332.メガネ君、違う思惑もありそうな臭いを嗅ぐ
「――自分としては、間にある詳細が気になるところだ」
しばらく黙って話を聞いていたヨルゴ教官は、一区切り……ワイズの説明が終わった辺りで口を挟んだ。
まず、俺の竜人族の里行きは、確定事項といっていいだろう。
ワイズ自ら出張ったというのも、「筋を通した、誠意を示した」という意味以上に、冗談の欠片もない本気の話だって証だ。
思うことは色々あるけど、ヨルゴ教官が気にしているだろうことは、きっと俺も気になっている。
たとえば、竜人族の目的とか、結局ドラゴンを入手することは可能なのか、とか。
特に「ドラゴンの入手」は、そもそも他国――竜人族の里以外でドラゴンを飼育できるのか、という問題も抱えているのではなかろうか。
よそに上げるのを渋っているのではなく、よその環境での育成は不可能である可能性だね。
さっき聞いた「交渉で一歩も譲らなかった」という点が、ちょっと引っかかってるんだよな。
その裏に何かしらの事情がある気がするんだけど……
……なんて、俺の中でも気になる諸々が残ったままだ。
「現状はどうなっている? 今すぐエイルを連れて行くつもりか?」
「ナスティアラに滞在していた竜人族たちは、秋が始まる前に故郷に戻った。彼らは寒いのが苦手らしい」
「寒いのが苦手だと?」
「好みの問題ではなく、種族的な問題だ。竜人族は寒さにより、運動能力が格段に落ちるそうだ。まあ、個人差も大きいようだがね」
それはドラゴンの特徴なのだろうか。
爬虫類なんかはだいたい寒さに弱いって聞いたことはあるけど。
鱗の皮膚は、あまり防寒作用がなかったりするのかな。
「それとエイル君の移動については、まだ決めかねているところがある」
ん?
というと、今すぐ竜人族の里に行く必要はない、って話か?
「できるだけ早く来てほしいという要望は出ている。
が、さっき言った通り、彼らは寒さに弱い。
春まで待てば、彼らがある程度までは迎えに来てくれるそうだが、冬場は迎えが出せないかもしれないと言っていた。
とりあえず、春の到着を目途に受け入れる準備はしておくそうだが、冬に来てもらっても構わない。だからそちらの都合のいいようにしてほしいと」
……なるほど。要するに春までに行けばいいわけか。
「冬場に行くとすれば苦労するって話ですね?」
「うむ、まあ、そんなところかね。――急ぐ理由はないとは思うが、君の判断に任せよう」
え? 今すぐ移動か春に移動かを、俺が決めるの?
…………
行くのは決定してるからなぁ。
行かないって選択はできないんだよなぁ。
「まず、今から移動を選ぶ理由はないですね。俺の秘術の訓練はどうなるかって話になりますし」
ほかの理由どうこうより、まずそれに尽きるだろう。
「ああ、そうか。アレの訓練はこれからだったか」
ワイズは失念していたようだ。ヨルゴ教官が「冬から春まで猛特訓だ」と、聞き逃せない言葉を吐く。
となると、今度の冬の大事さを思えば、どうやっても動けないだろう。
そもそも俺が暗殺者育成学校に所属することを決めたのも、七つの秘術の習得というワイズのセールストークに乗った部分もある。
逃せるわけがない。
むしろここからが一番大事な期間である。
こうなってくると、もう選ぶ余地なんてない――
「――移動中に私が教えようか?」
……え? ワイズが? 暗殺者の頭が?
「途中までは私も君と一緒に行こう。別れてからは別の暗殺者に付いてもらい、道中と竜人族の里内での護衛を任せるつもりだ。
あまり同行する期間は長く取れないが、二週間くらいは付きっきりで教えようではないか」
…………
七つの秘術をすべて習得しているのは、もはやワイズの世代だけだと言っていた。
秘術の習得には、己の限界に挑戦し続けることが必要になる。
多くの者が訓練で身体を壊したりとにかく死んだりという憂き目に遭ったからと、エヴァネスク教官は話していた。
だから現代では一つ二つ習得すればいい、と。
――そして俺は決めていた。
無理をしない範囲で、七つの秘術全てを習得しよう、と。こんな機会は人生で何度もないから。必死で欲張ろうと思っていた。
たとえすべて習得はできないまでも、一つでも多く習得するのを目指すつもりだった。
ハイドラもすべてを身に付けるつもりで臨む、と言っていたっけ。
彼女は優秀だから、案外やり遂げるかもしれない。
……迷うな。これは迷う。
一つ二つ、あるいはもっと多いかもしれないが、少なくとも全て習得はしてない教官たちと、一人で全てを修めている人と。
全てを習得するのが目標であるなら、どっちに学びたいか、という話である。
「ちなみに教えるのは上手い方ですか?」
「いいや。やったことはない」
お、おう……堂々と。満足に教わることさえできるかどうか不安なことを言いつつ、そのくせ教えようかと提案を。
「――そもそも教えは必要か? 見るだけで充分ではないかね?
私と君とでは体格も違うし、身のこなしや気の配り方も違うのだ。
細かな感覚や動きをそっくり真似たところで、果たして同じ結果が出せるだろうか。
結局は、君が自分で自分なりのやり方を掴むしかあるまい。ならば私のやり方を知る必要があるかね?」
それは習ってみないとわからない部分、としか言いようがないけど。
思わぬ提案に決断が鈍る横で、ヨルゴ教官が腕を組む。
「――竜人族の里か。いつかベルジュが行きたいと言っていた場所だな」
え? ベルジュ? ブラインの塔にいる料理人の?
「ふむ? ベルジュと言うと、あの『悪食』のかね?」
「ああ。――もしドラゴンを手に入れる交渉にエイルを使うなら、ベルジュも連れて行った方が都合はいいかもしれん」
……悪食。
未だ「ベルジュの素養」は知らないけど、その「悪食」っていうのが「彼の素養」なのか?
聞いたこともない「素養」だけど……というか俗称みたいなもので、正式な名称ではないっぽい気もする。
「だとすると、錬金の彼女も外せんな」
「カロフェロンだ。……もしや攻め時か、ワイズ?」
「時期尚早としか思えんが、そのくせ手駒とタイミングだけは揃ってしまったな。
これだけの条件が次に揃うのはいつになるか……確かに攻め時ではあるか。
だが急いてもロクなことはあるまい」
「しかし次の機会がいつ訪れるかはわからんぞ。早くても一年後になるだろう。それでは遅すぎないか?」
「……ふむ。さて、どうしたものか」
というか、俺がどうしたらいいんですかね。
なんか「俺のメガネ」の件とは違う思惑があるみたいだけど、それがさっぱりわからないから、何も言えないんだけど。




