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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第8章 別れの朝
99/227

8-3

少年はまどろみから,目を覚ました.

視線の先にはセシリアがいて,手慣れたしぐさで針を動かし,花の模様を布に縫いつけている.

ゆったりといすに腰かけて,白い横顔に日の光が降り注ぐ.

スミは,大樹で目隠しされたバルコニーにいた.

少女の向かいの席でのんびりしていたが,いつからか眠ったらしい.

この場所は,快適すぎる.

両手を上げて,うーんと伸びをした.

少年が起きたのに気づいて,セシリアが顔を向ける.

「もうちょっと待ってね.すぐに終わるから.」

にこっとほほ笑んだ.

スミは,でれっと顔を崩しそうになったが,取り繕って適当な返事をする.

ししゅうが完成すれば,一緒に城を抜け出して,街へ遊びに行こうと約束しているのだ.

先日,ライクシードのことで泣いていた少女は,だいぶ気持ちを持ち直していた.

そしてスミは,自分がカリヴァニア王国へ帰ることを教えていない.

言いそびれたこともあるが,積極的に伝えたい事実でもなかった.

加えて,セシリアがもっと元気になるまでは,と考えた.

いや,それはただの言い訳で,今日も明日もあさっても,言うつもりはない.

ウィルとみゆは,朝から国立図書館へ出かけていった.

館長に,別れのあいさつをするために.

みゆは,律儀な性格だと思う.

朝食のときも幾人かのメイドと,――うち二人は双子だった,話をしていた.

みゆは彼女たちに,今までありがとうと頭を下げた.

そんなみゆならば,どう言うのか.

スミは何も告げずに,セシリアと別れようとしている.

彼女はきっと,ふがいない少年をしかるだろう.

いや,ちがう.

スミは,情けない思いで自覚した.

自分はみゆにしかってほしいのだ.

迷いのない瞳で,正しい道を指し示してほしいのだ.


みゆは男装した姿で,国立図書館に足を踏み入れた.

すでに城からも神殿からも追われる身ではないが,周囲から注目されるのを避けるためである.

似たような理由で,ウィルは女装している.

だが,そもそも少年はスカートをはいてしか,図書館には行っていない.

なのでウィルは少女として,館長のナールデンやほかの職員たちと顔なじみだった.

前に訪れたときと変わらず,館内は心地よい静けさに包まれている.

時間がゆっくりと流れているような雰囲気は,日本でも神聖公国でも同じだ.

ただ紙のにおいは,ここの方が強く感じる.

書架棚のまわりは,本を探す人や立ち読みをする人で,混雑していた.

閲覧用の机の一角に,館長の老人はいる.

さまざまな書籍に囲まれて,書類にペンを走らせていた.

「館長様.」

ウィルが少女の声で呼びかけると,彼は顔を上げる.

「やぁ,ウィリミア.」

目が,みゆを捕らえた.

「……ミユ?」

みゆは,ぎこちなく笑みをにじませる.

ナールデンと会うのは,何日ぶりだろう.

かすかに緊張した.

「おひさしぶりです,館長様.隠しごとをして,申し訳ございませんでした.」

頭を下げる.

返答はない.

顔を上げると,彼は優しくほほ笑んでいた.

「君がどこから来た何者であろうと,本を必要とするかぎり,図書館の扉を閉ざすことはない.」

気負いのない言葉だった.

だが,圧倒される.

彼の懐は想像以上に深く,すべてを受け入れていた.

「ありがとうございます.」

みゆは敬意とともに,心から礼を述べた.

「また来てくれて,うれしいよ.」

館長はいすを引いて立ち上がり,そばまでやってくる.

「しかし,君たちが知り合いとは驚いた.」

ウィルが,普段の声でしゃべる.

「そうだよ.彼女は僕のもの,最初からね.」

くすくすと笑った.

ナールデンは目を丸くする.

「君は男の子なのか!?」

彼の声が,初めて大きくなった.

「驚いた,今のが一番驚いたよ.」

愉快そうに笑う.

ひとしきり笑った後で,みゆとウィルの顔を見比べる.

少し悲しそうで,けれど暖かい目をして.

「君たちは二人でいるのが,本来のあり方なのだね.」

彼のせりふにみゆは,どうしたら神に会えるのかとたずねたことを思い出した.

あのとき告げることのできなかった答を,今は告げることができる.

「館長様,ウィルが私の“神様”です.」

どんなときも,みゆは一人ではない.

瞳を閉じれば,いつでもそこにウィルがいる.

「この世界で,――いいえ,すべての世界で,私が愛しているのはウィルだけです.」

カリヴァニア王国を救いたいのは,ウィルのためだった.

決意したきっかけは姉に対する罪の意識だったが,動機はいつの間にか変化していた.

今,みゆの心は過去ではなく,未来を向いている.

ウィルとともに生きる未来を目指している.

ナールデンは静かに,話を聞いた.

やがて,目じりにしわを刻む.

「熱烈な,愛の告白だね.」

「え?」

はっとして横を見ると,恋人が真っ赤になっていた.

片手で顔を覆い,うつむいている.

「びっくりした,」

これ以上はないほどに,照れている.

「今,一番びっくりしているのは僕だ.」

館長は楽しげに笑い,みゆは自分も赤面してしまった.

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