362.メガネ君、ようやく初夜を迎える
「え? ああ、うん……そうなの?」
事の次第を簡潔に告げると、サジータは思案気に腕を組む。
どうやらサジータまで情報が伝わってなかったようだ。
いや、普段はそこまで調べるものではないのかもしれない。……それこそないな。あのワイズの組織がそんなに杜撰とは思えない。
「いや、ちょっと面識があるというのは聞いていたんだけど」
よかった。
だよね。関わりがあることは聞いてるよね。
「だから今回の護衛に、『黒鳥』を護衛に選んだんだと思う――僕が決めた采配じゃないから断言はできないけど。
――でも、まさかエイルの身内が『黒鳥』にいるとは聞いてなかったな」
なるほど。そこまでは聞いてなかったのか。
食事を取りつつ、調査隊全員で明日からの打ち合わせを済ませた後。
俺だけサジータの部屋に残り、一つの懸念を相談してみた。
曰く、「黒鳥」と関わりがある、というか身内がいる、と。
「そうなんだ。『悪魔祓いの聖女』が君の姉とはな……そりゃ『黒鳥』と関わりがあるはずだ」
その聖女の二つ名を聞くのも久しぶりである。
まあ俺の中では未だに、姉=聖女、という図式が成立してないけど。というかホルンが聖女って。あれを同列に加えたらほかの聖女が迷惑だろうに。
――なお、参加する「黒鳥」のメンバーもすでにはっきりしており、非常に残念無念なことに、姉は来るそうだ。
「どうしたらいいですかね?」
「うーん……現状は、強いて隠す理由はないけど、大っぴらに言う必要もない、って感じかな?」
うん、俺からすればそうなる。
だからこその相談なのだ。
俺は、俺が姉や「黒鳥」に会うのは、特に問題はないと思う。
だがそれは個人的な判断であって、調査隊としてはどうなのか、という問題とは別である。
「竜人族の里に行く理由は、僕にあることにすればいい。というか元々そういうことにするつもりだった。
そして君たちは、僕が率いる親善団体のメンバーだ」
ああ、表向きはそういうことにしておくのか。
確かに大っぴらに「竜人族の里を探る調査隊」とは言えないから、そりゃ表向きの名称が必要ではある。
竜人族側がどう思っているかはわからないが、彼らも「他人の素養」が関わっている以上、大っぴらには言わないだろう。
たとえば、「メガネの素養」の持ち主をお客様として大々的に迎え入れる、とか。
さすがに「俺の素養」をむやみやたらに言い触らしたり、里の住人全員で情報を共有しているとか、そんなひどいことにもなっていない……はずだ。さすがにそれはないと信じたい。
里のお偉いさんたちだけ知っていることで、こっそり「メガネ関係の何か」をさせるとか、そういう風にしてくれるだろう。きっと。……ああ、なんかこんなこと考えてたら、不安が込み上げてくるな。頼むぞ竜人族。ほんとに頼むぞ。
「『黒鳥』の人たちには、僕らが竜人族の里に行く理由を話す必要はないし、話すつもりもない。
当然、僕らが暗殺者組織の人間ということも知られていない。
そもそも彼らは、移動と、竜人族の迎えが来るまでの護衛だ。里までは同行しない。現地に到着する寸前に別れることになる」
だから特に隠す必要はない、と。サジータ的にもどっちでもいいようだ。
…………
改めて考えても、確かに俺は「黒鳥」の知り合いや、姉に会って困る理由はないんだよな。
姉はともかく、「黒鳥」の人たちはベテランの冒険者だ。
様々な経験を積んできた彼らは、訊いていいこと悪いことの分別は付くので、そこまで疲れる付き合いにはならないだろう。姉はともかく。
ただ、色々と面倒臭そうというだけで。
「エイル。君はどうしたい?」
「変装してやり過ごそうかな、と迷ってましたが……」
姉と関わると本当に疲れるので、できるだけ無関係でいたい。
できることなら一度も言葉を交わすことなく、擦れ違うようにスムーズに別れたい。
今回の調査任務は、ワイズから直々に来たものだ。
色々と貰いっぱなしなのは気が済まないので、多少の恩返しはしたい――そんな大事の前に揉め事はいらない。
ただ、ホルンは妙に勘が働くことがあるからバレそう、という心配もある。
むしろ変装なしの方が、姉だけは誤魔化せるんじゃなかろうか。
ハイディーガで会った時といい、あいつは俺の顔を憶えていない節があるから。
…………
まあ、やっぱり揉め事の種は少ない方がいいか。
「変装してやり過ごすことにします」
姉や「黒鳥」のこともあるが、ついでにこの国の獣人女子の方も避けたい。
リオダインやベルジュには悪いが、俺はここらで女装し、彼女らの猛攻撃を回避することにしよう。
今はかなり楽に女装できるようになったし、そんなに手間もかからないから。
そして、そして。
そして念願の、初夜を迎えることになった。
言葉にするなら――「言っとくけどあんたの片思いだからね?」的な意識を飛ばしてくる彼女に、「それでもいい大好きだ!」と言いながらベッドに飛び込む。
ああ、猫、すごい、この毛のふわふわ感……! 猫っ、猫ぉ!!
召喚獣として契約して、早一週間以上。
フロランタンに口説かれてお持ち帰りされるという初日から始まり、獣人の国への移動や秘術の訓練と、なんだかんだで先延ばしにされていたが。
今日こそ、猫と一緒に寝られる!
「――えっ!? ダメなの!?」
「――うん。今晩は俺と寝るから」
今日は誰が猫と一緒に寝るか。
揉めに揉めた結果、最近女たちは大部屋で、猫を囲んで三人で寝るという形で落ち着いたようだが。
だが、今日はダメだ。
猫を借りに来たリッセにはっきり「おまえに猫はやらん、帰れ」と追い払ってやった。
そして迎えた初夜。
この猫の抱き心地がたまらない。かわいい。かわいいしかわいい。大きいしかわいいしかわいい。これはいいものだ。
肌寒い冬の夜でも、猫がいるだけで身も心も温かい。
――こうして俺は、久しぶりに穏やかな眠りに落ちるのだった。




