335.メガネ君、任される
翌日。
朝食の席で再びワイズ・リーヴァント、ヨルゴ教官と話をし、竜人族の里とその周辺について聞いてみた。
朝食が済んでも話は終わらず、宿にあるサロンのような場所に移動する。
「――あっやべっ」
「――見つかる前に早く片付けないとっ」
いや遅い。見つかってるから。目が合ったし。今急ぎ出しても堂々と食ってるようにしか見えないし。
食堂では見なかった男女の先輩二人が、なんか朝からすごい大きい何かを食べていたのを見られて焦っていたが、まあどうでもいいことだ。――ちなみに食べていたのはジャンボパフェという甘味らしい。
そんな二人は気にせず、テーブルに着いてお茶を注文し、こっちはこっちで話を再開する。
「竜人族の里は――」
えっと……基本は未開拓地の広大な森で、よっぽど腕が立って運が良くないと、真正面から行って竜人族の里には辿り着けないだろう、とのことだ。
まあ、森の中はドラゴンだらけと考えれば、そりゃ一歩踏み込むだけでも命懸けだろう。
今では竜人族と外界との友好関係が築けているので、彼らが使役するドラゴンを使った「空からのルート」で、安全に竜人族の里に行くことは可能だそうだ。
獣人の国は暖かく、冬もそんなに寒くならないそうで、その地なら問題なくドラゴンも飛べる。
それでも竜人族の動きは鈍るそうだが。
どんだけ寒さに弱いんだって話だが……まあ、体質なら仕方ないか。
――その動きが鈍る冬、竜人族の行動範囲が狭まっている間に調査をしろ、というのが今回の話である。
「寒い間に限定するなら、調査期間は春までですか?」
「それも最長で、だ。竜人族に調査隊の動きを怪しまれた時点で、動ける期間も行動範囲もどんどん狭くなるだろう」
まあ、そうだろうね。
いくら竜人族が強く「俺のメガネ」が欲しいと望んでいても、だからといって何でも受け入れるわけがない。
彼らの秘密……それもドラゴン関係の情報となれば、彼らの存続にも拘わるだろう。
それを探っていると知られれば、俺に対する対応も穏やかなままではないと思う。
――それこそ、絶対に見つからない努力が必要だ。
一度怪しまれれば、その後ずっと警戒される。
警戒されれば、調査しづらくなる。
その状態で無理に動けば、どんな動きでもすぐに看破される。
というか、怪しまれた時点で、もはや半分は失敗と思っていいだろう。
つまり、チャンスを掴むもドブに捨てるも、調査のやり方次第ってことだ。
慎重にやるのは当然として、しかし「冬の間だけ」という条件も付くんだよな……となると慎重すぎてもダメだよなぁ。
「これ以上は、現地の様子を見ないとなんとも言えないな」
同感だ。
特に、彼らに熱望されている客である俺への対応と、俺に何を求めているか。
その辺のことがわからないと、少なくとも俺は動けないだろう。
彼らが俺を呼んだ事情によっては、俺の傍には常に誰かが付きっきりになる、みたいな状況にもなりそうだし。
……ん?
ふと気づくと、ワイズとヨルゴ教官が、不敵に笑いながら俺を見ていた。何? なんだ?
「何か?」
顔に米粒でも付いてるだろうか。……付いてないよな? というか付いてたら教えてくれるよな? 大人なんだから変な意地悪とかしないよな?
……なんて、それこそ変な心配をしている俺に、
「――エイル君」
ワイズは、驚くべきことを提案してきた。
「この調査任務、君の主導でやってみないか?」
……え?
驚く俺を置いて、ワイズは笑いながら説明を始めた。
「まず、竜人族と友好関係を築いている我々の仲間を一人付ける。
これは君の護衛で、また彼らへの交渉役になる。
この人物は、調査には加われない。
常に竜人族の注意を引き、また対応する者になるからね。基本的に目の届かないところには行けないし、行かない」
つまり緩衝役というところか。
「次に君の存在だ。
君に対する竜人族の対応は、まったくわからない
――恐らくは、今君が考えていた通りだと私も思う。君は現地で自由に動けない可能性が高い。
だが、現地のことを間近で見て、ある程度把握し、変化にも対応でき、また竜人族たちの視線や意識をコントロールできるのも、君だけだと思う。
現地では動けない。
しかし注目度は高く、何に関しても無視できないほど重要視もされる。
現場の指揮を執る者として最適な位置にいられる可能性も高いと、私は考える」
…………
「君に付ける護衛はベテランだ。指揮も執ろうと思えば執れるだろう。
だが、役割を考えれば指揮を執るより外部への注意と警戒に専念してもらった方が、何かと都合がいいだろう。
一番難しいポジションとも言えるしね」
……だから、俺に主導でやれと?
