283.馬車襲撃事件 15
少々足止めを食らったハイドラとセリエを呼び込み、一番奥のやたら大きなテーブルに着いた。
パチゼットを筆頭に、コードとキーピック、そしてハイドラとセリエ。
エイルとシロカェロロは別行動中なので、今はこれで関係者全員が集まったことになる。
「――各々話したいことはあると思うけど、あんまり時間がなさそうだから、今は僕の話を聞いてほしい」
コードの言う「あんまり時間がない」というのは、例の三人を指してのことだろう。
あの様子だと、今すぐにでもここに乗り込んで来そうだった。
「この時間は、略奪した荷物の分配を考えるのよね?」
ハイドラが確認すると、コードは頷いた。
「元々は僕ら三人だけの略奪仕事だった。それが色々あって自然と人数が増えていったんだけど。
でも、略奪品の優先権は僕らにあることは変わらない。それが参加する大前提なんだ」
確かにそれが決まり事なのだろう。
テーブルの脇には、いくつかの木箱……さっき奪ってきた荷がある。
酒や衣類、毛布などはないが、それ以外の雑貨や貴重品など、最も価値がありそうな物はここにある。
ゼットたちが分けられるよう、部下たちが先に運び込んでいたわけだ。
一緒に仕事をするという括りで考えたら、めちゃくちゃな分配方法だと思うが。
でもそれで納得できるくらいには、部下への分け前もちゃんと出ているのかもしれない。
「まあ厳密に言うと、わたしらとあいつらの分で分けて、向こうに渡したものを向こうで勝手に分けてるんだけどね」
キーピックがそんな補足をした。なるほど、部下への分配は部下任せか。
――しかしまあ、流れで聞いてしまったものの、これは今するべき話ではないだろう。時間がなさそうなので、優先すべきことから話すべきなのだが。
コードもそう思ったのか、一つ咳払いをして仕切り直した。
「――まず二つ、言っておくことがある。
一つは、もしかしたら君たちも気づいていると思うが、どうやら内部に僕らを……というかゼットを排除しようとする者がいるようだ」
つまり、裏切り者の存在である。
「その様子だと、気付いていたみたいだね」
反応が薄いハイドラとセリエを見て、コードは「やはり気づいていたか」と頷く。
「あなたたちもグルで、私たちを裏切るかもしれない。その可能性があったから何も言わなかったわ」
「なるほど。そうだね。君たちから見れば内部事情もさっぱりだからね」
「可能性は低い、とは思っていたけれど」
「やってどうなるって話だし、わざわざ助力を仰ぐ理由もない。そんな回りくどいことをする理由もないね」
理屈で考えればそうだが。
しかし、可能性がなくなるわけではない。
なので、あえて言わずに、ハイドラたちだけで情報を共有していた。
「頼み事の内容が内容だし、警戒するのも当然だと思う。だからそれはそれでいいよ。
問題は、疑惑だったそれが、さっき確信に変わったことだ」
先の馬車襲撃辺りで、コードには確信に変わる何かを得たらしい。
ハイドラもいくつかは思いつくが、はっきりは言いきれない。
内情を知る者にしか判別できない何かかもしれないから。
「見張りの有無に、大帝国の軍人」
真面目……というよりは冷徹さを感じるセリエが、ぼそりと呟いた。
「略奪中に見張りが立っていなかったことと、あのタイミングで軍人がやってきたこと。
特に後者は、誰かが予定を伝えたとしか思えないですね」
セリエの印象では、部下たちは思った以上にプロ意識が高く、そしてなかなか優秀だということだ。
上の命令は即座に聞き入れ、静かに行動して余計な無駄口も叩かない。
略奪中も、個人的に何かを懐に入れる等のネコババ行為は、していなかったように見えた。
とにかく急いで仕事をこなす。
それだけのために動いていた、ように思う。
ただ、だからこそ不自然なのだ。
そんな出来る者たちばかりなのに、基本中の基本である、見張りを立てていなかった。
略奪行為に集中できるよう、邪魔者を見張る役目は必ず必要だ。
――もしエイルが独断で行おうとした「誰かが来たらわかるような仕掛け」を仕掛けていなかったら、状況は二歩ほど遅れていたかもしれない。
逃げる前どころか、略奪中に軍人たちが乱入し、最悪部下たちが何人も斬られていたかもしれない。
「そう、それだ」
コードは同意した。
「細かな役割分担は勝手にやらせているけど、見張りが立っていないなんて、今までなかった。これは明らかにおかしい。
そして大帝国軍人の乱入。
これは露骨だね。普段来るような場所じゃないところに、あのタイミングで間に合うなんて奇跡だ。
僕らがそこで仕事をすることを事前に知っていたんだろう。だからこその動きだ」
――なるほどそこか、とハイドラは思った。
「裏切り者がいるわね」
見張りを排除して、軍人に情報を漏らした者がいる。
――ついでにハイドラは、ちょっと気になっていることがある。
「実は」
言いかけたその時だった。
「――なんでどこの誰とも知らない新入りの女は通して、ずっとアニキに付いてたわたしたちが一緒にいられないんだよ! どけよ!! こんなの納得いくわけないじゃん!!」
入り口で上げられたそんな声が、洞穴の中に反響する。
どうやら、やっぱり来たようだ。
「想像以上に早かったな」
珍しくコードが焦った顔をする。
「ごめん、駆け足になるけど、さっきの話の続きのもう一つを言っておく。
ゼットが本物じゃないことがバレてると思う。
あいつらはそれを確かめにきたんだ。
だから――」
コードはパチゼットを見た。
「――言い訳でもなんでも、全部君に任せる。僕らは必死でフォローするから、好きにやってほしい」




