342.メガネ君、調査隊メンバーを選出する
猫を捕まえた翌日。
朝も早い時間に起き上がり、一階の食堂へ向かうと――なぜか人が溜まっていた。
秘術の訓練が始まってからは、全員の生活リズムが完全に狂い、ここに集まることさえないという話だった。
いるにしても二、三人いたら多い方、というくらいに、皆バラバラだという話だったはず。
なのに今朝は。
ぱっと見ただけだが、たぶん全員いる。
俺と馴染み深いサッシュ、セリエ、フロランタン、リッセ。
ほかの場所からブラインの塔に集った、ハイドラ、エオラゼル、ハリアタン、リオダイン、トラゥウルル、マリオン、ベルジュ、カロフェロン。離れたところにシュレンもいる。
遅れてやってきた白狼シロカェロロ。
そして、教官三人もいる。
「――あ、エイル」
いったい何事だ、と思わず固まる俺を発見したサッシュが俺の名を呼ぶと、全員が振り返った。
なんだ。
何が起こっている。
「――エイル君。待たせたね」
その声が聞こえた時、なるほど状況が理解できた。
――ワイズ・リーヴァントが到着したようだ。
テーブルに着くワイズと、彼を囲むように集う教官たちと候補生たち。
暗殺者トップの突然の訪問に戸惑い、全員でここに来た理由を聞いていたようだ。まあ、ワイズではなく、事情を知っているヨルゴ教官から説明があったようだが。
「ちょうど説明が済んだところである。あとは貴様の指示待ちだ」
そのヨルゴ教官が、俺を見て言う。
指示。
……ああ、竜人族の里に行くメンバーを俺が選ぶって話のことか。
全員が俺を見ているのも、指示を待っているからか。
「えっと」
久しぶりに会う面々……親しい者もそうでもない者もいるが、数週間ぶりに見る顔ぶれにはあまり変化はなさそうだ。
まあ、一部は昨日も会っているが。
竜人族の里――というか、獣人の国へ行くメンツについては、考えてなかったわけではない。
「――まず、行きたくないって人は?」
と、それぞれの意志を組む形で挙手を求めてみた。
「付いてくるよう命令しても構わんぞ。この仕事は貴様に任せてある」
ヨルゴ教官はそう言うが、
「強引に連れて行ってもいい仕事はできないでしょう。まだプロじゃないんですから」
一人前ならそういう小さな不満も飲み込んで仕事に徹して動くだろうけど、俺も含めて候補生たちはまだ未熟だ。
小さな不満が、態度にも仕事ぶりにも出てしまうことも考えられる。
そもそも、上から命令が来た、ちゃんとした暗殺者の仕事だ。
現地で満足に動けるかどうかはさておき、準備くらいは万全にしておきたい。
そのためにも昨日大急ぎで猫を捕まえたのだから。
……ところで俺の猫は今どこだ。ここにはいないようだが。
「ごめんなさい。私はクロズハイトでやることがあるから、命令じゃないなら辞退させて」
ハイドラが手を上げた。
……そうか、ハイドラはダメか。
調査とか暗躍とか得意みたいだから、調査隊に居れば役に立つ……とは思うけど。
「わかった」
俺的には最初から選んでいなかったから、問題なしだ。
――今回、できる調査員はむしろいらない。そういう人選を考えている。
「日中の仕事となるなら俺も遠慮したい」
と、続いてシュレンも手を上げる。
彼もハイドラと同じ理由で、俺は選んでいない。
――というか彼の所属を大帝国で知ってからは、確かに「日中、街中での仕事には出さない方がいい」と俺も思った。
シュレンが一番動けるし役に立つのは、夜の行動だけだ。
「それと蕎麦は受け取った。かたじけない」
あ、そうですか。……このタイミングで言うなよ。
それからは、辞退を申し出る者はいなかった。
ハイドラとシュレンの二人がダメ、と。
――じゃあ、問題ないな。
「サッシュ」
「お? 俺か?」
「ハリアタン、エオラゼル、トラゥウルル、マリオン、フロランタン」
名前を呼びつつ、最後に頭の中で確認する。
このメンツは――うん、
「君たちは連れて行けないから。訓練に戻っていいよ」
「なんだと〇点! おい!」
あ、久しぶりの呼ばれ方だ。
この呼び方で俺を呼ぶの、ハリアタンとマリオンしかいないんだよね。
「――わかってる。説明するから」
ハリアタンは怒ると思ったので、食って掛かってくる彼を手で制し、とっととこの人選の説明をする。
