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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第6章 交差する世界
70/227

6-6

噴水広場から少し離れた路地裏に,スミとセシリアはいた.

空腹だった二人は屋台でパンを買って,人気のない場所に移動したのだ.

食事をしながら少女は,ぽつりとつぶやく.

「私,もう聖女のふりをしなくていいのね.」

少年は,パンをかじりながら聞いた.

「今,すごくほっとしている.けれど心に,ぽっかりと穴があいたよう.」

言葉は宙に浮いて,ふわりと消える.

はかなく,心細さを感じさせる声だった.

スミは幾分かの同情心を覚えて,少女の横顔を盗み見る.

するとセシリアは,普通の顔をしてパンを食べていた.

両手でパンを持って,どちらかと言えば,がつがつと.

「腹が減っていたのか…….」

少女の立ち直りの早さに,あぜんとする.

別になぐさめようとしたわけではないが,これはこれで肩透かしだ.

「え? 何か言った?」

目をぱちくりさせる少女に,スミは思わず笑ってしまう.

「お前,どれだけでかい口を開けて,食うんだよ.」

白いほおが,見る見るうちに赤くなった.

「せっかくきれいな顔をしているのだから,もっとおしとやかにしろよ.」

みゆならばスミよりも少ない量を,スミよりもゆっくりと食べるのに.

「仕方ないじゃない!」

少女は怒って,反論を始めた.

「おなかがすいていたし,パンはおいしいし,それに泣いたら,」

ぴたっと口が止まる.

ちょっとの間考えてから,少女は続きをしゃべった.

「いっぱい落ちこんでいたけれど,泣いたらすっきりしたみたい.」

「よかったじゃん.」

「うん.」

多少不満げな顔でうなずいて,少女はパンを口に運んだ.

「私,単純なのかしら?」

スミと同じパンを,同じ速さで食べる.

「いつまでも,もやもやしているよりはいいんじゃない?」

よって最後の一口は,ほぼ同時だ.

妙にくすぐったい気分で,少年はセシリアがハンカチで口もとをふくのを見ていた.

「私,いつもは禁足の森に家出するの.」

「うん.」

適当に相づちを打って,スミは服に落ちたパンくずを払う.

「でも私が森へ行ったせいで,ライク兄さまに迷惑がかかったから,やめたの.」

「ふーん.」

何があったのか知らないが,再び相づちを打った.

「それで街に出たの.一人で街を歩くのは初めてよ.」

少女は一呼吸を置いてから,

「街に出てよかった,あなたに会えたから.」

雨上がりの空のように,きらきらと輝く笑顔でほほ笑んだ.

「ありがとう.今,そばにいてくれて,とてもうれしい.」

スミはあわてて,目をそらす.

急に自分の顔が,熱を持った.

「スミはいつも,首都神殿の調理場で働いているのよね?」

「うん,まぁ.」

どくどくどくと,どうきが激しい.

どうしたんだ,俺は?

少女に背中を向けて,少年は自問した.

「その,……仕事の邪魔にならないようにするから,これからは調理場に会いに行ってもいい?」

「いや,困るよ.」

調理場で働いているというのは,うそだし.

「そうよね,迷惑よね.ごめん,ずうずうしかった.」

静かに深呼吸をして,スミは何とか心を落ちつけた.

振り返ると,少女はうつむいている.

しかしすぐに顔を上げて,にこっと笑みを作った.

「今日は付き合ってくれて,ありがとう.私,帰るね.」

「へ?」

あっけに取られているうちに,セシリアは路地裏から出て行こうとする.

ここで別れたら,二度と会えない.

少年はあせって,少女の腕をつかんだ.

行くなとか,そばにいろよとか,さまざまな言葉が渦巻く.

そして実際に,口から飛び出したせりふは,

「俺は,カリヴァニア王国から来たんだ.」

最悪だ.

少女の青の瞳が見開かれる.

「うそ……,」

少女がつぶやいた瞬間,スミの心のタガが外れた.

「うそじゃない! 俺は結界が壊れたときに,この国に入ってきて,」

坂道を転げ落ちるように,無我夢中で言い募る.

「ずっとけがをして動けなかったけれど,――昨日だって大神殿にいたし,今日だって城に,セシリアのそばにいた!」

「え? ええ!?」

少女は驚いて,身を引いた.

「ショウやユリと話しているのを見ていたし,セシリアがつらそうな顔をしているのに,俺はちゃんと気づいていた.」

なぜ,そんなことを説明しているのか,自分でも理解できない.

しかし分かってほしいと思った.

先ほどまで,二人の気持ちは寄りそっていたのだから.

少女は目もとを赤く染めて,スミを一心に見つめていた.

そして,不思議なことを言い始める.

「神の影が見える.」

まるでウィルのようだ.

スミには見えないものを見て.

「ミユたちからは感じられなかった.あなたは私と同じ,この世界の法に縛られている.」

深い青の瞳に吸いこまれそうだ.

「神の愛を受けている.」

びしゃんと,水をかけられた気分になった.

「俺は,」

分かってくれると思ったのに.

「俺たちカリヴァニア王国の民は,神に呪われている! 愛なんかもらっていない!」

「え? ……でも,」

怒り出したスミに,少女はとまどっていた.

「神が人を呪うなんて,考えられないわ.」

「じゃぁ,なんでカリヴァニア王国は海に沈むんだよ!?」

「私には……,」

薄紅色の唇が,ためらいがちに動く.

「カリヴァニア王国の国王陛下は,何か勘違いをなさっているとしか思えない.」

「勘違い!?」

理性が切れた.

「勘違いで,海に沈んでたまるか!」

青の瞳が,少年を見つめる.

「実際に,海は近づいているんだ.海辺の村は,すでに十以上が海水に浸かっている.」

少女に話しかけるのではなかった.

「王都のやつらは知らないけれど,“世界の果て”ではもっぱらのうわささ.海が大地を侵そうとしているって!」

こんな故郷を思い出させるような,海の色を持つ少女に.

「村が沈んだ村人たちは流民となって,俺の母親は俺を置いて,」

すると少女は,少年を抱きしめた.

「スミ,泣かないで.」

息が止まる.

「あなたの気持ちは分かる,私も同じだから.」

柔らかい腕が,背中に回っている.

帽子が脱げて,銀の髪が流れ落ちる.

甘い香りに,これ以上の誘惑なんてない.

抱きしめ返そうとしたとき,少年は気づいた.

誰かが近づいてくる.

行きつ戻りつしながら,少女を捜して,ここへやって来る.

スミは,少女の体を引きはがした.

そしてびっくり顔の少女を置いて,路地裏の奥へ逃げ出す.

「待って!」

伸ばされた手を振り切って走った.


「スミ!」

セシリアは追いかけようとしたが,少年の足は速く,あっという間に姿を見失った.

少女は一人残されて,ぼう然とするばかり.

何もかもが唐突すぎた.

出会いも,別れも.

しばらくすると,

「セシリア!」

噴水のある広場の方から,少女の名を呼ぶ兄の声が聞こえてきた.

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