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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第7章 恋に惑い
89/227

7-5

スミを探しに行ったウィルは,すぐに家に戻ってきた.

「見つかった?」

みゆがたずねると,少年は首を横に振る.

「貧民街にはいなかった.」

捜索範囲を広げると言って,再び外出した.

スミはいったい,どこにいるのか.

夜に出かけたとしても,少年は必ず朝までには帰ってくる.

もしも帰らないにしても,ちゃんと連絡を入れるだろう.

つまり少年は帰還できず,連絡もできない状態なのだ.

みゆが不安な気持ちで待っていると,黒猫が難しい顔をして帰宅した.

「見つからない.」

そしてまた,街へ出て行く.

それを何度か繰り返した後で,やっとウィルは手がかりをつかんで帰ってきた.

「城の中に,捕らわれているのかもしれない.」

少年いわく,城の外側を警備している兵士たちの様子がおかしいのだ.

「ぴりぴりしている,ということ?」

みゆが問うと,少年はううんと否定する.

「いつもよりも,まじめに働いている.しっかりと周囲を見張っているから,近づきにくい.」

普段は手を抜いた仕事をして,すきだらけなのだろうか.

みゆは返答に困ったが,それは重要な情報だった.

城で何かあったのか,あるいはこれからあるのだ.

ウィルは悩んでいる風で,口に手を当ててうつむく.

「城に忍びこむ?」

みゆは聞いたが,少年はにわかには答えない.

「今日も,王子様たちが貧民街にいる.」

低い声でつぶやいた.

ライクシードと翔は,今日もみゆの捜索のために,貧民街を歩き回っている.

だからウィルはスミを探しつつも,みゆを心配して,こまめに家に戻ってきてくれた.

城に侵入すると,それができなくなるのだろう.

「ウィル,大丈夫よ.」

みゆは,少年を安心させるようにほほ笑んだ.

「この家には,ルアンさんのかけてくれた魔法がある.」

建物全体に,他者から認識できなくなる不思議な力が働いている.

ルアンの術は,想像以上の効果があった.

実はライクシードたちは,ほぼ毎日,家の前を通っているのだ.

しかしけっして,立ち止まらない.

彼らが通過するたびに,ウィルとスミは警戒するが,特に危険なことはなかった.

「家から出ずに静かにしておくから,スミ君を探しに行って.」

「でも,」

少年は,みゆの提案を受け入れたくないようだった.

「僕はスミを探すよりも,ミユちゃんを守る方が大事.」

ぞんがいに真剣な調子で言われて,みゆは照れてしまった.

だが今は,恋人に特別扱いされて喜んでいる場合ではない.

「今は,私よりもスミ君を心配して.」

城には,あのバウス王子がいるのだ.

彼は,相手が子どもだからといって容赦しないだろう.

「スミ君を探して,そして助けて.」

ウィルは迷った様子だったが,しぶしぶ了承した.


薄暗い牢の中で,若草色の髪の少年は自身にかけられた縄を解いていた.

牢の番人たちは昨夜はいたのだが,朝目覚めたときには消えていた.

スミはこれ幸いと,靴底に隠していたナイフで縄を切り始めたのだ.

やっと自由になった体で立ち上がる.

「早く,帰らなくちゃ.」

みゆとウィルは,昨夜家に帰らなかったスミを心配しているだろう.

少年は懐から細長い針を取り出して,牢の扉にかけられた錠にさしこむ.

錠を外そうとしていると,複数の男たちのしゃべり声が,足音とともに聞こえてきた.

バウスと護衛の騎士二人が,石階段を降りて,こちらにやってくる.

彼らは牢の扉に取りついた少年に気づくと,意外そうに目をまばたいた.

「優秀だな.すでに縄が下に落ちているぞ.」

王子は,にやにやと笑っている.

スミの行動をおもしろがっているようだ.

「牢をやぶるのに長けているのは,悪い方の優秀さですよ.」

ちょびひげのある騎士が,バウスをたしなめる.

彼は王子よりも,年上に見えた.

「まぁ,いい.話を聞こう.判断をくだすのは,それからだ.」

バウスは,柵ごしに少年に近づく.

「スミ,カリヴァニア王国から来たそうだな.」

間近に立つと,少年よりも背が高いためか,威圧感があった.

「そしてセシリアを利用した,――城の内部情報を得るために.」

「そうだ.」

にらみつけて,肯定する.

「あいつは世間知らずだから,だますのは簡単だった.けれど,ほとんど役に立たなかった.」

「なるほど.」

バウスは,くっと笑みを刻んだ.

「夜が明けても,君の主張は変わらないか.しかしなぜ,誘拐しなかった?」

「は?」

思わず問い返す.

「あの子の持つ情報など,たかが知れている.君が言ったように,ほとんど役に立たない.」

彼は淡々と話した.

「セシリアに価値があるとすれば,人質としてのみだ.」

俺が君の立場ならば,セシリアを連れ去り城の王子たちを脅すだろう,と平然と言う.

スミは,ぽかんと口を開けた.

確かに,彼の言うとおりなのだが.

「君は城の奥まで入りこめて,牢から脱出するのにも慣れている.」

対してセシリアは,普通の子どもだ.

いくら奇跡の力があり,多少護身術が使えても,無力なものである.

「誘拐することも殺害することも,君には可能だったはずだ.」

バウスは,すさまじく客観的だった.

王子の指摘するとおりスミには,油断さえしなければ,少女を誘拐することは可能だった.

しかし,そんなことができるわけがないし,そもそも思いつきもしなかった.

反論できずに黙っていると,王子が騎士たちに指示を出す.

「牢の扉を開けろ.」

スミはぎょっとした.

だがこのせりふに驚いたのは,少年だけだった.

若い方の騎士が,扉の錠にかぎをさし入れる.

外側から扉が開かれたが,スミは出るべきか迷った.

「出てこいよ.」

バウスは顔に青筋を立てて,唐突に怒る.

「セシリアから君とのなれそめを聞かされて,しかも仲よくしてねとお願いされて…….」

こぶしを作って,手をぱきぱきと鳴らした.

身の危険を感じて,スミはあとずさる.

「殿下,落ちついてください.それに論点がおかしいです.」

ちょびひげの騎士が,主君の肩をつかんだ.

「先ほどの会話で,この少年とは敵対しないと決めたのでしょう?」

だから扉を開けたのですよね,となだめる.

すると王子は,無理やりな笑顔を作った.

「昨夜から,セシリアは利用されただけで悪いことはしていないと,かばってくれてありがとう.」

あの子の兄として礼を言うよと,ひきつった口もとでつむぐ.

「君を牢に入れてすまなかった.腹が減っているだろう? 朝食を用意させるから,こっちに来いよ.」

スミは,首をぶんぶんと振った.

バウスのせりふと表情は,あきらかに合っていない.

「俺の妹に声をかけたんだ.それ相応の覚悟はできているよな?」

彼は,先ほどまでの冷静さのかけらもなく,どこからどう見ても切れていた.

とうとう牢の中に入ってきて,

「一発ぐらいなぐらせろ!」

子どものけんかのように,スミを追い回し始めた.

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