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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
終わりの、始まり
106/122

破滅の宴、はじまる

 暗黒帝国ナンバーツー、ヌラリヒョン。その圧倒的な力の前に、かすり傷さえ与えることかなわぬままひれ伏した幻怪戦士たち。


 「さあ」

 やっと立ち上がった幻怪戦士たちを前に、ヌラリヒョンが両掌を突き出した。

 「死ぬか、そろそろ」

 渦を巻くように、空気が歪む。ヌラリヒョンの両手に滲み出した黒い妖気は、耳に痛いような金属的な高周波を放ちながら大きさを増す。

 強力な暗黒波動弾が形成されてゆく。

 「ここまで、だったな」


 「ま、まずいぞっ」

 一瞬、風が凪ぎ、ヌラリヒョンの目が赤く光った。

 続いて、ぐっと強く身体がヌラリヒョンの両手の方向に引き寄せられる。渦を巻く重力場が光も音も消し去り、視界は中央から周辺に向かってブラックアウトしてゆく。

 「来る、来るっ」

 大気中の分子さえ崩壊させながら、暗黒の波動が四方に広がる。爆風は岩も砕かんほどの圧力。

 「うっ、ううう、ううっ」

 急に身体が重くなり、自身の重力でぺしゃんこに潰されそうだ。視界は黒いカーテンに閉ざされてゆく。


 「はああああっ」

 その黒い幕を、中央の裂け目からもれ出る眩しい光が切り裂いた。

 「え、悦花えっかっ」


 両腕を大きく広げた悦花が全身を光らせ、仲間たちを守るように分厚い光の壁を作って暗黒波動を受け止めた。

 「ううっ」

 悦花の全身が光り、衝突のエネルギーは高熱と地鳴りを生み出す。

 「力を、わたしに力を…」

 悦花の胸元で脈打つように母の形見の勾玉が光を帯びている。

 「力を下さい…わたしを覚醒させて下さい…」

 紅潮した悦花の頬。全身にはうっすらと、幾何学模様が浮かび上がってきた。

 光の壁はますます明るく輝き出す。

 「仲間のために、この世の生けるもの全てのために…」

 しかし光の壁は、浸食してくる黒い粒子によってあちこちからほころび始めた。

 「お願い、お願いっ」

 

 「所詮、そんな程度か…」

 光と闇の衝突、その向こうでヌラリヒョンが薄気味悪く微笑んだ。

 「チッ」

 ため息を漏らして首を横に振る。

 「ふぬっ」

 ヌラリヒョンは真っ赤な目を見開き両腕をブルッと震わせた。内臓が押しつぶされるような不快な感覚がにわかに襲い来る。


 光の壁は暗黒の高波によって打ち砕かれた。


 黒い炎がうねりながら四方に飛び散る。キラキラと陽光を反射させる光の粉塵ひとつひとつを焼き尽くすように、暗黒の波動が周囲を飲み込んだ。

 「ぐあああっ」

 幻怪戦士たちは吹き飛んだ。

 「ぐっ、うううっ」

 悦花の光のバリアによって致命傷を免れたものの、ダメージは深い。

 「まだまだ、まだまだだよっ」

 ゆらりと立ち上がった悦花がヌラリヒョンに向かって歩き出した。


 「いや、もうお終いだ」

 睨みつける悦花の視線に目をあわせようともせず、ヌラリヒョンはパチン、と指を鳴らした。

 「な、なんだいっ?」

 辺りの地面が急にうごめき始めた。

 「また、またどんでもない化け物でも出そうってのかっ」

 モゾモゾ動く落ち葉の下から、背丈一尺程度の小さなオニが出現した。素早い上に、背中には小さな羽根が生えており自由に宙を飛びまわる。

 「なんだ、小せえな」

 拍子抜けしたように笑う蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうき。しかし次第にその顔が青ざめてゆく。

 「おい、お、おいおい…」

 次から次へと。出てくる出てくる小さなオニ。あっというまに視界を埋め尽くすほどの数で襲い掛かってきた。


 「小さいからといって見下すのは良くないな、ふふふ。こいつは五分麟ゴブリン、身体はオニの半分に満たないが麒麟と変わらぬ猛者だぞ」

 この南蛮渡来の小さなオニたちは大挙して幻怪戦士たちに取り付き、噛り付き、小さな角で突き、大勢でぶら下がって身の自由を奪う。

 「虫けら野郎っ」

 二本の刀で次々に斬り落とす一刀彫のまさ。両手に幻ノ矢を持ち手槍のように一匹一匹撃退するからくりのひろ

 撃っても撃っても沸いてくる五分麟に、弾が勿体無い、と銃把グリップで殴りつける。

 「ああ面倒くせえ」

 「ちっ、キリがないねえ、ええいっ」

 悦花が大きく息を吸い込み、身体を光らせた。

 「はああっ」

 光の波動が四方に拡散、五分麟たちはその大半が塵と消えた。

 

