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309.メガネ君、迷惑な軍人に絡まれる

4/10 修正しました。






「――失礼した」


 軍服の少女は帽子のつばに手を添え軽く頭を下げると、今俺が開こうとしていたドアを開けて、魅惑の猫屋敷の中へと消えた。


 思わぬ横入り……いや、同着か。どっちが先ってこともない。


 ――改めて、俺は猫屋敷アロファの扉を開けた。


「いらっしゃいませー」


 入ってすぐ近くにあるカウンターに、給仕の女性が立っていた。


 だがそれよりも、そんなことよりも、このメガネは店の奥にいる奴らに釘付けだ!


「当店は初めてですよね? では説明をさせていただきますねー」


 いる。

 いっぱいいる。

 見える範囲で五匹いる。

 

 小さなテーブルが五つほど並んでいるので、どうやら喫茶店のような店のようだ。


 屋敷とは書いてあったが、屋敷と言うほど広くはない。

 というか、今俺が泊まっている怖い宿の一部屋の方が広い気がする。


「ここは猫ちゃんと触れあえる茶店となっていますが、注意事項があります。

 まず、猫ちゃんは基本的に自由に過ごしているので、猫ちゃんを追いかけ回す、猫ちゃんを無理に捕まえる、猫ちゃんをいやらしい手付きで撫でるなど、猫ちゃんが嫌がることは全面的に禁止です。


 基本は猫ちゃんを待つだけです。

 席に着いたら動かず猫ちゃんを待つ、時々お茶やお菓子を口に入れる、別売りの猫ちゃんのおやつを購入する、猫ちゃんのオモチャを借りる……という触れあい方ができます」


 なんか横でごちゃごちゃ言っているが、俺の視線は猫に向いたままである。


 だって猫がいるんだもの。

 それ以外なんてどうでもいいじゃないか。


 ああ、完全体だ。

 完全体の猫がいる。

 しゃべらないし、探らないし、もちろん透明化したりもしない、本物のただの猫だ。それがいい。ただの猫がいいのだ。


「あとテーブルに着くだけでテーブルチャージが……あのー、聞いてますー?」


「全然」


 今は何も頭に入らない。


「はあ。……まあ、猫ちゃんが好きなら大丈夫でしょうね。猫ちゃんが嫌がることはしないでくださいねー」


「もちろん」


 そんなのするわけがない。





 一番奥に、先に入った軍服の少女がいる。

 俺はその隣のテーブルに案内された。ほかに客はいないようだ。


 なんと説明すればいいか……奥の一部屋が猫用のスペースになっていて、テーブルの位置からして部屋の縁側が椅子代わりになっているようだ。


 背もたれのない縁側に腰かけ、真後ろに猫用スペースを臨む、という感じだ。 


 猫は真後ろにいるので見づらい。

 けど、でもすぐ近くに猫がいる。距離だけ見ればなかなかの特等席だ。


 店が広くないせいか、パッと見の五匹だけのようだ。

 くつろいだり転がったり寝ていたり設置されている登れる棚の上でこちらを見ていたり歩いたりしている。


 角の方にある大きな猫型のクッションが目を引く。

 厚みのある腹を曝け出してぐてっとなっていて、なかなか座りごこちのよさそうなクッションだ。


 あと、猫スペースを区切る壁に小さな穴が開いているのは、たぶん猫の通り道だろう。


「ご注文は何にいたしますかー?」


「いつもの」


 後ろを向いて猫をがっつり見ている軍服の少女が、振り返りもせず給仕に応えた。


「ご注文は何にいたしますかー?」


「適当に――いや」


 横にスライドしてきた給仕に、俺も猫をがっつり見ながら適当に応え……ようとしたが、この注文はまずいと思い体勢ごと訂正する。


 お金はあまりない。

 基本的にブラインの塔では定期収入がないし、冬支度のために散財したばかりだ。


 相場もわからないし、一番高いメニューを持って来られては困る。

 それに、ついさっき飯を済ませたばかりだし、しっかりした食事が運ばれてくるのも困る。


「お勧めは?」


「緑茶とみたらし団子ですねー」


「じゃあそれで」


 みたらし団子がどういうものかわからないが、しっかりした食事じゃなければ大丈夫だろう……あ。


 「かしこまりましたー」と、台所があるのだろう暖簾の奥へ消える給仕の「素養」が見えた。


 「魔獣使い・小型特化」。


 普通の「魔獣使い」は、暗殺者の村で“石蠍スコルピオン”から登録したが、「小型特化」は別もの扱いになるようだ。


 確か、読んで字のごとく、小型の動物や魔物に適した魔物などを使役する「素養」だ。

 ということは、この店の猫は、さっきの人に使役されているのだろう。案外店名のアロファってあの人のことなのかもしれない。


 色々試しはしたけど、「魔獣使い」は再現ができなかった。


 「俺のメガネ」では能力が劣化するので、満足には扱えなかった。試行不足もあるかもしれないが。


 しかし、たぶん本気で生き物を使役するなら、発動しっぱなしになるんだと思う。さっきの給仕の女性のように。

 つまり「メガネ」とは非常に相性が悪い「素養」ということになる。


 「俺のメガネ」は「素養の付け替え」こそが特性であり特徴であり長所であるため、一つの「素養」を使いっぱなしというのは、よろしくないだろう。

 単一で固定するという行為は、プラス要素を全部潰してしまうようなものだ。


 猫一匹でも使役できたら、猫のいる夢の生活が、夢ではなくなりそうなんだけどね。


 いや、暗殺者訓練生である内は、絶対に無理か。


 今はせいぜい、こうして猫がいる場所に来て見守るくらいがちょうどうおおおおおおおおおおおおお来たぁぁぁぁぁぁ!! 二匹来た! 二匹もいっぺんにきたぁぁ!!


