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344.メガネ君、ハイドラに呼び出しを食らう





 ――しまった。


 失念していたあのことを思い出して、自分の軽率な判断を呪った。


 だが、しかし、時間がないのは確かである。

 すでに動き出している今、ここで躊躇ってもいいことはない。


 調査隊メンバーは、食糧庫へ向かったベルジュ以外の全員、あとフロランタンとトラゥウルルが同行している。


 今更予定を変更しても、それこそ時間の無駄となる。

 行くしかないのだ。


 フロランタンの――木彫りの可愛い人形が並んでいるかもしれない、彼女の部屋へ……





 と思ったのだが、嬉しい方向に予想は外れた。


 彼女の部屋は私物も少なく閑散としていて、ベッドの上には堂々とゴロゴロしている猫がいるだけであった。


 どうも猫は微睡の中にいるようで、薄目を開けて俺たちを見ている。


 ――よかった。


 最近の動向はよくわからないが、フロランタンは邪神像造りをやめたのかもしれない。あと猫かわいい。


 元々は「素養」のコントロールを身に付けるために始めたことだ。

 当然、操作がうまくなれば、木彫りをする理由はなくなる。


 もしくは、ソリチカ教官がごっそり引き取った直後なのかもしれない。


「うわでかっ。……あ、触っても大丈夫?」


 初見で驚くリッセ、セリエ、リオダイン。

 まあ猫としては尋常じゃないサイズだからね。


 初見じゃないので躊躇うことなく触りに行くカロフェロンとトラゥウルルを見て、女子二人は触りに行った。


 ……最初の殺意と食欲が嘘のように、猫は静かで大人しく穏やかである。数名に撫でられても機嫌が良さそうにゴロゴロ喉を鳴らしている。これは愛せる。愛せる猫だ。


 なぜか飼い主顔して得意げにその様子を眺めているフロランタンが気になるが、まあ、放っておこう。あれは俺の猫であることは揺るがない事実だから。


「あれ、どうしたの?」


 猫を触りに行かない辺り、どうやらリオダインは、猫好きというわけではなさそうだ。


 ――俺も最初はそうだった。

 

