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217.教官に怒られて二度目の対抗戦 1





「――訓練、開始!」


 ヨルゴ教官の合図を受け、一斉に動き出した。


 予定通りサッシュは一番に飛び出していき、それを追いかけるようにトラゥウルル、ハリアタンが続く。


 俺も彼らを追うようにして一度森に入り、すぐに姿をくらませた。


 ――あ、なるほど。


「……え? うそ、もう撒かれた……!?」


 やっぱり昨日、俺は見つかっていなかったようだ。

 だから今日は、最初に見張りを付けるつもりだったらしい。


 俺が森に入ってすぐに、暗殺者チームのリッセとマリオンがやってきて――どうやら俺をマークしていたようだが、すでに見失ったらしい。


「だろうなぁ……やっぱ森でエイルには勝てないわ」


 俺が行ってない方の地面を観察したり、居ない方の茂みを探りながら、リッセはぼやく。


「え? あの0点君、そんなすごいの?」


「見ての通りよ。ほんとすぐ消えるんだから……――仕方ない。予定通りこの辺で待ち伏せしよう」


 さすがリッセ。

 ミスはミスと割り切って、もう思考を切り替えたか。


 この状況把握能力と早い決断力は、やっぱりこっちのチームに欲しかったな。


 ――暗殺者チームが立てた作戦は、マークできる者はマークする、みたいな感じだろうか。


 俺たちがどんなに作戦通り動いても、孤立して動く者が出るのを見越して、そいつに徹底的に張り付いて邪魔をする。

 そんな感じだったんじゃなかろうか。


 もしくは、特定の者を、かな? 俺とか。


 昨日の3・2・2の罠を若干崩して、事前にマークしておきたい者を選んでいたのかもしれない。ハイドラすごい見てたし。


 あまり複雑なものじゃないなら、全員が作戦の相談に参加しなくても、個人個人にそれとなく伝えるだけでいいしね。


 えーと、昨日はカロなんとかとマリオンが塔の近くで待ち伏せしていたんだよな。


 そして、今日はリッセとマリオンか。


 カロなんとかとマリオンは、全員と比較して足が遅いみたいから、三番手の待ち伏せに選ばれたんだと思う。

 で、今日はリッセを付けたか。


 ……ハイドラは、二人が俺に撒かれることを読んでたかもな。


 だからこそ、必ず狼煙球が通るここに、強い警戒心を込めてリッセを配置したのだろう。リッセを出し抜くのは難しいから。サッシュの「素養」もよく知っているしね。


 役割を考えるなら、ここにハイドラがいてもよかったと思うけど、彼女は昨日と同じく三人チームに入っているかな。

 たった三人でも、指揮できる者が統率すると違うからね。


 ――まあ、作戦の考察はいいか。ここだけ見てても全貌はわからない。当たってないかもしれないし。


 綿密な作戦がある場合は、一人一人に託された役割は大きい。

 一人潰すだけでも、作戦の流れに大きく影響が出るものだ。


 そして綿密であればあるほど、潰された時のリスクも大きい。

 一人押さえられただけで破綻し、作戦続行不可能になるくらいに。


 ハイドラが俺をマークしようと思ったのなら、その辺のことをよくわかっているのだろう。


 ――逆に言うと、俺を見失った時点で、勝負は決まったようなものだけどね。


 リッセとマリオンはうまく隠れたようだ。

 まあ、俺にはわかるけども。もうちょっとうまく隠れないと野生動物には見つかるぞ。


 ざわざわと森が泣き始めた。

 風が出てきた。

 どうやら向こうはうまく行っているようだ。


 ――それじゃ、予定通り動くかな。









「――西! 北! 急いで!」


 森を走るハイドラ、エオラゼル、セリエ、カロフェルンは四人は、ハイドラの指揮でサッシュを追いかけていた。


 今日のサッシュは遅い。

 足は速い方だがサッシュに比べると劣るトラゥウルルを連れているせいで、彼女が足枷となっている。


 これも作戦の内なのだろう。

 速度を殺してでも連れている時点で、むしろサッシュより警戒すべき存在である。


 サッシュとトラゥウルルは、狼煙を集めてかなりの速さで先行している。


 そしてハイドラは狼煙の位置から先読みし、塔への通過点を塞ぐように位置取りをしながら追跡していた。

 即席のチームを率いる割には、見事に統率された動きを見せていた。


 昨日は素通りされたが、今日は即席で広範囲に足止めの罠を張れる「法陣ノ魔術師セリエ」を連れている。

 それに、即効性の高い麻痺毒を散布できる「天秤ノ錬金術師カロフェロン」もいる。


 戦闘能力は高くないがそれ以外の水準は高いハイドラと、高い戦闘力を誇るがゆえに足も速いエオラゼル。


 ――今日は必ずサッシュを捕まえる。そういう布陣である。


 魔物狩りチームは綿密な作戦を立てていた。

 当然、全貌はわからない。


 だが、誰も付いていけないほど足が速いサッシュが作戦の中心となることは、考えるまでもなくわかっていた。


 誰よりも先んじて狼煙を回収されるのは仕方ない。

 だが、狼煙は必ず塔に戻る必要がある。彼が持っていくかどうかはわからないが。


 早めに捕まえるか。

 あるいは塔に近づけないようにするか。


 どんな作戦であろうと、彼を押さえれば問題ない――と、思っていたのだが。


 トラゥウルルの存在である。

 彼女を連れていることが、ハイドラは非常に気になっていた。


 ――というか、意味がないわけがないだろう、とさえ思っていた。





「――よし、九個目」


 あっという間に、サッシュは九個の狼煙球を回収した。


 誰もついて来れないのだから当然だ。

 サッシュにとっては、九個の落とし物を拾うだけの簡単なお仕事である。


「ひー。はやいー」


 サッシュはスピードを押さえていたが、それでも必死で全力疾走で付いてきたトラゥウルルは悲鳴を上げている。


 というか、押さえたとは言え「即迅足(ファストブーツ)」に、素の身体能力でついて来れる方が驚異的と言うべきなのだが。


 ――昨日エイルに言われた通り、なぜ一個だけ回収してさっさと上がってしまったのか。昨日の自分の軽率な行動に後悔の念が絶えない。


 が、それは今はいいとして。


「トラ、あとは頼む」


 と、サッシュは今拾ったもうもうと赤い煙が出ている一個だけ手に持ち、革袋に入れた八個の狼煙球をトラゥウルルに渡す。


「ウルルって呼べよー」


 しっかり密閉する時間はないので、少し煙が漏れているが。

 しかしこれくらいなら問題ない。


 革袋を受け取ると、トラゥウルルは――文字通りの意味で消えた。


 ――「素養・影猫」。


 短い間だけだが、身に付けている物を含めて透明化する「素養」である。


 透明化するだけだ。

 気配は消えない。

 が。


 エイルとは違うタイプだが、トラゥウルルも身体能力を生かして、小さい頃から狩人として生きてきた少女である。


 気配を絶つことくらいはたやすい。

 それこそ、ねずみを狙う猫のように。


「――後でな」


 サッシュはそう言って、塔へ向かいつつもハイドラたちから逃げる動きに入った。

 一個だけ狼煙を持った、ハイドラたちをかく乱する囮として。


 エイルは「囮はすぐバレるけど、その場合は普通に塔へ戻ってきていい」と言われている。


 きっと本当にすぐにバレるだろうが、ひとまずこれでサッシュの仕事は終わりだ。


 ――だが、サッシュがそれを言い動き出す頃には、トラゥウルルはすでにハイドラたちの脇を素通りし、予定している場所へ向かっていた。





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