ちょっと待ってくれ。
「もっとベテランを付けてくださいよ」
ここで惜しんでどうする。
もっと人材を投入してくれ。勝負所じゃないか。出し惜しみしないで、可能な限り最大限注ぎ込むべきだ。
しかし、首を横に振ったのはヨルゴ教官だ。
「大人数での訪問は禁止されているのだ。
これまでの調査隊の失態である。里を武力で制圧しようとした迂闊な国もあった。すっかり彼らを怒らせてしまった」
……あ、そうですか。
……そうか……軽率なことをした連中がいたのか。
「念のために言っておくが、彼らは強いぞ。伊達にドラゴンの住処の腹の中に定住していない」
でしょうね。
念を押されるまでもない。
周囲の環境を考えれば、普通に考えて弱いとは思えない。
彼らが使役するドラゴンを脅威と思う人は多いだろうけど、使役するだけの力を持つ竜人族の方もよっぽどの脅威だと思う。
「じゃあ、今の最大上限は何人くらいですか?」
「八人くらいだな。それ以上はいい顔をしないだろう」
八人。
俺と、護衛で二人。
あと六人だが、その中にはベルジュとカロフェロンもすでに入っている。
だとすると、あと四人か。
「ベテランは付けられないんですか?」
「各地に散っているので、すぐに用意はできない」
「ヨルゴ教官とかは?」
「自分は調査には向かない。はっきり言って自分など強いだけである」
なんかセリフがかっこいいけど、まあ、確かに、調査に求められるのは強さじゃないか。
「それにベテラン勢は、逆に動きづらいかもしれん」
「というと……あ、そうか」
これまで何度も調査隊が入ったであろう竜人族の里。
彼らからしてみれば、それこそベテランの調査員なんて、掃いて捨てるほど見て来たに違いない。
だとしたら――初対面で「あいつベテランっぽいな」と思われた時点で、竜人族に警戒されてしまうのではないか。
ヨルゴ教官が言いたいのは、そういうことだろう。
「それに、君が把握していない人物は、扱いづらいのではないかね? 気心が知れている方が指示も出しやすいだろう」
え……?
「それって、候補生から選べって言ってます?」
「――竜人族の里が見つかり、交流が始まって百年。
ベテランからのアプローチは全て失敗してきた。
ゆえに、今度は趣向を変えた調査隊を組んでもいいのではないかと私は考えている。
君に主導を任せたいと思ったのも、その発想からだ」
いや、気持ちはわかる。
最善の手を打ってきたけど失敗続きだったから、逆にちょっと変わった方法で試してみよう、みたいな発想でしょ?
「今回はチャンスなんでしょう? 向こうが客を迎えたいだの、冬だの。そういうチャンスが揃ったんでしょ? 今最善を尽くさないでどうするんですか」
ベテランを。
ベテランを投入するんだ。この好機を逃さずに。
「チャンスではある。だが不確定要素も多い。今度の調査で求められるのは、向こうの予想外の出方に対応できる柔軟性だと思っている」
柔軟、性……
「――柔軟性。対応力。即断の指示を間髪入れず聞き入れる信頼。気心の知れた仲間の方が連携は取りやすいのではないかね?」
…………
「それに、君は失念しているようだが、もう一度言おう。
先程ヨルゴが言った通り、この調査隊に付けられそうなベテランは手近にいないのだ。合流するのに最低でも二週間は待たねばならない。だがさすがにその時間はないと思っている」
……すぐに用意できるベテランはいない、か。
暗殺者関係者なら身近にたくさんいるっぽいけど、調査に特化したベテランと言われると、案外数は少ないのかもしれない。
「君は頭が回る。代官屋敷に忍び込んで単独で脱出できるのだ、機転も利くし度胸もいい。君に任せれば、少なくとも大きな失敗はしないだろうと確信しているよ」
あ、はい。そうですか。
二人とも、もうすっかり任せる気になっちゃってるよね。もう俺が何言っても無駄な感じだよね。
「失敗しても責任は取れませんからね」
色々納得できる点もあったけど、納得できない点もあった。
――それを踏まえて、俺は話を飲むのだった。
まずは人選か。
やれやれ。
大仕事を任されたものだ。




