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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
番外編
81/227

黒髪の聖女

馬車の向かいの席で眠る娘の顔を,ライクシードはぼんやりと眺めた.

きっと彼女は疲れたのだろう.

昨日,この国に来たばかりだというのに,バウスに威圧され,セシリアに懇願されて.

揺れる馬車の中で,ぐっすりと寝入っている.

長い黒髪を見つめながら,ライクシードはセシリアのことを思い出した.

――サイザー様は,私の髪が気に入らないのよ.

何年か前に,少女はそう言って髪を切ろうとした.

「昔,聖女は皆,黒髪だったと言うわ.私みたいな下品で派手な色はしていなかったのよ!」

ライクシードはあわてて,少女からハサミを取り上げた.

「落ちついてくれ,セシリア.髪を切っても何もならないだろう?」

そんな理由で,せっかくの美しい髪を駄目にしないでほしい.

「それにラート・サイザーだって,黒髪ではないじゃないか.」

彼女の髪は,薄い水色をしている.

最近では加齢のために,ただの白色になっている.

それなのに,セシリアの髪に文句をつけるなんて.

憤慨したままで城に戻り,ことの次第をバウスに伝えると,

「ほぉ,ラート・サイザーはおもしろいことをおっしゃる.あなたの髪は何色ですかと,今からたずねに行こうか?」

静かに怒れる兄は,本気で提案する.

ライクシードは,次は兄の暴挙を止めるはめになった.

今,目の前にいる娘は,見事な漆黒の髪をしている.

みゆは,セシリアが考える理想の聖女なのかもしれない.

ふとライクシードは,自分が女性の寝顔をじろじろと眺めていることに気づいた.

恥ずかしくなって,窓の外の風景に目をやる.

しばらくすると,いつの間にか目を覚ました彼女が,同じように外を見ていた.

薄い眼鏡をかけた,異世界の女性.

細い手足をして,強い風が吹けば飛ばされそうな印象がある.

けれど,城で出された朝食はよく食べていたな.

ライクシードはくすりと笑んで,みゆに話しかけた.

「すまないね,セシリアがとんでもないことを頼んで.」

すると彼女も,柔らかくほほ笑む.

「いいえ.」

何かに気づいた顔をして,

「かばっていただいて,ありがとうございました.」

深々と頭を下げる.

顔を上げると,彼女の瞳には深い感謝の念が映っていた.

「どうか謝らないでください.殿下は本当によくしてくれています.」

意表をつかれてしまう.

こんな風に礼を言われるとは,思わなかった.

ライクシードは彼女のために,何もできていないのに.

彼女の笑みはきらきらとまぶしくて,まっすぐに見返すことができない.

「首都の街を案内するよ.」

強引に,話題を変えた.

感謝されることに,自分は慣れていない.

そして慣れていないことに,今,気づいた.

「どこか行きたいところや,見たいものはないかい?」

ライクシードは,自分が女性の扱いに慣れていないとは思っていない.

だがみゆは,どこか勝手がちがう.

異世界から来た女性だからなのか,王子であるライクシードに対して気負いを感じないのだ.

「図書館へ行きたいです.神聖公国のことを勉強したいので.」

彼女の答はまた,ライクシードを驚かせた.

「分かった.国立図書館へ行こう.」

「ありがとうございます.」

聖女になってほしいというセシリアの頼みを,まじめに考えているのだろう.

ライクシードはそう思い,納得した.


図書館に入ると,みゆはライクシードを無視して,ずんずんと突き進む.

真剣な横顔で,本棚に並べられた本を眺めた.

「この本なら読みやすいと思うよ.」

ライクシードは有名な著者の本を取り,手渡す.

「ありがとうございます.」

彼女は受け取ると,ぱらぱらとページをめくり,目を通した.

みゆは故郷で,大学校に入るための勉強をしていたらしい.

着飾ることしか興味のない貴族の娘とちがって,本を読むのは得意なのだろう.

館内を歩いていると,館長のナールデンと出会った.

ライクシードが紹介すると,あっという間に二人は打ち解けた雰囲気になる.

「ミユ? 珍しい名前だね.」

「よく言われます.私の姉の名前も変わっていて,“かや”というのです.」

「かわいらしい名前だ,あなたもあなたのお姉さんも.」

ありがとうございます,とみゆはうれしそうに笑った.

さらに彼女は,館長じきじきに本の貸し出し許可をもらう.

ライクシードは,妙に取り残された気分になった.

みゆはライクシードに対して,あまり気安くない.

それもそのはず,ライクシードは彼女に剣を向けたことがあった.

――私は武器を持っていません.

今でも自己嫌悪する.

――何を恐れて,私に剣を向けるのですか?

セシリアが見つからずに気が立っていたとはいえ,武器を持たない女性を剣で脅したなんて.

兄に比べて,自分はなんと度量のせまい人間なのだろう.

「ミユ,そろそろ城へ帰らないか?」

ライクシードは,無理やりに会話に加わった.

「あ,はい.すみません.」

彼女の瞳に,遠慮という透明な壁が立ちはだかる.

「いや,そうではなくて.」

謝罪させたいわけではないのに.

「リナーゼの街を歩かないか? 今は昼どきだから,屋台がたくさん立っているだろう.」

「屋台ですか?」

眼鏡の奥の瞳が,好奇心に輝く.

興味がひけた,とライクシードはほっとした.

ナールデンが愉快そうに笑い出す.

「殿下.また二人で,図書館に遊びに来てください.」

「はい.」

彼の笑みは意味深だったが,ライクシードには理由が分からなかった.

「行こう,ミユ.」

彼女を連れて,街へ出て行く.

彼女の心には別の誰かが住んでいることを,このときは想像できなかった.

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