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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第7章 恋に惑い
88/227

7-4

油断した,うかつとしか言えない.

少年は起き上がろうとしたが,体に力が入らない.

もがいているうちにバウスに髪をつかまれて,顔を上げさせられた.

「子ども?」

「スミ!」

王子の声に,セシリアの声がかぶさる.

「ごめんなさい.すぐに術を解くから,」

「セシリア!?」

近寄ってくる少女を,彼は背中で押しやった.

「何を言って,――この子を知っているのか?」

ふっと,体に活力が戻る.

しかし王子の方が反応が早い!

少年はバウスに背中に乗られて,手首を取られた.

嫌な方向に力を入れられて,痛みにうめく.

「やめて,兄さま!」

少女が悲痛な声を上げる.

「スミは悪い人じゃないの.多分,私に会いに来て,」

「ばか!」

こんしんの力で,少年はどなった.

「俺はあんたを利用したんだ!」

どやどやと,兵士たちが部屋に入ってくる.

今,この場で逃げるのは不可能だと,少年は判断した.

「利用?」

少女が,首をかしげる.

さらさらと長い銀の髪が流れ,ついうっかりと見とれてしまう.

「私のこと,余計なお世話じゃなかったの?」

「わーーー! ばかばかばか.どうしてそんなに,ばかなんだよ!?」

少女のせりふを打ち消すべく,大声を張り上げる.

「俺は城に敵対する人間だ.だからあんたを利用,うぐっ,」

バウスに,後ろから口をふさがれた.

「セシリア,この子は何者だ.」

十数人ほどの兵士たちが,まわりを取り囲む.

「兄さま,スミを離して.彼は私を助けてくれた人なの.」

「その助けてくれた人が,なぜお前の部屋に,しかも夜に忍びこむ?」

王子の声は鋭い.

が,少女は負けていなかった.

「理由は知らないけれど,スミはいい人なの!」

少年は思わず脱力しそうになる.

バウスの言い分はもっともだ,少女の反論はめちゃくちゃだ.

「こいつは勝手に,城の中に入ったのだぞ.」

「でも,どろぼうとかじゃないの.」

二人の言い争いに,兵士たちはとまどっている.

スミは何もできずに,少女を見守った.

結果としてセシリアは,スミと街でこそこそと会っていた.

どのような悪事を働いたのか,裏切り者として疑われる要素がありすぎる.

「おい,セシリアを部屋から連れ出せ.」

らちの明かない話し合いに,王子は兵士たちに命じた.

「やだってば! スミをいじめないで.」

少女は抵抗したが,簡単に男たちに囲まれる.

「私の話を聞いてよ,兄さま!」

バウスは,少年の口から手を離して,体の上からどいた.

三人の兵士たちが,少年の体を床に押しつけて,体に縄を巻き始める.

「君の話を聞こうか.」

酔いが残っているが冷静な目で,王子は少年を見下ろした.

そのとき,ひときわ高く,少女が「きゃぁ!」と悲鳴を上げる.

「うわっ,すみませ,」

「そいつに触るな!」

顔を上げて,スミは叫んだ.

「逃げろ,セシリア!」

すると部屋の中にいる者全員が,びっくりして少年を見つめ返す.

「あ,」

顔に朱が上がるのが,自分でも分かった.

セシリアを囲んでいる兵士たちも,少女本人も.

少女の髪に手を引っかけさせている,一人の兵士も.

バウスでさえ,あっけに取られて,ぽかんと口を開けていた.

この城の中で,少女に危害を加える者がいるわけがないのに.

まるでセシリアが殺されそうな場面のように,スミだけが大騒ぎして.

「縄を巻け.」

いち早く,沈黙から脱したのはバウス.

「はい.」

兵士たちによって手早く,少年は縄でぐるぐる巻きにされる.

セシリアは,少年の視界から消えてしまった.

「とりあえず,この子は地下牢へ連れていってくれ.」

王子は疲れたように,どかっと部屋の壁にもたれる.

「後で問いただす.」

頭を抱えて,ずるずると腰を落とした.

「殿下?」

一人の兵士が心配げに声をかけると,酔いが回っているだけだと答える.

スミは兵士たちに担がれて,部屋から出された.


翌朝,みゆが目を覚ますと,同じベッドで寝ていた少年はすでに起き上がっていた.

静かに瞳を閉じて,めい想している.

寝ぐせで跳ねている黒い髪,寝間着も黒い.

そばにいるのにいない,そばにいないのにいる,そんな不思議な存在感.

少年の気配が霧散し,薄く淡く広がっていた.

みゆが起きたことも,カーテンのすき間から日光が差しこんでいることも,古い家の壁についている傷のひとつひとつまでも,少年には見えている.

みゆも,そっと目を閉じた.

少年という海の中に,どぼんと潜りこむ.

暖かい海水が体を包み,ゆっくりと沈んでいく.

おぼろ月のかすかな光が,みゆの背中を押した.

暗い森の中,一人の男が走っている.

「私はこの子に名を与えない.私はこの子に愛を与えない.」

呪いの言葉をつぶやいて,しかし大切に,産まれたばかりの赤ん坊を腕に抱いている.

苦しげな顔をして,愛すべきか呪うべきか,決めかねている.

しばらくすると男は足を止めて,眼前の大きな洞くつを見上げた.

洞くつの両脇には,まがまがしいモンスターの石像がある.

「神よ.私は今,あなたと決別します.」

男が洞くつに足を踏み入れた瞬間,赤ん坊が大きな声で泣き出した.

「呪われたものを呪われた地へ運びます.これが私の最後の忠誠です,ラート・ルアン.」

みゆとウィル,二人が出会えたのは奇跡に近い.

与えられた死の影から,はい出して.

初めから,少年には見えていたのかもしれない.

姉をうしなって泣く,みゆの姿が.

「ミユちゃん.」

呼ぶ声に,みゆは深い海の底から浮上した.

まぶたを開くと,まばゆい.

「ウィル,おはよう.」

「おはよう.」

ほおにキスをした後で,少年は黙った.

妙な表情をしている,何かを悩んでいるような.

「どうしたの?」

少年は少し考えてから,口を開いた.

「スミがいない.家の中にも,周囲にも.」

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