 なんだかんだ考えている間に距離を詰めてきた猫が、俺に身を摺り寄せる。


 身体の小さな黒猫と、大きな灰色の猫だ。


 黒猫は当たり屋のように俺にぶつかり転がると、被害者面してばしばしたたいてくる。なるほど? 可愛い。


 灰色の猫は、道端のひなたでも見つけたかのように、堂々と膝の上に乗ってきて丸くなった。ふうん? 可愛いと言わざるを得ない。


 何気に本物の猫に触れるのは、故郷の村以来である。


 その故郷の村でさえ、姉が追いかけ回したせいで犬も猫も人間不信気味になっていた。

 年老いて動くのが面倒臭そうな猫や、まだ外敵(ホルン)の脅威を知らない仔猫に、ほんの少しだけ触れたことがあるだけだ。


 俺が猫にハマッたのは、暗殺者の村の巨大猫アサンからである。

 まあ、あれは猫じゃないけど。


 そして非完全体である猫獣人トラゥウルルを見ては残念な気持ちになりつつ……しかし今、俺は念願の猫に触れている!


 ああ、可愛い。温かい。毛並みがさらさらで美しい。

 じゃれてくる黒猫も可愛いが、喉を鳴らして撫でられるがままの灰色の猫も可愛い。


「――チッ」


 ん?


 猫を堪能していると、不穏な音が聞こえた。隣から。軍服の少女の方から。舌打ちのような音が。まあどうでもいいことである。


「――……新参者に黒丸と九鼠が懐いただと……? 奴め、何者だ……?」


 なんか低い声でブツブツ言い出したけど気にしないでおこう。この感じ……気にしたらきっと絡まれる。


 ――おっと。


 じゃれる黒猫、早くも寝始めた灰色の猫に続き、茶白黒の毛皮を持つ三毛猫と、非常に毛足の長い白猫も寄ってきた。


 三毛猫は俺に触れる直前に黒猫の強襲を受けてじゃれ出す。俺にどしどしぶつかりながら。この可愛さはもはや犯罪かもしれない。


 白猫は、灰色の猫がいる俺の膝の上に、乗るスペースなんてもうないのに無理やり乗り付けてくる。なんという可愛い迷惑行為。飼いたい。


「――な……!? ミケに白くんまで……!?」


 隣が順調にうるさいけど、俺は気にしない。


「――おい、そなた何者だ。その子たちをどうするつもりだ」


 なんかもはやすでに話しかけてきている気もするけど、空耳だろう。しかし可愛い。なんだこの夢の時間。俺はもしかしたらこの子たちに出会うために暗殺者育成学校に所属したのかもしれない。





「――マヨイさん、ほかのお客さんに絡まないでくださいよ」


 ずーっとブツブツ言っていた隣の軍人は、注文したものを運んできた給仕の女性に注意された。よし。黙らせてくれ。


「いやしかしだな。あれを見ろ。なんだあの異常な好かれ方は。私のところには来ないのに。一人も来ないのに」


「もうみんな、マヨイさんのこと憶えてるからですよ……ほぼ毎日来るし、一度構ったら長いし、しつこい手つきで触るし……」


「だって可愛いから仕方ないではないか!」


「お金を落としてくれるお客さんとしては上客なんだけどなぁ……――お待たせしました」


 俺のテーブルに注文したものが置かれるが、今は本当にそれどころじゃない。


 猫がいる。

 それだけで、こんなにも癒され、満たされるなんて、思わなかった。


 ……俺、将来、絶対猫飼うんだ……


「――わかった。粉だな? そなた、粉に手を出したのだな?」


 粉?

 ……なんの話をしてるんだ、隣の奴。


「マヨイさんじゃないんだから持ち込みませんよ……」


「いいや持ち込んでいる! あれは粉に手を出し持ち込んでいる! そうじゃなければおかしい! 私のところには猫ちゃんは来ないのに! だのに向こうにはあんなに! している証拠ここにありだ!」


 なんか言い切られたけど……本当になんの話をしてるんだ。


「ほんの一時だけでも猫ちゃんの寵愛を受けんがために、手を出してはならん粉に手を出したのだろう? 猫ちゃんに快楽の粉を与えて手懐けるその手法、汚いやり方をするではないか。そうやって猫ちゃんに快楽の粉の味を覚えさせてそれなしでは生きていけない身体にするつもりだな?」


 ……なんか言ってることが怖い。


「快楽の粉って言い方やめましょうよ。マタタビでしょ? マタタビの粉末でしょ?」


「ならば快楽の粉ではないか!」


「合法ですからね。そもそも与えすぎで購入禁止になったのはマヨイさんでしょ」


「そなたの一存ではないか、アロファ! 私にも再び快楽の粉を売ればいい! 少しでいいんだ! あ、あれがないと……私は耐えられない……!」


「なんでマヨイさんに禁断症状が出てるんですか! もう絶対マヨイさんには売りませんからね!」


 …………


「……おい、今私に粉を寄越せば不問とするぞ。あと黒丸と九鼠とミケと白くんもこちらに引き渡すのだ……何、悪いようにはせん。恩には報いる」


「私のお店で変な取引しようとしないでください!」


 …………


 どうしよう。

 さすがに無視できないレベルで迷惑な軍人が絡んでくる。





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― 新着の感想 ―
[一言] この作品を読んでから暫くして 縁があり我が家にもお猫様をお迎えしました 乳離れしきれてない頃からのお迎えだったんで大変だったけど 今では完全に我が家の姫ですわ 一番お迎えに反対してた父が一…
[一言] まぁその、猫好きって基本猫に憑かれた変態だから
[良い点] 猫カフェ…猫が寄ってくる…いいな…
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