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329.メガネ君、ついに来たかと思う





 皮肉なほどおいしい朝食のせいか、蜘蛛の女性もハシが進むにつれて、まあまあ穏やかな表情になっていった。


 気持ちはわかる。

 今朝のハマグリ飯は凶悪なまでにうまい。俺はすでにお代わりをすると決めている。


 彼女は、さっきじいさんが言った「ここだけの話」という強調に、ある程度は納得したのかもしれない。

 ここで怒っても、何かしても、それが成功しても失敗しても結局は薮蛇だからね。


 じいさんは、ヨルゴ教官と後進の様子と育て方の情報交換を、器用にいろんな名詞を抜いて話し出す。

 だいぶ気になる話をしている気もするが、昨夜の件では俺も考えることがあった。


 ……でもまあそれは後回しにするとして。


 こんな機会でもないと会えない人……人と言っていいのかわからない存在が、結構気になっている。


 向こうは敵意しかないかもしれないが。

 でも、俺は興味津々だ。


「蜘蛛なの?」


「は?」


 ……睨まれた。


「わっちも聞きたいですえ。ぬし様の『素養』、複数ありんすかえ? そうでもないと説明がつかないことが多すぎますわえ」


 あ、結構ストレートに聞かれた。デリケートな「素養」のことを。


「魔術師なので」


 しれっとそう答えておく。


「ああ、なるほど。いくつか使える魔術で対処したわけですかえ」


 ……意外と使えそうだな、この言い訳。


 別に嘘はついてないし。

 物理召喚も魔術の範疇だし。

 この言い方なら、嘘だと判断される心配もないだろうし。


「それでも説明がつかないところが……まあいいですえ。詳しくは聞かないでおきましょう」


 あ、そうですか。それは恐縮ですね。


 ――蜘蛛の女性とぽつぽつと話していると、あっという間に朝食は済んでしまった。





 食後のお茶もそこそこに、じいさんと蜘蛛の女性は引き上げていった。

 何分、非公式の面会だと言っていたので、元から長居する予定はなかったのだろう。


 蜘蛛の女性からも、色々と気になる話を聞けた。


 彼女は、極論を言うと、東洋の魔物の一種、だそうだ。

 そして代官の娘・アヤと、召喚魔法で繋がっている存在なんだとか。


 東洋にはあんなにも人間そっくりに化ける魔物がいるのか、と驚愕したが……よくよく考えると俺も知っている魔物がいた。


 人間そっくりな魔物――吸血鬼(ヴァンパイア)とか、人型植物のアウラウネとか。


 遭遇したことがないので有名どころしかしらないが、他にもいると思う。

 それこそ女性の姿を持つ蜘蛛アラクネとか。メドゥーサとかも似たような存在と言えるのかな。


 まだまだ興味は尽きなかったが、彼らは非公式の訪問である。

 長々付き合わせてもお互いいいことはないだろうから、延長することなく別れた。


 気にはなるが、今必要な情報ではない。

 縁があったらまた会えるだろうから、話ならその時にまたすればいい。


「――で、昨夜はどうだった?」


 お客さん二人は帰ったが、俺とヨルゴ教官は残ったままである。


「どうもこうもないですよ。結果がすべてです」


 じいさんと教官の話から漏れ聞こえたところ、昨夜から軍人たちが街中を走り回っているとか。


 俺に繋がる情報があるなら、すでに踏み込んできているだろう。

 朝食が終わった今でさえ、軍人たちが捕縛に来ないのだから、まあ俺は逃げ切れたと思っていいだろう。たぶん。


「だいたいの動向はわかっている。が、最後に『消えた』のだけはわからんな」


 ああ、「聖剣創魔」の「瞬間移動」か。


「『メガネ』がないと『素養』は使えないのではないのか?」


 …………


 これはまた確信を突いてきたなぁ。


「その質問は勘弁してください」


 素直にお断りを入れておくことにする。


 いくら暗黙の了解ができているにしても、認めるか否かというのは非常に大きなポイントである。

 そして俺は、なんとしてもそこだけは認めたくないのだ。


 薄々感づかれているまではいい。

 でも、俺が自分で「そうだよ」とは言いたくない。というか言えない。言えるわけがないだろう。俺の生命線も同然だぞ。