 「ふふ、ふふふふ…」

 ヌラリヒョンが一層気味の悪い笑い声を上げた。

 「あっ、あああっ」

 顔色を変えて慌てたのは悦花。

 「えっ、ええっ」

 歯軋りする音が聞こえてきそうだ。

 「い、いつの間に…」


 ヌラリヒョンは、かしずく五分麟たちの頭を撫でる。一方の手に光る石を持ちながら。

 「よくやった。これでもう、お前たちに勝ち目は無い」

 光る石、は「願いの破片かけら」。六つ目の破片が揃わず未完成だが、幻怪戦士たちの切り札であることに変わりはない。

 「鬱陶しい攻撃に気を取られてる間に、こうやってちゃんと仕事を果たしてくれる。五分麟は我らがよき友よ」

 狼狽する幻怪戦士たち。

 「ち、ちくしょう」

 悦花が飛び出した。雅も続く。

 「おのれっ」

 裕は幻ノ矢を放った。蝦夷守が銃を構える。

 「セコい真似しやがって」

 悠然と構えるヌラリヒョン。

 「セコくて何が悪い。ああ、これはお前の台詞だったな」

 ヌラリヒョンの目が再び赤く光った。

 「諦めろ。それでもまだ死にたいと言うのなら…」

 二度、パチンと指を鳴らした。


 「あっ、ああっ」

 上空から突然の暴風。立っていられないほどの風圧に身体が地面に押し付けられる。同時に耳を突くけたたましい金切り声。

 「あれはっ」

 見上げた空からは巨大な怪鳥が急降下してくる。いや、その体躯は獅子のそれ。鋭利な嘴は大木ですら一刀両断にする。

 「虞狸奔グリフォン。かつて第一次暗黒帝国の守護神であった怪鳥団の最強種が我らの手によってよみがえったんだ」


 慌てて逃げ惑う幻怪戦士たちをニヤニヤしながら眺めるヌラリヒョン。

 「それだけじゃないぞ」

 続いて、地面を突き破って巨大な牛の魔人が姿を現した。

 「あっ、てめえ…」

 声を上げたのは裕。

 「ああ、今度は逃げるんじゃねえぞ。がははは」

 美濃太右朗ミノタウロス。彼もまた暗黒帝国の力によってよみがえった古の怪物。巨大な斧が鈍く光る。


 さらに、林の中を風のように駆けて出現したのは、たてがみを真っ直ぐに逆立てた獅子。いや、筋肉が作る肩口の山の間にはもう一つ、山羊の首。

 「な、なんだっ」

 さらに尾は大蛇、蝙蝠のような翼で高く飛び上がる。

 「奇舞羅キマイラだ。こいつが火を吹けば山がまるごと焼け野原になるとも言われた希臘ぎりしあの怪物」

 「なんてこった。怪物大集合じゃねえか」

 「ああ、そうだ。祭りは賑やかな方がいい」


 ヌラリヒョンはスッと腰を下ろした。

 「さあ、お前ら。遊んでやれ。俺はそろそろお暇させてもらうよ」


挿絵(By みてみん)


 地面に掌をピタリと当てて全身をブルッと震わせた。

 「ふぬうっ」

 真っ黒いオーラがヌラリヒョンの肩、腕、そして掌に注がれる。

 「はあああああっ」

 大地に立つ者すべてが、一瞬、身体が浮くほどの衝撃波。激しい地割れが四方に走り、奥底から甲高い金属音を伴う激しい地鳴りが重なって、吐き気を催すような異様な不協和音をこだまさせた。

 「現世崩壊の、序章さ」

 ふっ、と大気が陽炎に揺らめいた。地割れから、一気に噴き上がった灼熱のマグマが、全てを跡形も無く融解させる。

 もう一度、ヌラリヒョンは地割れから、地下のマグマに向かって暗黒の波動を放った。さらに大きな振動とともに、赤黒い溶岩流がドロドロと、とめどなく流れ出る。

 「清めの炎、だ」

 湧き上がる溶岩流は大きな川となって山の斜面に広がってゆく。草も木も、虫も動物も、五分麟やその他の妖怪たちですら、この炎の前に無力に焼かれ消えてゆく。

 「力無き者に、生きる資格はない。それが世というものの本来の姿」

 富士の裾野は一気に溶岩流い覆い尽くされた。敵も味方も区別無くこの阿鼻叫喚の業火が呑みこんでゆく。

 「そ、そんな…」

 幻怪戦士たちは溶岩流に囲まれた離れ島に取り残された。


 「ああ、そうだ。こいつとも遊んでやれ」

 ヌラリヒョンが指を鳴らすと、灼熱のマグマの中から真っ赤な鱗を持つ巨大なトカゲが出現した。その全身は火に包まれたまま。

 「炎をまとった竜、焔奴隷狗ファイアドレイク。古代の戦争で最も恐れられた、生ける殺戮兵器だ」

 

 煤が相場銅の検索画面を覗き込んで絶句した。

 「こ、こいつら…全員波動値三千超えじゃねえか」

 「言ったろ、祭りは賑やかなのに限る、ってな」


 高笑いするヌラリヒョンは、マグマの川の向こう岸。その薄気味悪い余裕の笑みが熱で歪み、やがて見えなくなってゆく。


つづく

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