。何本かのワイヤーを掴んで、最大出力で魔獣を引き揚げようとしている。


 未だ、決着はついていない。俺たちは、『ハイドラ』を倒さねばならない。そして、この戦いに勝利するんだ。




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