380.朱蜻蛉突破録 10
「――なんだこれ?」
砂の像と化した黒いドラゴンに剣を突き立て、魔核を掘り出そうとしていたホルンが、何かを発見した。
「どした?」
周囲の警戒をしつつホルンを見張りながらも生きたまま固まっている黒いドラゴンの様子もしっかり見ていたアインリーセが、ホルンが見ているものを覗き込む。
「これこれ。なんだろ?」
「お? ……え、なにこれ」
「――どうしました?」
魔核を掘り出す作業が止まっている二人に、メガネの少女もといエイルが近づく。
ホルンの言うことにはいちいち付き合ってられないが、アインリーセまで疑問符を浮かべるのであれば、それは気になる。
戦い方に不備があったせいで疑問が生じたのか、それともそれ以外の予想できない何かを発見したのか。
近く竜人族の里、そしてこの森を調査する予定のあるエイルとしては、興味本位以上の理由で確かめておかねばならないことである。
「これ」
横っ腹を掘り進めていたホルンが指差す先は、大きく抉れていて――
「え……これは?」
それを見たエイルも、先んじた女性二人と同じ反応をしてしまった。
「――骨?」
黒い砂の中に、なんらかの白い破片が見える。
それはまるで陶器の欠片のようでもあるが――エイルには生物の骨のように見えた。
「よし、掘ってみよう」
こういう謎の物体、得体のしれない物には、まず警戒心を抱くエイルだが。
そんな弟の姉は真逆で、好奇心のまま「まず触って確かめよう」というタイプである。
止める間もなく、ガッと剣を突き立てて、白いそれを掘り出し始め――
「……」
「……」
決して打ち合わせしたわけでもなく、目線を交わしたわけでもなく。
エイルとアインリーセは自分の安全確保のために、ホルンを置いて同時に五歩下がった。正体不明すぎるので一歩では足りないと判断し、五歩下がった。
――これが狩人の、または冒険者の警戒心というやつである。
「骨っぽい」
何事もなくホルンが掘り出した白いそれは、どこからどう見ても骨っぽかった。
剣の腹に乗せてずいっと突き出してくる。――毒の砂にまみれているので、さすがのホルンでも触りたくはないのだろう。
「人間の骨……じゃないよね」
「似てますね。大人の太腿の骨っぽいですけど……でも若干違う気がします」
地面に置くように言い、観察する。
「――何それ?」
アインリーセとエイルがぼそぼそ相談していると、周囲の警戒に当たっていたリッセたちもやってきた。
ちなみにホルンはもう魔核掘りに戻っている。このペースならすぐ見つけるだろう。
「ドラゴンの中から出てきました」
「人間の骨っぽくない?」
リッセ、ベルジュ、リオダインも交えて頭を捻っていると、ホルンが魔核探しを終えた。
「あのドラゴンが食べたけど、消化しきれなかった動物の骨?」
ピンとは来ないがギリギリで筋は通る。
なぜほかの骨はないのか。
なぜこれだけが残っているのか。
溶けた跡もない綺麗な骨の一部だけが、どうしてあったのか。
そんな謎は尽きないが、一番ありそうな仮説を立てて、一応確保しておくことにした。
見たところ、本当にただの骨だ。
それも人間の大腿骨ほどのサイズと形をしている。
これがドラゴンの骨だったりするなら加工品の素材にも使えそうだが、サイズ的にそれはなさそうである。
一応確保しておく、という判断も、本当に一応だ。
森のどこかで見つけたらそのまま放置するか、死者への礼儀として地面に埋めたりするかもしれない、というくらいに価値が見いだせない。
「これ、貰っていいか?」
だが、そんな骨を、料理人ベルジュが欲しいと言い出した。
いったいなぜ、と一同が思う中、もう一人の手も上がった。
「あ、わたしも欲しいかも」
「はあ? 何に使うの?」
またホルンが衝動的なことを言い出したと、呆れるアインリーセの反応も当然である。
……が。
「リッセ。君も欲しいですか?」
「え?」
そんなエイルの質問に、リッセは「うーん」と唸った。
「……欲しくはないけど、ちょっと気になってる、かな。なんかこう、無視しちゃいけないような気がする、というか……」
まったく要領を得ない曖昧な発言だが、
「だよな。このまま置いていくのはないよな」
ベルジュは理解できたようだ。
ベルジュ。
ホルン。
リッセ。
この三人に共通することと言えば――
「光属性ですかね」
エイルがあえてリッセに聞いたのも、その共通項に気づいたからだ。
――元々黒いドラゴンは死霊・悪霊系だと推測されて、光属性持ちのベルジュが拒否反応を示していた。
だが、その黒いドラゴンの身体から出てきた謎の骨は気になる、と言う。
気になる。
欲しい、と。
言い換えると、ドラゴンとは違い遠ざける存在であるとは思わない、ということだ。
「ホルン」
衝動的に言い出したんだろうと呆れていたアインリーセだが、この場にいる光属性持ち全員が気になるというなら、話は別だ。
特に、ホルンだけが言っているわけではない、というのが大きい。
ホルンの直感はよく当たるが、それはホルンにとっての当たりであって周囲の人にはどうでもいいことも多い。クワガタとかカブトムシとか、さすがにこの歳では興味ない。
だが、この状況では話が違う。
「どう気になる? 持っていた方がいいと思う? それとも供養というか、聖なる力でどうにかするべきだと思う?」
理屈はアレでしかないが、ホルンの直感はよく当たる。
今ここにあるこの謎の骨に対し、率直にどう思うか。
アインリーセはホルンの返答に従おうと考えた。
「――持っていかない方がいいと思うけど、放置するのは止めた方がいいと思う」
ん?
一同が首を傾げた。
「持っていかない方がいい、けど、放置はダメ?」
アインリーセが言葉を噛み砕く。
それは矛盾しているようにしか聞こえないが――ホルンは迷いなく頷いた。
「どこにいったかわからないのはダメ。でもここから動かすのもよくないと思う」
――つまり、だ。
「確保はしておくべきだけど、森からは遠ざけない方がいい、と?」
思わずエイルが口を出すと、ホルンは「うん、そんな感じ」と軽く頷いた。
――わからなくもない、とエイルは思った。
「毒。ドラゴン。森。……そしてこの骨も」
と、エイルは防水加工を施してある革袋を取り出し、骨に触れないようにして袋の中にしまい込んだ。
「すべて関係があるのかもしれません」
まだ確かなことは言えない。
だが、エイルはこの時点で、一つだけ非常に気になる可能性を見付けてしまった。
――この骨こそが、この森の毒を生み出しているという可能性を。
だとすれば、この骨がある場所に毒が発生し――もっと言うと、あの毒の塊のような黒いドラゴンが発生することもあるのではないか。
だとすれば、ホルンの言葉とも矛盾しない。
どこにあるのかわからないのは困るが、この森以外に毒が発生するのは困る。
この森の毒をドラゴンが好む、という仮説もあるのだ。
全てがただの予想にすぎない。
だが、当たっていれば最悪の結果になってしまう。
――たとえば、ハルハの街に運び込まれた骨が毒を発生させ、その毒に釣られてドラゴンがやってきたら……
そんな最悪だけは避けたい。
思い付きでしかなかったが、ほかの黒いドラゴンを倒した場所を改めて捜索した。
そして、エイルの予想を裏付けるように、新たな骨が二つ見つかった。
やはり謎の骨が毒を生み出しているのか……
――この骨の正体を知るのは、少し先のことになる。




