表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第8章 別れの朝
97/227

8-2

バウスが部屋から立ち去った後,スミはさっそくセシリアの部屋へ向かった.

王子公認の友だちであるらしいので,会いに行ってもいいだろうと考えたのだ.

扉をたたくと,中年女性のメイドが顔を出す.

彼女は,王女はベッドから出られない状態であり,スミとは会えないと告げた.

「病気なのですか?」

聞いても,教えてくれない.

スミはすげなく追い返された.

仕方がないので,中庭を経由してバルコニーから,寝室へ忍びこむ.

するとベッドの上に,毛布の山ができていた.

これは何だと思ったが,中に少女が入っているのだろうと推察する.

近づくと,ひっくひっくと泣き声が漏れていた.

まるで,誰か親しい人がなくなったかのように.

少年は,先ほどのバウスの,ライクシードは旅立ったというせりふを思い出す.

何もできずに,ただ立ち尽くした.


みゆは,ウィルと二人で大神殿へ出かけた.

スミは,みゆたちが出発する前に,どこかへ消えてしまった.

行き先を告げずに部屋を出たことから,セシリアに会いに行ったのだと思う.

昨日といい今日といい,スミはそういうことなのだろうか.

少年の恋を祝福する気持ちより,心配する気持ちの方が大きかった.

地下道を歩いて大神殿にたどりつくと,ルアンはいつもどおりの大歓迎である.

「今日は城から来たのかい?」

「はい.」

みゆは答えてから,帰国まで城に滞在することを教えた.

彼にはすでに,カリヴァニア王国へ帰ることを話している.

暗号の本を首都の隠れ家に運んだ日に,打ち明けたのだ.

彼は悲しい表情を隠せなかったが,みゆたちの意向を尊重してくれた.

みゆは神聖公国を出る日まで,できるだけ彼との時間を持とうと決めていた.

もちろん,実の親子であるウィルとルアンのためである.

しかし実際に顔を合わせると,――今日もそうなのだが,言葉を交わすのはみゆとルアンばかりだ.

ウィルは,あまり口を開かない.

みゆはもどかしく思うが,ルアンがうれしそうなので,多分いいのだろう.

「そうだ,ミユちゃんに渡したいものがあるんだ.」

ルアンは,飲んでいたお茶のカップをテーブルの上に置いて,席を立った.

戸棚から何かを取り出して,戻ってくる.

向かいの席から,赤い石のついた指輪をよこしてきた.

だいぶサイズが小さく,ささやかな宝石以外は何の装飾もない.

光沢もなく,新しいものではないことが分かる.

「これは,何ですか?」

たずねると,ルアンはさらりと答えた.

「リアンの遺品だよ.」

びっくりする.

つまりウィルの母親の,形見の指輪だ.

「大切なものですよね?」

聞いた後で,愚問だと感じる.

大切でないわけがない.

こんな風に簡単に,渡していいものではない.

「そうだよ,だから君が持っていて.きっとリアンが守ってくれるから.」

「でも,」

断ろうとしたが,ルアンの瞳がとても優しく,みゆを思いやっていることに気づいた.

彼は,ライクシードのことがあったために,案じてくれているのだ.

「大切にします.」

みゆは指輪を,そっと握りしめる.

「ありがとうございます,本当に.」

ルアンには,いくら感謝してもしたりない.

みゆたちは自分たちで分かっている以上に,彼から助けられている.

ルアンはにっこりとほほ笑んで,指輪をつけるように促した.

みゆはうなずいて指輪をはめようとしたが,はたと手を止める.

隣の席の,ウィルの顔を見た.

恋人は,どうしたの? と不思議そうに首をかしげる.

この世界には,エンゲージリングの習慣はないのだろうか.

ウィルとルアンの気にしていない様子から察するに,なさそうだ.

みゆは,説明して指輪をはめさせてもらおうかと悩んだが,想像しただけで恥ずかしくなった.

ごまかし笑いをして,ちゃっちゃと小指を指輪にくぐらせる.

ところが,途中までしか入らない.

リアンの指輪は,相当に小さいのだ.

「小柄な方だったのですか?」

みゆの質問に,ルアンは懐かしそうに目を細める.

「うん,彼女はすごく小さかったよ.」

そしてみゆに,金の鎖を渡した.

「これで首からかけて.」

「はい.」

指輪を,細い鎖に通す.

ウィルの母親は,どんな女性だったのだろう.

「ウィルも何かほしいかい?」

ルアンは少年に問いかけた.

「いらないよ.」

少年は笑顔だが,返事はそっけない.

けれどルアンは,いとしそうに微笑した.

「そうだろうね.君は君自身が,リアンの忘れ形見だ.」

ネックレスを首からかけたみゆは,二人の様子をしげしげと眺める.

今はウィルとルアンは,一見して親子だと分かる.

容姿が似ていることもあるが,それ以上に流れている空気がそうなのだ.

彼をウィルの父親かどうか疑ったことが,うそみたいだ.

少年がはぐらかした態度を取るのは,親からの愛情に慣れていないせいかもしれない.


ベッドの中で,どれだけ泣いたのだろう.

いい加減,ここから出なくてはならない.

セシリアは,のそのそと毛布からはい出ようとした.

朝から何も食べていないので,情けないことに,おなかがすいている.

視界が開けたとたんに,驚く.

若草色の髪の少年が,ベッドに腰かけていたからだ.

背中を向けて,ぼーっとしている.

が,すぐに視線に気づいて,振り返った.

ばつの悪い顔になる.

「勝手に部屋に入って,ごめん.」

少女は,ほおを緩めた.

無理に笑顔を作らなくても,ほほ笑むことができる.

「そばにいてくれて,ありがとう.」

スミがいるから.

少女がつらいとき,さりげなくそばにいてくれる.

初めて街で会ったときと同じように.

「どういたしまして.」

少年は,少しだけ寂しそうに笑った.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