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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
守るべきもの
112/122

マグマ上空、魔の空中戦

 閻魔卿の野望を阻止せんと富士山頂を目指す幻怪戦士たち。

 切り札「願いの破片かけら」を取り戻すために蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきはヌラリヒョンと相打ちして果て、からくりのひろも因縁浅からぬ美濃太右朗と壮絶な相打ち、という結果になった。


 だが悲しみにくれる間もなく、次々に恐ろしい敵が襲いかかってくる。

 

 マグマの噴出が勢いを増し、足場が狭くなっていく。

 自在に空を飛び回る怪鳥・虞狸奔グリフォンにとってそれは、一刀彫のまさを追い詰めるに有利な状況。


 「いつまでもお前と遊んでるわけにはいかねえんだよ」

 飛び上がる雅、二刀流。右手の崇虎すうとら刀を突き上げながら、左手の紊帝びんていの剣を振る。

 「クエエッ」

 ひと啼きした虞狸奔は大きな翼を軽々と羽ばたかせて旋回、カギ爪と嘴を二本の刀に合わせて弾き返す。

 「うっ」

 態勢を崩す雅を見逃さない虞狸奔。全身の羽毛を逆立たせ、毒に満ちた羽毛を大量に撃ち放つ。

 「ちくしょうっ」

 身体をくねらせて毒の羽毛の雨あられを避ける。

 「チクチクしゃがる…」

 しかし全てを避けきれるものではない。雅の身体の至るところに突き刺さった毒の羽毛が、雅の動きを鈍くさせる。


挿絵(By みてみん)



 「そろそろ決着をつけねえと」

 時間が無い。

 閻魔卿が最終兵器を発動しようと企む山頂に早く駆けつけなければ。

 「こんなとこで化け鳥ごときと遊んでる暇なんか無えってんだ」

 マグマの激流を如何にして渡るかも考えなくてはいけないというのに。

 雅の体力にも陰りが見えてきている。

 「やってやろうじゃねえか。はああっ」

 雅の全身が光を帯びた。波動が満ちてゆく。

 「勝負に出る」

 崇虎刀を鞘に収め、紊帝一本をガッチリと両手で握り締めた。

 全身の波動が紊帝の剣先に集中し、大きく明るい光に。

 「ふぬっ」

 飛び上がりながら、腹の奥から絞り出すように力を放出すると、紊帝の剣先から激しい稲妻が飛び出し空気を裂いて伸びた。

 「クグアッ」

 虞狸奔の喉元に稲妻が突き刺さる。瞬時に羽毛が逆立ち黒煙を噴いた。

 「よしっ、このまま雷撃を続ければ…」

 しかし、虞狸奔は翼を小刻みに震わせて一気に高度を下げ、左に急旋回。林に立ち並ぶ木々に稲妻は遮られた。

 「くそっ」

 あっという間にバリバリという轟音を伴って激しく燃えながら木々が倒れる中、雷撃から解き放たれた虞狸奔は、再び上空に舞う。


 「クアアッ、クアアッ」

 マグマの熱気に歪む空を悠々と飛ぶ虞狸奔。肩で息する地上の雅が見上げる。

 「ちくしょう…次で決めねえと後が無い…」

 ゆっくりと頭上に掲げ上げた紊帝の剣。再び渾身の波動が全身から集められ、その剣先を眩く輝かせる。

 虞狸奔もあちこち焦げた羽毛を逆立たせながら真っ赤な眼で地上をうかがい、徐々に高度を落として迫ってくる。

 「行くぞっ」

 地面を蹴り上げた雅が思いっきり両手を伸ばし、耳も割れんばかりの破裂音とともに稲妻を放った。

 虞狸奔も急降下。風を切るキーンという音が雷鳴と交錯する。

 「燃え尽きろっ」

 

