351.メガネ君、獣人の国に到着する
転送魔法陣の間から出た瞬間、はっきりと空気が変わったことがわかった。
ちょっと温かい。
さっきまで真冬の寒さの中にいただけに、顕著に感じられる。
まだちょっと本当に来たのかはわからないが、ブラインの塔から知らないところに転送されたことはわかる。
まあ、予定通りなら、転送魔法陣を使って一瞬で獣人の国にやってきているはずだが。
「行こうか」
ワイズが先頭に立ち、所々崩れた石の階段を昇っていく。
孤児院のように、どこかの地下に魔法陣があるらしい。
開けた場所に出た。
いつかゾンビ兵団を討伐しに行った時は、そそり立つ崖の中腹に空いた洞窟が出口になっていたが……
今回は、灯りの乏しい洞窟の中のようだ。かなり薄暗い。
「――ワイズ様。お待ちしておりました」
そして、ランプをぶら下げて待っていた男がいた。
歳は二十歳から三十くらいの間だろうか。若くも見えるし、そうでもないようにも見える。髪の色も目の色も茶色系で中肉中背。これと言った特徴がない男だ。
「出迎えご苦労。――全員いるかね?」
と、ワイズが俺たちを振り返る。
ベルジュ、カロフェロン、リオダイン、リッセ、セリエ。
そして俺。
六人の暗殺者候補生――調査隊メンバーは、誰一人欠けることなく、無事に到着していた。まあ転送魔法陣に乗っただけだし、はぐれようもないけど。
「まず紹介しておこう。彼が君たち調査隊に同行するサジータ君だ」
「サジータです。私の役割はエイルの護衛と交渉になるから、実務的な手伝いはなかなかできないと思う。でも相談くらいには乗れるから、気軽になんでも話してほしい」
なるほど。
彼はサジータという人で、現役の暗殺者か。
確かワイズの話では、竜人族との付き合いがある人なんだよな。
「――君がエイルだね? よろしく」
「――こちらこそよろしくお願いします」
目印の「メガネ」で見分けたのだろうサジータの挨拶に俺も応える。
「すぐ発ちますか?」
「うむ。移動しようか」
サジータの先導で、かなり脇道が多く入り組んでいる洞窟を歩く。
「ここって元々なんなのかな」
リオダインが、俺も気になっていた疑問を口走った。
気になるよね。
洞窟自体は土とか岩壁みたいが、俺たちが出てきた転送魔法陣回りは完全な石造りで……完全に人の手が入った造りになっていた。
しかしこの洞窟自体は、人の手で作ったって感じもなさそうなんだよね。
「元は魔物の蟻の巣だよ。もう大昔のことだけど」
と、サジータが更に気になる答えを漏らした。
「かつてこの巣を利用していた蟻は、とっくに退治されてるけどね。場所的に近かったから、隠す意味も含めて転送の間と繋げたらしいよ」
そうか、これは蟻の巣か。
獣人の国には蟻型の魔物がいるのか。
――蟻型はとにかく数が多いから厄介だ、と師匠から聞いたことがある。冬だから遭遇はしないと思うけど……なんにせよ遭いたくはないなぁ。
そんな元蟻の巣を抜けると……どこかの森の中だった。
今は獣人の国も冬のはずだが、結構温かいせいか、木々は緑を保っている。
よくよく見ると知らない植物も多い。
嗅いだことのない緑の匂いに、見たことのない植物。
狩人としてはかなり気になるけど……すぐにここから移動するそうなので、観察している余裕はなさそうである。
俺同様、ベルジュとカロフェロンも植物に興味がありそうだが……そうだよね、諦めるしかないよね。
スタスタ先を行くサジータとワイズを、観察をやめて遅れまいと追いかける。
まっすぐに森を出たところで、遠くに街らしき集落が見えた。
歩く方向からして、どうやらあそこに向かうようだ。
このまま走っていくのかと思えば、一旦立ち止まったサジータが振り返り、こんなことを言い出した。
「集落に行く前に、少し説明しておく。獣人の国には独特の文化があるんだ」
独特の文化か。
まあ隣国に行くだけでも色々違うし、それが獣人ともなればもっと違いがありそうではある。
獣人の文化と言えば、猫獣人トラゥウルルが小さい頃に、親愛の証にと人里に出された、って話を聞いたことがある。
聞いた時は「まるで人質のようだ」と思ったが。
ひどい話なのかと思ったけど、意外と普通にあることだと言っていた。
きっとあの話も文化の一つなんだよな。
――で、トラゥウルルはその出された人里ですごく良くしてもらったおかげで、人が好きになりすぎたと。
「色々と細かいものを上げたら切りがないから、非常に大事なことだけ言っておくね」
はあ。大事なこと。
「――まず、男たち。エイルとそこの大きな子と、魔術師っぽい子」
サジータは俺、ベルジュ、リオダインを指差す。
「君たちはきっと、獣人の女の子に襲われることになるだろう」
……はい?
「特に、虎娘とサイ娘と黒豹娘には注意しておくように」
…………はい?




