163.メガネ君、丸出しの欲望を見る
鍛冶場街を訪ねてから、早くも二日が経った。
一昨日は貧民街に行ったり鍛冶場街に行ったりと慌ただしかったが、出歩く用事がなければ生活は静かなものである。
アディーロばあさんの外出も、なかった。
「――今日は朝から出掛ける用事がある。一緒に来な」
先にアディーロばあさん、セヴィアローお嬢様が座る朝食のテーブルに着くなり、今日の予定は埋まったが。
「先日話した通り、一度鍛冶場街へ顔を出したいのですが」
タツナミじいさんに仕事の依頼をするかもしれない、という話はしてある。
別に隠すほどのことではないから。
というか、俺の用事で外出するわけだから、雇い主には告げておくべきだと思ったから。
「安心しな。これから行く先にタツナミがいる。話ならそこでできるはずだよ」
……ん? なんか……んん?
なんだか、なんとも言えない違和感があるというか、変な話の運び方をしてないか?
ばあさんが外出する先に、タツナミじいさんもいる?
「どこへ行くんですか?」
「ベッケンバーグの用意した部屋だね。今回は情報の漏洩はない。予定にない訪問者は誰も来ないよ」
…………
なるほど。ベッケンバーグとタツナミじいさんがいる場所に行く、と。
つまりアディーロばあさんはその二人に会う予定だと。
「ちなみに何の話をするつもりですか?」
「それはあんたの方が詳しいだろう?」
あ、そうですか。やっぱりそうなんですね。
面倒臭いことになりそうな気がしたから、アディーロばあさんには賭け関係の話は一切しなかったが――だが、どうやらその関係の話をするようだ。
この街の支配者がこぞって関わってきた、俺の個人的なあの賭け。
今この時点で、どうも大事になりそうな気配がしている。
「たまにはこういうイベントもいいな」
口調からして、セヴィアローお嬢様もだいたい察しているようだ。
「ここからどういった話になるんでしょう?」
「そうだな、私だったら大イベントとして盛り上げて、賭けの元締めをやるかな。どっちが勝とうがどんな結果が出ようが、確実に儲けが出るように」
ああ、なるほど。
俺の個人的な賭けを、大々的に大っぴらに公表してやってしまおう的なアレね。あーはいはい。そういうアレね。
――エルという架空の人物をでっちあげてなかったら、もう確実に逃げている案件だな。
何その参加者が目立つだけのイベント。
そういうのは気楽に見学しているくらいでいいのに。
なんだよ。イベントってなんだよ……
「ババアもそのつもりだろ?」
「やりたいのは山々だが、そこら辺はベッケンバーグが牛耳るはずだ。あたしやタツナミは別口で何か仕事を回されるだろう。今日はその相談をするんだろうね」
そんなアディーロばあさんの言葉を聞きながら、俺はあの時タツナミじいさんに言われた一言を思い出していた。
――どこかで確実にベッケンバーグが絡むことは了承しといてくれ、か。
絡んだ結果が賭けの公表、イベント化である可能性が高い、と。
ゼットにごっそりやられた損害を、イベントの利益で埋めるつもりなのだろう。転んでもただでは起きないというか、逆境に強いというか。しぶとそうな顔はしているけど、本当にしぶといのか。
…………
思わず溜息が出そうだが、まあ、いい。
個人的な賭けだったはずなのに、その規模が大きくなっただけである。
俺がやることは変わらないから。
一仕事して、黒皇狼の牙をナイフに加工してもらう。
それだけだ。
そこがブレないのであれば、やはり、やるという意志は変わらない。……ちょっと揺らいではいるけども。
予定通り、朝食後には執事ダイナウッドが手綱を握る馬車に乗り、栄光街にあるレストランにやってきた。
先日ゼットが乗り込んできたレストランとは、また違う場所である。
何せ店員には個室に案内されたから。ここもかなり豪華だ。
きっとお金持ちなんかがこういうところを利用するのだろう。
俺は、こんな機会でもなければ、絶対に来ることはなかったんだろうなぁ。世の中知らないことだらけだ。
「へっへっへっ、よく来たな」
「ああ、あんたの下品な顔を見て来たことを後悔しているけどね」
うん、今朝のベッケンバーグは、だいぶ金に眼が眩んだ悪い顔をしていると俺も思う。
「いきなりご挨拶だな。まあ座れよ」
すでに座って待っていたベッケンバーグが空いた椅子を勧め――この時、更に客が来た。
「――おう。待たせたか?」
タツナミじいさんである。ちなみに息子のカツミも同伴していた。
二人とも場違いな作務衣姿である。
でも、違和感はあっても気負いはなさそうだ。
じいさんたちも勧められた椅子に座り、立っているのは俺だけとなった。静かにアディーロばあさんの後ろに佇んでいる。
まあ俺は仕方ない。
アディーロばあさんの護衛でここにいるから。
なんなら席を外したいくらいだ。
ベッケンバーグのあの冷めた護衛たちもいないことだし、内々の話をするなら俺もあんまり聞きたくはないし。裏事情なんて知りたくもないし。
でも、誰も俺に出ていけとは言わないんだよね。言ってほしいんだけど。ぜひ。お願いだから。
「――大々的にやろうかと思ってよ。繋ぎの取れるよその国の連中にももう声も掛けたし、賭けの種類や回数も増やす方向で検討してる」
おい。
いきなり来たな、ベッケンバーグ。
金に眼が眩んだ下心満載のいやらしい顔で言い出したな。
言っとくけど、俺の個人的な賭けなんだからな。……いや言ってないけど。口を挟む気もないけど。
どうやら、本当に大きく大掛かりなイベントにしてしまいたいらしい。
しつこいようだが、俺の個人的な賭けでしかないのに。
……いや、なかったのに、と表した方がもはや正しいのか。
「いろんな種類の狩り勝負か。おもしれぇじゃねぇか」
タツナミじいさんは他人事のように笑っている。発端はあなたですけどね! ……話に乗ったのは俺だけど。
――後に知るが、このクロズハイトには元から「狩り勝負」という、狩人同士で競い合うアバウトな勝負方法があるらしい。
最初にタツナミじいさんが提案した賭けは、血の気の多い狩人同士がケンカしたり揉めたりした時、本当に手軽に決着をつけるためのものだった。本当にそれだけだった。
だが、それを拡大して利益を捻出しようとしているのがベッケンバーグで、アディーロばあさんは儲けが出るようなら協力する、という構えのようだ。
「――何十人も参加者を募って早いもん勝ち、ってのはどうだ? 一位から三位までは賞金とか景品とか出してよ。参加費ぼったくってよ」
「――悪くねぇ。そうなりゃ武具のメンテでこっちにも金が入らぁな」
「――盛り上げるためのコンパニオンや案内役には、娼館街から綺麗どころを出そうじゃないか」
…………
ベッケンバーグだけじゃなくて、みんな金に眼が眩んでる顔してるなぁ。いっそ清々しいほど欲望丸出しだね。
まあ、利益優先という意味では、俺も人のことは言えないのかもしれないけど。




