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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
死線の果てに
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光と闇、イデオロギーの衝突

 自らが閻魔卿の娘だと告げられた悦花。

 思いもよらぬ真実に動揺しながらも、悦花を悦花たらしめた仲間たちと、それらを生み育んだ現世を守るため閻魔卿と戦うことを今一度決意した。

 

 「無数の悲しみをもたらすお前…そんなお前に、この先を生きる資格は無い」

 言い切った悦花。


 閻魔卿は頷いた。

 「死ぬ覚悟ができた、と捉えていいな」

 一気に全身を黒いオーラに包んだ閻魔卿が突進した。

 悦花はすかさず掌をかざし光の波動を繰り出す。炸裂するまばゆい。

 「ぬるいっ」

 難なく光を打ち消す闇のオーラ、その残像を引きながら閻魔卿が迫る。

 「お前は幼いゆえ世界を知らぬ。まやかしの光が見せる偽りの情に騙されているのだ」

 右腕の義手から鋭い剣が唸りを上げて飛び出した。

 だがいち早く飛び上がっていた悦花は閻魔卿の頭上にいた。

 「情けに偽りは無い。疑心に怯えて生きるは死ぬに等しい。信心あってこその生」

 振り下ろされた大煙管は、難なく閻魔卿の角に弾き飛ばされた。

 「理想論に溺れるな。情や愛、信心の名目の下で一体どれだけの血と涙が流されたことか」

 ローブを翻して閻魔卿が飛び上がった。

 「情を正当化するは欲望に伴う犠牲を容認するに同じ。それこそ我儘、不条理なり」


 剣先を大きく掲げて迫リ叫んだ。

 「光こそが影を生むっ」

 悦花はしっかりと両手で大煙管を握った。

 「光があるから、希望が生まれる」


 両者の武器がぶつかり合い激しい火花を伴って闇と光のオーラが交錯する。その熱量は周囲に水蒸気の帯が生む。


 「ふんっ」

 閻魔卿が丹田に力を込める。

 全身を覆う黒い波動のオーラがどんどん大きくなる。

 「闇に一度も身を置いた者なら理解できる。光は、ほんの一握りの者しか照らしてくれぬものだ。影は置き去りのままに」


 悦花の全身にも、光の波動のオーラが脈打つ。

 「だから、だからこそ…」

 大きく叫んだ。

 「影さえ照らす、強い光が世界には必要なんだっ。はあああっ」

 声とともに一気に波動を放った。一瞬、視界が奪われるほどの光。

 「う、ううっ」

 閻魔卿は大きく飛ばされた。何とかバランスを保って着地しニヤリと笑った。

 「怒りを力に変えたな。さすが我が娘」


 悦花は閻魔卿を激しく睨み付ける。

 「言ったろ、お前の娘でも何でもないっ」

 高ぶる感情、それに伴い悦花を覆う光がさらに増した。

 「閻魔卿の野望、ここで断ち切る」

 ドスンという地鳴りを残して身体を沈め、一気に間を詰めた。

 「ぬうっ」

 驚く閻魔卿。

 「速いっ」

 振り上げた大煙管が閻魔卿の顎をかすめた。衝撃波が傷だらけの皮膚を大きく波打たせる。

 「ほうらっ」

 体をよじってかわした閻魔卿に蹴り込む。その腹に穴をあける寸前で閻魔卿が悦花の足をむんずと掴んで止めた。

 「ふんっ」

 だがもう一方の足でさらに閻魔卿の胸板を蹴り上げて上空に舞った。大煙管が唸る。


挿絵(By みてみん)


 「くうっ」

 防戦一方になった閻魔卿を、次々に攻め込む悦花。


「ん?」

ふと、また何者かが悦花に語りかけた。

 「違うわ…」

 「えっ」

 激しい戦いの中、悦花は確かに声を聞いた。

 「感情に、怒りに身を委ねてはいけません…それは滅びの始まり」

 「し、しかし…」

 閻魔卿を追い込んでいる。間違いない、このまま押し通せば必ず…。

 「負の情に支配されてはなりません…」

 だが光のオーラに押される閻魔卿の顔は明らかに疲弊して見えた。

 悦花は唇を噛みしめた。

 「いや、今しかない、今しかないんだっ」

 武者震いに伴って、悦花の放つ光はさらに大きくなる。

 「何としても、何としてもこいつを倒す…」

 遂に捉えた。

 そう思った。

 真っ直ぐに振り下ろした大煙管が、確実に敵の脳天を砕いた、と。


 「ふふふふ」

 あまりに肥大した光のオーラにホワイトアウトしていた視界が戻ると、目の前で閻魔卿は不敵な笑みを浮かべていた。

 「お前では俺に勝てぬ」

 渾身の大煙管は、閻魔卿の義手のフックに絡めとられ動きを止めていた。

 「そ、そんな…あっ」

 そして目の前には閻魔卿の大きな掌が広げられていた。

 「ほうら」

 真っ黒に視界が染まった。

 頭が割れるかというほどの衝撃。

 悦花は吹き飛んだ。


 「うううっ」

 必死で着地し態勢を立て直す。

 頭を上げて前を見る。再び閻魔卿は黒い波動弾を撃ち込まんと構えている。

 「来るっ」

 悦花は咄嗟に眼前に光の波動でバリアを張った。

 「脆い、な」

 閻魔卿の波動はあっさりと光のバリアを突き破って悦花の腹を直撃した。

 「ぐ、ぐはあっ」

 身体はくの字にひん曲がり、真っ赤な反吐の飛沫が噴き上がった。

 「ま、まだ…まだまだ」

 両腕を前に突き出して構える悦花。脚も、手も、震えている。


 閻魔卿はため息をつきながら言葉を吐いた。

 「お前はまだまだ、なんだよ」

 さらに巨大な黒い波動、今度は悦花の胸元を直撃した。全身が紫色の稲妻に包まれる。

 「ぐう、ううっ」

 撓った身体を戻しながらそれでも構えようとする悦花に、また波動弾が直撃する。全身から血を噴き上げてなお立ち尽くす悦花。

 「だから言ったのだ。光は、希望は、残酷だ、と」

 次々に放たれる波動が、確実に悦花を撃ち抜いてゆく。

 「うあ、うああっ」

 衝撃が身体を突き抜ける度に悦花は全身をガクガクと痙攣させ、次第に目は虚ろになっていった。


 「とどめだ」

 ひときわ大きな黒い波動が悦花を丸ごと包み込んだ。

 バチバチっと激しい火花を散らして黒煙が噴き上がり、仰向けに倒れた悦花はピクリとも動かなくなった。


 つづく

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