367.メガネ君、セリエに怖いことを言われる
――なんで「どうぞ」って言ったんだろう。全然「どうぞ」という状況じゃないと思うんだが。
「エルちゃんも一緒にどうですか?」
その誘いは、猫と一緒に寝られるという意味である。
大変魅力的ではあると思うが、その言葉を受け入れるには抵抗感しかない。
……予想外だったというべきなのか、想像できたことだと思うべきなのか。
サジータとリッセたちに指示を出した後、俺はカロフェロンの部屋を訪ねた。
まだ寝ているか、もしくは猫と戯れているのだと思うが。
とりあえずノックすると、「どうぞ」と返ってきた。やはり起きてはいたようだ。
ならば猫と戯れているのだろう、と思いながら遠慮なくドアを開けると――
「……ああ、そういえば言ってましたね」
獣人の国に来てもう何日も過ぎている。
その間の協議の結果、女子全員で猫と一緒に寝るという結論に達したと。確かに言っていた。
どうやら昨夜もそのようにして、彼女たちは猫を共有して寝たようだ。
広めのベッドがある部屋に、ゴロゴロしている女子が三人。
立派に人間の一人前スペースを占領する巨大な猫と、猫を挟んで寝っ転がっているカロフェロンとセリエ。
驚いた。
こんなにも怠惰な状況にある部屋に、「どうぞ」と通されることがあるとは。
しかも「エルちゃんも一緒にどうですか?」と、猫に抱き着いてまどろんでいるセリエに、これに参加するかと問われることになるとは。カロフェロン? 彼女は俺の方など見向きもせず猫を撫で続けている。俺でもそうするから特におかしな点はない。
「セリエ。私は男なのでちょっと参加は無理です」
女装姿なので口調や態度だけは守るが、それはあくまでも建前のみである。
さすがに女子の中に公私問わず混じるのはつらい。
「え? でもエルちゃんはエイル君の一部をどうにかしたらエルちゃんになるでしょう?」
…………
深く考えなくても怖いことを言われた気がするが、聞かなかったことにしよう。俺の一部って……いややめよう。考えたら本当に怖くなってセリエとの付き合い方を考え直すことになる。というかすでに考え直した方がいいかもしれない。
「――とにかく起きてくれます? 問題が起こったので相談したいのですが。食堂で待ってますので」
「…………」
「…………」
…………
無視である。
「……にゃぁ」
申し訳程度に猫だけが返事するという、明らかに気を使われた感があるほどの無視である。
猫が人を怠惰にする。
怠惰にされる側の気持ちはすごくよくわかるが、仕事は仕事だ。そっちをないがしろにされては困る。
「じゃあ待ってますね」
そう言い置いて俺は部屋を出て、食堂へ向かう。
――歩きながら猫の召喚を解除して。
「朱蜻蛉、ですか」
のろのろと起きてきたセリエとカロフェロンは、朝食を取りつつ俺の説明を聞く。
「殺せないのがネックですね」
しっかり起きているセリエが、問題点を的確に突く。――彼女と俺の心の距離は、今朝の一件でひどく離れたままである。
「今のところ、薬を使って眠らせたり麻痺させたりしてから通過しよう、という案が出ていますが」
可能ですか、とカロフェロンに問うと。
「理屈では、で、できると思う、けど……でも、臨床実験しないと……なんとも……」
まあ、それはそうである。
何の薬品なら効果があるか、どの程度効くのか、試してみないとはっきりしたことは言えないだろう。
「でも、広範囲となる、と、……使用する薬品も多く、なるから……」
必要素材を集めるのも一苦労、か。
確かに小型の魔物とは言え、二百三百という数の魔物に等しく効果を与えるとなると、必要な素材はとんでもない量となるだろう。
「それより、は、虫よけの方が……早いかも……」
虫よけ。
――あ、なるほど。
「朱蜻蛉が寄って来なくなる薬品を、私たちに使うわけですね」
これなら十三人分の薬剤でいいわけだ。
なんなら「黒鳥」は来ないかもしれないし。そうなれば半分くらいで済む計算となる。
「でも、虫と魔物はかなり生態が違います。そんな虫よけが作れるんですか?」
セリエの指摘ももっともか。
虫よけの類なら俺もいくつか知っているが、魔物に効くかどうかはわからない。
ただ、赤熊にも効果がある熊除けの臭いもあるので、カロフェロンの提案もいけそうではある。
「これも臨床実験次第ですね」
結局そういうことになる、と。
それからいろんな突破方法を考えていると。
「黒鳥」と話を付けてきたサジータや、朱蜻蛉について聞き込みをしてきたリッセ、ベルジュ、リオダインが戻ってきた。
話し込んでいる間に、どうやら昼になってしまったようだ。
俺は全然動いていないから腹は減っていないので、軽くで済ませることにしよう。
――猫の意志が「肉をくれー」と伝わってきたが、もう少しだけ待つように伝える。
今猫を出したら会議が中断されてしまう。
特にカロフェロンの集中力が途切れてしまう。
一段落するか、話が行き詰まるまではこのまま続けたい。――俺も今は我慢するから猫も我慢するよう、改めて伝える。お茶だけ飲もう。
「グロックの話では、今行くのは反対だと言っていた。絶対にまずい、近づくのも危険だって。譲るつもりはなさそうだったよ」
まず、「黒鳥」の返答をサジータから聞く。
「予想通りですね」
「そうだね。僕も事情がなければ同意見だ」
ですよね。俺もです。
「私の方でも、そんな意見が多かったよ」
冒険者ギルドに聞き込みに行ったリッセのそんな言葉に、違う場所で聞いてきたベルジュとリオダインも同じことを言われたらしい。
――曰く、危険だから近づくな、と。
俺は朱蜻蛉を見たことさえないが、この辺には何度か来ているグロックや、この街の冒険者がそう言うなら、間違いないだろう。
今は危険で、近づかない方がいいのだろうと。
「朱蜻蛉の大量発生は、数年に一度くらいの頻度であるみたい。
でもって一ヵ月か二ヵ月くらいでいなくなるんだって。
森に帰っているのか、それともどこかに流れているのか、または散り散りになっているかはわからないけど」
と、リッセ。
「俺も似たような話を聞いた。毎回秋の終わりから冬に掛けて湧くらしい。つまりちょうど今頃だな。
この街の対処法としては、手を出さずに放置しているそうだ。そのうちいなくなるからな。
時折ここまで流れてくる群れもいるらしいが、多くて十匹くらいだから普通に対処してるらしい。魔物としてはそこまで強くない」
と、ベルジュ。
「僕も同じ話を聞いてきたから、明確な追加情報はないけど……僕はとにかく、どうして朱蜻蛉が出てくるかが気になったから、その辺の話を聞いてきた。
これはあくまでも噂だけど、この現象は森の中にいる朱蜻蛉が、ドラゴンに追われて逃げてきたんじゃないかって意見が多かったよ」
と、リオダイン。
…………
まだ突破口が見えないな。
もう少し調べるのと並行して、策を練ることにしよう。
草壁レイ先生が描かれた「俺のメガネはたぶん世界征服できると思う。」のコミック一巻が、本日発売されました。
ついでに、私が書いたホルンが「黒鳥」入りした辺りのショートストーリーも入っております。
書店では売り切れ続出!! ……になってほしいので、買ってくださいね!!




