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248.ゾンビ兵団討伐作戦 3





 ゾンビが巣食う林は、薄い密度で広範囲に及んでいる。


 作戦決行の前日。

 調査の段階で、エイルとトラゥウルルでざっと数えてみたところ、ゾンビの数は五百体前後だろうと当たりを付けた。


 周囲から見えるのは、あくまでも表面上。

 実際林の中には「兵団」と言ってもおかしくないほどのゾンビが跋扈していた。まあ、跋扈と言うよりはただ佇んでいるといった方が正確かもしれないが。


 とにかく数が多い。

 魔物狩りチーム総員は十人もいないのに、ゾンビの数は余裕で百を超えている。


 これはもう、まともに一体ずつ狩っていくのは、間違いなく非効率的かつ非現実的な対比だろう。

 おまけに、戦う回数が増えるごとに身の危険というリスクも発生する。


 数の暴力とはバカにできないものだ。

 いくら一体一体は弱くとも、この数となると少数では手に負えない。


 おびただしいほどのゾンビの量に対し、どう対応するか。

 今回の課題、きっと考えるべき点はそこなのだろう。


 ――エイル、トラゥウルル、サッシュは定位置に着いていた。


 木の枝の上である。

 それぞれの真下には、百体を超えるゾンビがひしめき合っている。


 宙に吊るした革袋――「爆ぜる爆音の罠(サウンドボム)」を吹き込んだそれが、断続的に音を発して一帯のゾンビを集合させたのだ。言わば音の撒き餌である。


 沼地を正面に臨み、林の外側に三点、逆三角形になるようゾンビを集めている。

 右にエイル、左にトラゥウルル、正面奥にサッシュという構図である。


 段々と陽が傾いていく。


 林の中が暗くなり、真下から闇に引きずり込もうとするゾンビのうめき声を聞きつつ、その真上にいる三人はじりじりしながらその時を待ち――


  ドン ドン ドン ドン  にゃー


 違う場所で同時に聞いた「にゃー」の合図を受け、三人は動き出した。


 あれは「爆ぜる爆音の罠(サウンドボム)」の最後に吹き込んだ音で、合図の声である。合図の時間は揃えてある。


 まあなんとも気が抜けるトラゥウルルの声を吹き込んだものではあるが、それが合図であることは間違いない。


 エイル、トラゥウルル、サッシュの三人は、木から降りるとゾンビの注意を引きながら、走り出した。


 ここから先は、三人の生餌がゾンビをおびき寄せることになる。





「――にゃははー」


 走りながら、トラゥウルルは笑っていた。


 最悪だ。

 もう笑うしかないほどに最悪だ。

 追いかけっこは好きだが、こんなにも最悪の追いかけっこは初めてだ。


 今まさに、死が追いかけてきている。


 トラゥウルルの真後ろを、百体を超えるゾンビが追いかけてきているのだ。

 捕まって少しでも移動速度が遅れたら、一気に飲み込まれる。


 そして食い尽くされるだろう。

 一瞬で。


 まあ、普段の狩りと同じである。


 トラゥウルルも狩人だ。

 いついかなる時も、狩る側が狩られる側になりうることを知っている。


 死の危険に追いかけられることも、特に珍しいことではない。


「――お触り禁止ー」


 集団の中から足の速いゾンビが突出し手を伸ばしてくるのを、後ろにも目が付いているかのようにトラゥウルルはひょいと避ける。


 ――彼女らに課せられた注文は、「速く走りすぎるな。確実に連れてこい」である。


 最速で走れば一瞬でゾンビたちを振り切ることができるが、それはするなと言われている。


 所々の木に「印石」で刻まれた目印を辿りつつ、林の中を沼地へと向かっていく。


 決行直前に確認していた通りである。

 これなら一瞬たりとも行き先に迷うことなく走ることができる。


「――よっ」


 ふいに横手から飛び出してきたゾンビも回避する。

 音の撒き餌で拾いきれなかった範囲に差し掛かってきたようだ。


 ――まあ、簡単なお仕事である。


 だからこそ、トラゥウルルがこの役割に選ばれたのだ。


 できないことをやれとは言わない。

 だからこのチームの意向には、多少の無理があっても従って動ける。


 そして、だからこのチームでの狩りは、結構楽しいのだ。





 トラゥウルルと同じように、エイル、サッシュもゾンビを引き連れて走っていた。


「――おーい!」


 多少の時間差はあったが。

 三人がそれぞれ林を出た瞬間は、ほぼ同じだった。


 トラゥウルルが呑気に声を上げる――エイルとサッシュはそれに返す余裕はないが。速度を上げすぎない、下げすぎないという縛りがなかなか曲者なのだ。


 沼地は広く、そして浅い。


 枯れ木や岩が点在しているくらいで、見通しのいい場所である。

 走る分には問題ないが、時々泥で滑るので注意が必要だ。


 三人は少し離れた三方から沼地に踏み込み、走りながら合流する。

 真後ろにいるゾンビたちも、三人が連れてきた違う群れと合流し、一つの大きな群れとなった。


 その数、五百を超えるゾンビ兵団である。


 速い者は突出するし、ただでさえひしめいているせいで転ぶ者もいる。足が遅いゾンビもいるようだが。

 とにかく向こうも慌ただしい。

 それでも、かなりの数のゾンビをまとめることができた。


「――援護行くぞ! 当たりそうになったら避けろよ!」


 はるか前方にいるハリアタンの声とともに、次々に石が飛んでくる。


 彼から投げられた石は、ことごとく集団から飛び出してくる足の速いゾンビに命中し、足止めする。


 走る生餌はそれを視認する間はないが、後ろから迫る気配がほぼなくなったことは心理的に気が楽になる。


「もうすぐだ! リッセ!!」


 エイルが叫ぶ。


 前方のハリアタンの近くにいるリッセが大きく右腕を上げ、合図を出すタイミングを計り――





「――今!!」


 リッセの力強い声に合わせ――数百のゾンビが一斉に宙を舞った。






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