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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
守るべきもの
113/122

恐怖、最強の女妖怪

 富士山頂を目指す幻怪戦士たちは、ヌラリヒョンの暗黒波動によって吹き出したマグマの流れに行く手を阻まれた。


 蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきは切り札「願いの破片かけら」を死守するためヌラリヒョンと共に溶岩の中に落ち絶命、からくりのひろも宿敵・美濃太右郎と相討ちして果てた。

 一刀彫のまさは辛くも怪鳥・虞狸奔ぐりほんを倒したが全身に毒を受け、右脚を潰され戦闘不能に。

 さらに蛇の大群に襲撃された河童のすすを救出した悦花えっかの前に、大蛇の下半身をもつ女妖怪が姿を現した。

 

 「ふふ…」

 しなやかにくびれた腰をくねらせながら近づく。

 「蛇女…?」

 首を傾げながら悦花が顔を覗き込もうとする。

 「ふふふ…」

 女妖怪の構えた剣の鈍い光が、うつむいていたその顔に反射する。ゆっくりと顔を上げる。

 煤が叫んだ。

 「え、悦花っ。そいつの顔を、目を見ちゃダメだっ。見るなあっ」

 にわかに、女妖怪の髪の毛が逆立った。

 「あ、あっ」

 いや、髪の毛ではない。大量の蛇が頭から生え、それぞれが大きく口を開けて威嚇しようとしている。


挿絵(By みてみん)


 「見るなってばっ」

 煤が慌てて悦花の目を塞いだ。

 「ちょっと、ちょっとすうさん。どういうこったい」

 そのまま悦花を突き飛ばした煤。二人は岩陰に逃げ込んだ。

 「こいつだ、こいつに違いないっ」

 煤が持つ携帯型電王情報装置・相場銅の中には闇の種族がファイリングされている。その中の一ページを開いて悦花に見せた。

 「間違いない、目堂娑メドゥーサだ。古代西洋に生息した怪物で、こいつと目が合ったら最後、石に変えられてしまうんだ」

 「石にっ?」

 「ああ、幾多の勇者たちがそれで息の根を止められた。おそらく目からある種の波動が激しい圧力を伴って発せられる」

 「ううん…なんか難しいな。で、どうして石に?」

 「その波動が粘膜組織、つまり目から侵入することで、全身に広がって肉体の化学変化を誘発して方解石やアラレ石にしてしまうと考えられます」

 「つまり…」

 急に、二人が身を潜める岩陰の上から、のしかかってくるような重圧が感じられた。

 「ふふふ…つまり、私をよくご覧、ってことだよ」

 

 「ひいっ」

 目堂娑が覗き込んでいた。

 「あっ」

 煤の目が目堂娑を合いかけた瞬間、今度は悦花が煤を突き飛ばした。

 「目をつむって隠れてな」

 言い終わる前に、大煙管を取り出し下を向いたまま振り上げた。

 「ほう」

 目堂娑の下顎をかすめて空を切る。そのまま上にかざした掌が光を帯びる。波動が撃ちこまれるといち早く察知した目堂娑が体を翻して再び身を隠した。

 「ふふふ…」

 不気味な笑い声が、目を閉じた悦花の耳に響いて聞こえてくる。

 「うふふふ…」

 悦花の耳がピクリと動いた。右だ。溶岩が噴き出す轟音に紛れて、目堂娑の鱗が軋む音がスウッと右に動いた。

 「来る…」

 灼熱の空気の中に、一陣のひんやりした空気の流れが生まれたのが肌に感じられた。右斜め後ろから、空気の渦が一気に大きくなりながら迫ってくる。

 「はあっ」

 目を閉じたまま飛び上がって身体をひねって反らせ、大煙管を打ち下ろす。

 「ふんっ」

 ガキンという甲高い音に交じって、小刻みに動く目堂娑の二股の舌が空気をまさぐる振動が感じられる。近い。

 地を這うように、一瞬で悦花の懐に潜り込んだ目堂娑が突き上げた剣が悦花の煙管とがっちり衝突し、互いに顔を突き合わせていた。

 「ふふ…いつまで目を閉じていられるかな…」

 またしても瞬時に気配が消えた。目堂娑は無数の鱗を使って滑るように、おそらく相当なスピードで動くに違いない。


 「焦るな、慌てるな、自然と一体に…」

 悦花は以前聞いた幻翁の声を反芻していた。

 「己だけの力ではない…そして覚醒しなければ…」

 だが目堂娑は待たない。シュッとごくわずか、ひんやりした空気の流れを伴うだけで音もなく悦花に近寄っている。

 「うふふ…ブツブツ言ってんじゃねえよ」

 剣先が迫る。

 「うあっ」

 慌てて頭をすくめたその一寸上を、目堂娑の剣が鋭く通り過ぎる。

 鮮やかに断ち切られた悦花の亜麻色の髪の毛の先端がハラハラと舞い落ちる音がやけに大きく感じられる。

 「ええいっ」

 急いで煙管を振るが、すでに目堂娑の気配はそこに無い。

 「くっ、厄介な相手」

 悦花の額に汗が滲む。

 「私の中のもう一人の私よ、目覚めておくれ…」

 その間にも、また右へ、左へ。ささやかな音と空気の渦が猛スピードで行ったり来たりしながら歩を詰めてくる。

 「また来る、また来るよ…」

 悦花は震える手で煙管を強く握る。

 「上かっ」

 しかし同時に足元の草がざわめく音。慌てて後ろに飛び退く悦花の胸元に一筋の切れ込みが。

 「あはは…惜しかったねえ…」

 すぐに目堂娑の気配は消えた。上から放り投げられて落ちた小さなヘビたちが地面でのたうつ忌々しい音だけが耳に残る。

 「どうしたらいいんだ…教えて、教えてください」

 しかし、もう声は聞こえない。右腕に巻いていた肩身の腕輪はもう無い。

 「翁…」


 つづく

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