 しかし、虞狸奔は一瞬に翼を折りたたんで一層速度を上げて降下。身体をきりもみさせながら稲妻のすぐ横を縫うようにかわして一気に地表に迫った。

 「あっ」

 雅の真下にもぐりこんだ虞狸奔が大きな翼を広げ、羽毛の一本一本を開いて逆立て、急ブレーキをかけて方向転換をはかった。

 「しまったっ」

 一方、雅は空中で身の自由がきかない。距離を詰める虞狸奔の羽が大気に渦を作る音がもうすぐそこまで近づいた。

 「え、ええいっ」

 蹴り飛ばそうと脚を伸ばす。

 「クハアッ」

 虞狸奔の鋭い嘴がその脚を捉えた。鋭い刃物のように雅の右脚に食い込み、噛み千切ろうと激しく首を振る。

 「ぐあっ、ぐあああっ」

 雅の右脚、ふくらはぎの剥き出しの肉から真っ赤な血が飛び散る。

 空中で二転、三転。

 虞狸奔は、覆いかぶさるように雅の右脚に喰らいついたまま態勢を上にした。

 翼を閉じ、再び急降下。


 「このままでは岩場に叩きつけられる」

 虞狸奔は雅をぶら下げたまま、地面に向かって速度を上げる。

 「ええいっ、脚一本くらい、くれてやるっ」

 バランスを崩しながらも雅、右手で崇虎刀の柄に手を伸ばし、抜きざまに斬り込む。

 「たあっ」

 迫る崇虎刀を虞狸奔は両脚のカギ爪でガッチリと受け止めた。

 「ち、ちくしょう…ダメかっ」

 刀身が撓うほどの激しい力で掴み離さない。

 「落ちる、落ちる…」

 逆さまにぶら下げられながら、どんどん迫る地面の岩場。

 「あっ」

 見上げた雅の目の前に、虞狸奔の無防備な腹が見えた。

 「今しかないっ」

 左手に握った紊帝の柄に力がこもる。もはや考える猶予もなく、真っ直ぐ突き出した。

 「クアアアッ」

 耳が割れんばかり、虞狸奔の悲鳴。

 「はあああっ」

 全身の波動を、左腕を通じて紊帝の剣に流し込む。さすがの虞狸奔も腹わたの中から波動を炸裂させられては激しく身体をくねらせどす黒い血反吐を吐かざるを得ない。


 「斬るっ」

 虞狸奔の腹を貫通した紊帝をそのまま頭の方へ振り抜くと、ビリビリと雷光を放ちながら剣先は怪鳥の身体から首、頭を真っ二つに切り裂いた。

 「ク、クワッ…」

 激しく前後左右、天地にぐるぐると回転して加速しながら二者は落下。地面が触れる寸前、体を持ち上げた雅は虞狸奔の遺骸の上に乗っかってクッション代わりに一命をとりとめた。

 「ううっ、うっ」

 しかし毒の羽毛にさらされた身体のあちこちは、徐々に紫色に朽ち始めている。

 「こりゃもう、助からねえかもな…」

 立ち上がろうとしても右脚が云うことを聞かない。膝から下はあらぬ方向にひん曲がり、脈打つように赤い血が流れ出る。


 「ひ、ひ、ひやああああっ」

 同じ頃、河童のすすは恐怖に苛まれていた。

 「へ、蛇っ。こっちにも、あっちにも…」

 見渡す限りの地面を覆いつくさんばかりの深緑色の蛇の大群が、まるで一枚の絨毯のように迫ってくる。

 「ほれ、行けよ、あっち行けよ」

 木の枝を拾って叩きはらおうとしても次々身体にまとわりつき牙を突き立ててくる。

 「ひい、ひいっ。助けて、助けてくれえっ」

 

 「ああ助けてやるよっ、大丈夫か、すうさん」

 ヘビの海を軽く飛び越えて駆け寄ったのは悦花えっか。掌をかざして光の波動を撃ち放つと、たちまちヘビの大群はあちこちに散って逃散した。

 「ん?」

 いや、蛇たちが姿を消したのは、悦花が蹴散らしたから、だけでは無さそうだ。

 地面を割いて、シューッという不気味な音とともに大きなうねる影が飛び出してきた。

 「蛇の親玉、か…?」

 腰から下は光沢のある鱗に覆われた大蛇。しなやかにくびれた腰、鈍い光を放つ剣を構え、うつむいた顔を上げる。

 煤が叫んだ。

 「え、悦花、そいつは…」

 

 つづく

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