「そうか。ではそこは聞かないでおこう。――で、最後のは『聖剣創魔』か?」


「そうですよ」


 もうなんでも読まれるな。教官は本当に恐ろしい。


 …………


 いや、最後のが「聖剣創魔」だと推測したからこその、「メガネ」の有無の質問か。


 ――ヨルゴ教官の言う通りなのだ。


 「俺のメガネ」は、基本的に顔に装着していないと、「他の素養」を使うことができない。


 たとえば「紐型メガネ」に「なんらかの素養」をセットして腕に巻き付けていたとしても、その「素養」を発動することはできない。

 恐らくだが、「レンズを通した視界がいつでも確保できる状態」にないとダメなんだと思う。その状態なら目をつぶっても発動できるからね。


 では、昨日の「聖剣創魔」のパターンではどうか?


 俺は投げ捨てた「メガネ」に「聖剣創魔」をセットしていた。

 この時点で「ノーメガネ」である俺は、「他の素養 (この場合は聖剣創魔)」を使うことはできないのである。

 できるのは「メガネ」を生む、元の物理召喚だけだ。


 ――実はこの「聖剣創魔」という「素養」、試行を重ねた結果、かなり異質な性質を持っていることがわかった。


 いや、異質なんじゃなくて、「メガネ」と合わさることで変な反応を起こしている、と判断した方がいいのかもしれない。


 片や「メガネ」を生み出し、片や「剣」を生み出す「素養」。

 お互い物理召喚というジャンルにあるせいか、合わせて使うと変な影響を与え合っている。


 ――まあ簡単に言うと、「俺のメガネ」による「聖剣創魔」では、「剣」への「瞬間移動」の範囲が異常に短いということ。

 がんばっても二、三歩くらいの距離しか移動しない。それくらい有効範囲が短い。


 だが、「剣」ではなく「メガネ」にセットし設置した場合、その「聖剣創魔付きメガネ」にはそこそこの距離を移動できたのだ。

 しかも、「ノーメガネ」のまま発動もできた。


 更に試行をしてみる――たとえば「メガネ型剣」だの「メガネの一部だけ剣」だのと、互いを混合した物理召喚をしてみたりと色々やってみたが。


 「メガネ」に「聖剣創魔」をセットするのが、「瞬間移動」としては一番使いやすいということがわかった。


 そして、これに限り、「二種類の素養」をセットできることも確定している。


 片方は「聖剣創魔 (瞬間移動)」で埋まりはするが、それを確保しつつ「新たなメガネ」にもう一つ「素養」をセットすることができる。


 この例外的に二つ使える法則は、考え方によっては、ものすごく大きなアドバンテージになりそうだと思っている。


 ――まあ、使う機会があるかどうかはわからないけど。


「ついでなんで、俺からもいいですか?」


 昨夜から気になっていることがある。

 ヨルゴ教官のこの感じからして、昨夜の俺の動きは知り尽くしているようだが――


「昨日の夜、屋敷の屋根の上から見てませんでした? 大勢で」


「ほう……気づいたか?」


「……勘弁してくださいよ……」


 気づいたっていうか、チラッと見たら、なんか黒い連中がひしめき合って下を覗き込んでるのが見えちゃったんだよ。


 どこか楽しそうに、高みの見物をしていたように見えたけど。

 きっと気のせいだと思っていたけど。


 でも今朝の教官やじいさんの態度からして、なんか気のせいじゃない気もしてきたよ。


 本当に勘弁してほしい。


 屋根の上に逃げる逃走ルートも考えていたのに。

 「聖剣創魔付きメガネ」を、屋敷の屋根の上に投げることも候補に入れていたのに。


「まあ気にするな。任務にアクシデントは付き物だ」


 アクシデントねぇ……アクシデントそのものが言うなって感じもしますけどね。


「それより、約束通り昼は牛鍋を食いに行こう。予約を入れておくぞ」


 ああ、約束の肉か。

 さっきのハマグリ飯を思い出せば、楽しみでしかない。大帝国の飯は珍しいけどうまいものばかりだ。


「そして――夜にはワイズが到着するそうだ」


 ……そうか。ついに来るのか。





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