 嫌いじゃないなら、いずれ彼も猫を好きになるだろう。


「ちょっと特殊な方法で捕まえた。契約してある」


「へえ? 特殊な方法って……いや、気になるけど聞かない」


 うん、そうしてくれ。

 「他人の素養」は軽はずみに聞いてはいけない。


 この辺の言葉の選び方を見ると、彼を調査隊に加えて正解だったと思う。

 リオダインは無礼を働いたり、余計な言動で竜人族を刺激することはないだろう。安心の常識人ぶりである。


「で、紹介したってことは連れて行くんだよね?」


「そのつもりだよ。むしろ連れて行くために捕まえたから」


「そっか――じゃあエイルには、調査の方針がもう見えているんだね?」


 さすが副リーダー向きの優等生だ。鋭い。

 そういうことである。


「上手く行けばいいんだけどね」


「そうだね。現地に行かないとわからないことも多いしね。でも大まかな指針があるだけでも大違いだと思うよ」


 俺もそう思う。

 すべては現地の様子を見てからだが、あまり心配はしていない。きっとうまくいくだろう。


 ――よし。そろそろいいかな。


「その猫は連れて行くから、可愛がるのはいつでもできるよ。それより旅の準備をしてくれないかな」


 ワイズは、昼には出ると言っていた。

 物資は現地調達もできるみたいだけど、替えの利かない物もある。それは今用意しておかないといけない。


「ねえエイル、猫の名前は?」


 肉球をぷにぷにしているリッセに問われ、俺は肩をすくめた。


「まだ決めてない」


「ギンガじゃ」


「ネコルルだよー」


「ネクロ」


 …………


 なんかいくつか異音が混ざったけど、俺はもう一度「まだ決めてない」と念を押した。


 俺は、誰がなんと言おうと、俺が納得して猫も納得した名前しか認めない。





 フロランタンの部屋に猫を残し、全員が名残惜しそうに部屋を出たところで――俺は猫を「消した」。


 召喚魔法を解除したのだ。


 いろんな契約形態があり、それぞれでかなり違いがあるらしいが。

 基本的に、召喚していない時の召喚獣は、常に契約者の近くの異空間にいるらしい。


 「メガネ」に「召喚魔法」をセットすれば、それを感じることができる。


 そして呼ぶこともできる、というのがわかる。


 たまに向こうから拒否の意志が伝わってくることもあるそうだが、何分「召喚魔法」歴が非常に浅いので、色々と手探りな部分も多いのだが。

 まあ、とにかく今は呼ぶこともできるみたいだ。


 大帝国で会った蜘蛛の女性ヤトの場合は、異空間に入らない契約形態だったみたいだ。

 契約者の呼びかけに応えることで、違う場所から召喚されたり、また拒否したりできるそうだが、実はこれはかなり特殊なケースだという。


 エヴァネスク教官から一番簡単でスタンダードな方法として教えられ、それで契約したので、俺のは間違いなく「召喚獣としては普通の契約」を交わしたことになる。


 だから、「消した召喚獣」は契約者の近くの異空間にいる、ということになる。


 ちなみに召喚獣は死なないらしい。

 殺されても異空間に戻るだけで、時間が経てばまた呼び出すことができるとか。


 ――死を超越する。


 その辺を考えると、「契約」というものが結構重いものだということを、嫌でも突きつけられる。

 ただ便利なものだ、なんて安直に考えず、慎重に扱うべきだろう。


 そのほか、色々と疑問はあったが、なんとかうまくやれそうだ。


 ――たとえば、「召喚魔法」を「メガネ」から外したら召喚獣の扱いはどうなるのか、とか。色々と疑問はあったのだが。


 昨日と、一晩明けて今日の今まで様子を見た結果、特筆すべき問題はなさそうだ。


 「召喚魔法」を外しても召喚獣への影響は出ないし、「契約」も続行される。


 原則として、呼び出す時に「召喚魔法」をセットしなければならない。

 それ以外はまったく障害はなさそうだ。


 召喚解除も、「召喚魔法」をセットしなくてもできるみたいだし。


 ――「契約」とは「召喚魔法」ありきではなく、あくまでも俺個人と結ぶ形となっているのかもしれない。


 まあ、長いこと使っていれば、まだまだ気づくこともあるかもしれないが。

 とにかく今は、調査に役に立ちそうだというだけで、充分である。


 ……というか調査に役に立たなくても可愛ければそれでいいとさえ思わなくもない。


 猫は、猫であるだけで、尊い。


 異論も異議も反論もあるかもしれないが、俺はそれでいい。





 慌ただしく準備に走り回る者、すでに秘術の訓練に戻った者。

 それぞれがやるべきことに動き出した時、


「――おーい〇点君。いるー?」


 部屋で荷物をまとめていると、マリオンとセリエが訪ねてきた。


「ハイドラが呼んでるんだけど、一緒に来てくれる?」


 ドアを開けるなりそんなことを言われ、この忙しい時に何の用かと考え――一つだけ心当たりがあった。


「このメンツにハイドラの呼び出しって、この前のあれかな?」


「うん。パチゼット騒動関連だろうね」


 だよね。


 クロズハイトで暴れているゼットという犯罪者が不在となり、その穴埋めに馬車襲撃事件を起こしたのが、少し前の話である。


 俺、セリエ、マリオン、ハイドラ、シロカェロロの五人で色々やったんだよね。


 結局わからないまま放置されている疑問も残っているし、その後が気にならないとは言わない。


 それに、忙しいながらも今しか話せないことでもある。

 今日の昼から、獣人賊の国へ行くことになっているから。


「なんか進展があったかな?」


「それっぽいよね。――もしかしてゼットが帰ってきたかな?」


 あり得そうだ。


 ゼットに何があったかは知らないが、無事ならそろそろ帰ってきてもいいんじゃなかろうか。

 というか、いつ帰ってきてもおかしくはない、といった方が正しいか。


 まあ、俺は二度と会いたくないから、ゼットの動向はちゃんと把握しておきたいところだけど。


「わかった。行こうか」


 



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