「先に言うけど、実力的な問題ではないからね。腕が足りないからとか劣ってるから選ばないとか、そういうことじゃないから」
腕云々を言うなら、だいたい平均であろう俺が主導で動くのもおかしいからね。
「まず、サッシュとハリアタンとトラゥルルとマリオン。君たちは口が軽い。非常になめらかだ。だから街中の調査員には絶対に向かないと判断した」
「なんだと! いつ俺の口が軽かったよ!」
「そうだ! てめえとは付き合い長いけど、そういうとこわかってねえな!」
なんというか。
よりによってハリアタンとサッシュが文句を言ってくるっていう、この構図の滑稽なこと。
俺は彼らに、いや、首を縦に振って「自分たちも同じ意見だ」と言外に主張するマリオンとトラゥウルルにも向けて、至極冷静に言った。
「――俺は君たちの、無自覚の失言が一番怖い。だってしくじったことさえ自覚がないんだから。君たちがいると調査隊は知らない間に瓦解すると思う」
…………
しーんと静まり返った。
なんだろう、この全員の反応。
特に反論の声を上げたハリアタンとサッシュ、無言で否定していたマリオンとトラゥウルルまで、なぜ黙る。
……あ、そうか。
「――そうね。私も同じ意見だわ」
ハイドラが同意すると、彼らはすっと露骨に目を逸らした。
そうだ。
こいつら今、「言われてみれば……」と振り返って自覚したんだ。
「いや待った! わたしは口堅いけど!?」
うん、マリオンは馬車襲撃事件でゼットに化けて、詐欺師同然の話術を見せた。こと言葉に関しては誰よりも得意で誰よりも慎重だとは思う。
だが、俺からすれば――
「調子よくしゃべりすぎて逆にボロが出そうで怖い」
「…………」
「自分ではどう思う? 今までしゃべりすぎて失敗しなかった?」
「……くっ。〇点君とはそんなに親しくないはずなのに、なぜわかる……」
苦々しい顔してもダメだから。
……確かにマリオンの「素養・形態模写」は、潜入向きである。
人を騙す、身代わりにしてアリバイに使う、組織の内部に入る等にはうってつけだ。
だが、今回は長期の調査を予定している。
短期間での仕事なら――バレる前に逃げられるスケジュールなら、これ以上ないほど役に立つだろう。
だが、長期は向かない。
それに本人も言っていたが、「形態模写」は他人になれるわけじゃない。
見た目が同じになるだけだ。
記憶は継がないし、口調や仕草でバレることもあるだろうし、一発アウトな合言葉の類で簡単にバレる恐れがある。
これも長期活動には向かない理由でもある。
「君がしゃべりすぎた分、ほかの調査員と足並みが揃わなくなることもありそうだから。俺の憶測とイメージで悪いけど、今回は遠慮してほしい」
マリオンの表情からしてすでに心が折れているようなので、もう追い打ちを掛けるようなことは言わないけど。
「トラゥウルルも似たような理由だから。君は特に怖い」
あいつは人懐っこいがすぎる。人が好きすぎる。絶対にやらかす。
「……にゃー」
まあ、彼女も自覚があるみたいだからこれでやめとくけど。……彼女の「素養・影猫」も調査向きではあるんだけど、使いどころが難しそうなんだよな……
「うちはなんでじゃ?」
フロランタンはアレだ。
「嘘が下手だから。あんまり隠し事もできないでしょ」
冗談はともかく、嘘は下手だ。根本的に不器用な性格でもあるしね。
「お……おう。そうか。……すまんな、こんな時に力になれんで」
あ、自覚ありだったか。よかった、説得の手間が省けたな。
「僕はなぜかな?」
エオラゼルは簡単だ。
「竜人族の女の子を口説きそうだから」
揉めたら面倒なことになること請け合いだ。
というかエオラゼルの場合、口説くのが女の子だけに限定できないのも怖いところだ。
何せ彼は、本物だから。
「失礼だな。僕は君だけなのに」
「それ、この場の何人に言ったことある?」
「皆違って素晴らしいからね。とてもじゃないけど比べられないよ」
「はいはい。それで? 何人に言った?」
「十人くらい?」
というわけですね。
エオラゼルを連れて行ったら最終的には刺されるか殺されるか、結局竜人族を怒らせて追い出されると思う。
……見た目が完全に王子様だけに、本当に性質が悪い奴だ。人が悪いわけじゃないことも含めて悪い奴だ。




