384.メガネ君、竜人族の里に到着する
運び方は前と同じ、板で簡易椅子を作ってドラゴンで吊るす、という形である。
ネロは、こっそりセットした「怪鬼」で俺が背負い、ロープで身体に巻きつけた。後ろ足で立たせて俺に覆いかぶさる、という感じである。
「ちょっと怖いかもしれないけど」
密着している背中が生暖かく、俺の頭の上に顎を乗せて固定されたネロに一応そう言っておくと――「そこそこの高さなら落ちても大丈夫よ」と意志が伝わってきた。
そういえば初対面では木の上から襲い掛かってきたっけ。世界の全てを憎んでいるかのような顔をして。殺気をほとばしらせて。
木登りも含めて、高いところは得意なのだろう。
――いざという時はカロフェロン特製の眠り薬で寝かせ、その間に運ぶ……という案もあったが。
緊張も恐怖も特になさそうなので、これで行くこととなった。
「あ、ちょっと待ってシッポが……よし、と。どう?」
「大丈夫」
リッセに手伝ってもらいながら俺はネロごと板に座り、左右にリッセとカロフェロンが着いた。二人は補助代わりである。
「……」
「……」
俺の頭の上に手を伸ばそうとするカロフェロンの手をすっと払い、決して表情には出さずに睨み合う――傍目には見詰め合っているように見えるだろうが、もはや俺の中ではネロを巡る三角関係である。リッセがぐずぐずして強く言ってくれなかったから俺が態度で示すしかないのだ。
――まあ、九割本気の冗談はさておき。
里に着いたら、行動の全てが調査関連になるので、こういう因縁は一時封印しないとならない。
仕事は仕事、きっちりやらないと。
ワイズの命令に手を抜けるわけがない。
彼から貰ったものは、両手に抱えられないほどに多すぎるのだ。せっかく恩を返せるチャンスを逃せるわけがない。
「――クラーヴさん! お願いします!」
俺たちの様子を見て目を逸らしたリッセが、すでにドラゴンに乗っているクラーヴに合図を出した。
今回は風避けと目隠しの布もなしである。
「――乗ったか!? 飛ぶぞ!」
こうして、二度目の空の旅に出発となった。
そして到着は早かった。
笛で呼び出した時も、先にサジータたちを送って引き返してきたのも早かったので、かなり近いのだろうとは思っていたが。
――近いというよりは、範囲が広いと言った方がいいのかもしれない。
空から見た森は、果てが見えないほど広大だった。
これほど大規模な森は見たことがない。冬だと言うのに青々と葉が茂り、初夏のように生命力に満ちていた。まあこれは獣人の国の気候の問題かもしれないが。
気になるのは、森に点在する一際大きく背の高い木だ。
絨毯のように広がる緑なのに、部分部分でもこっと盛り上がっているのだから、空から見ると結構目立つ。
遠目でも大きいのだから、近くで見たらどれほど巨大なのか……特別な樹木なのかな。
ドラゴンらしき気配もたくさん感じるが、空を飛ぶ俺たちを気にする様子はない。
たぶん、ドラゴンが飛んでいるついでに、俺たちがいるからだろう。
人は襲いそうだが、ドラゴン同士で争ったりしないのだろう。……しないのかな? ――あの黒いドラゴンは例外と思った方がいいだろうけど。
そんな森の腹の中が、大きく抉れていて――そこに木造の家や小屋が見えた。
あれが里だろう。
小さな集落を想像していたけど、結構大きいみたいだ。
家の数だけでも五十軒はあるから、単純に考えて、五十人以上の竜人族が住んでいるのではなかろうか。
森の中にありつつも、俺の田舎村なんかよりよっぽど大きい。
「――降りるぞ!」
全身にぶつかってくる風の音に負けないクラーヴの声が聞こえ、ドラゴンは集落へ向かいながらゆっくりと降下していった。
向かう先をよく見ると、竜人族らしき人たちの姿と、サジータたちの姿があった。
集落のはずれ、建物などがない場所だ。
案外あそこら辺が、ドラゴンの発着場みたいになっているのかもしれない。
思った以上に短い空の旅は終わり、後発の俺たちも無事竜人族の里に着くことができた。
竜人族とサジータたちとは少し離れたところに着陸し、俺はひとまずネロを降ろした。カロフェロンの手を払いつつ。
「怖くなかった?」
――その返事が「なんでこんな危険な場所に来たのよ死にたいの?」だった。空の旅よりこの場所自体に不満があるようだ。
わからなくもない。
そもそも森に入る前から、朱蜻蛉や四足紅竜、そして正体不明の黒いドラゴンと、すでに脅威を見ている。
そして、森に棲んでいるドラゴンも危険極まりないが――こんなところに住んでいる竜人族も相当なもののようだ。
ワイズが「竜人族の動きが鈍る冬のうちに……」と話を急いだ理由がよくわかる。
竜人族は、強い。
種族としても強いのだろうが、この厳しい環境で生きて行くために研鑽を重ねた強さをも持ち合わせているようだ。
――サジータたちの対応をしている、二人の竜人族の男女。
二人とも、動きやすさだけを追求したような露出の多い革製の服をまとい、その上に防寒用のマントを羽織っている。
彼らは、一見しただけで異常に強いことがわかる。
恐らくは、村の戦士たちだろう。
武器を持っていないので、俺たちの出迎えに来たのだろうが……さすがこの環境に生きる者だ。四足紅竜くらいなら一対一で倒せそうなほど強い。
多くの国や組織が、ドラゴンを欲してこの里や森の調査をしているというが、調査が進まない理由がよくわかる。
怪しげな行動を取って竜人族に睨まれたら、そこで終わるからだ。
きっと里から追い出されるのだろう。
――さて。
思った以上に、調査対象が厳しそうだ。
周りの環境も危険が多いし、里内の竜人族も油断ならない。彼らを敵に回したら、それこそ取り返しのつかないことになるだろう。
ここから先は、常に慎重を要することとなる。
改めて、ネロを連れてきてよかった思う。
カロフェロンとの遺恨は、一旦ここに置いて行こう。
きちんと仕事しないとな。




