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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第6章 交差する世界
68/227

6-4

家の掃除をしていると,ふいに少年が「あれ?」と声を出した.

「どうしたの,ウィル?」

テーブルをふきながら,みゆはたずねる.

「んー,」

ほうきを持った少年は,首をかしげた.

「二階の窓からスミが帰ってきたのだけど,すぐに出て行った.」

「え?」

ふきんをテーブルの上に置いて,みゆは階段を登る.

スミの部屋に入ると,窓のそばに食料と手紙が置いてあった.

きのこや野菜などは,店で買ったものだろう.

手紙には,偵察の報告がそっけなく書かれている.

いつものスミならば,口頭で伝えるのに.

そして三人で昼食をとればいいのに,なぜか少年は再び出かけてしまった.

みゆは書面に目を走らせる.

使者の名前は柏原翔と白井百合であり,みゆの知り合いだと記されていた.

しかし,

「カシハラ? シライ?」

誰だっけ?

友人ではない,――そもそも友人はほとんどいなかった.

高校の同級生だろうか? いや,そうではない.ならば予備校の,

「あ!」

みゆはやっと,二人の名前に思い至った.

「予備校のクラスメイトだ! 難関国公立大文系コースSの.」

「ヨビコー? ナンカン?」

何,それ? といった少年の表情に,みゆはくすくすと笑った.

「京都大学志望で,特待生だけのスペシャルクラス.」

みゆは姉と同じ,法学部を目指していた.

駅のホームから,この世界に飛ばされるまでは.

「柏原君と白井さんも,カイルさんに連れて来られたのかしら?」

少年はうなずく.

「召喚魔法を使えるのは,師匠だけだよ.」

「いつ呼ばれたの?」

みゆがこの世界に来たのは,地球時間での八月四日のことだ.

今は,九月中旬あたりだろう.

「ミユちゃんが神聖公国に行った後だよ.」

洞くつをくぐったのは,八月末だ.

ならば翔と百合は,みゆが失踪した後のことを知っている.

もしかしたら両親が,予備校に来たのかもしれない.

みゆを探しているのかもしれない.

期待がわき起こると同時に,落胆に塗りつぶされた.

けれど望みを捨てきれず,思考がぐるぐると回りだす.

みゆは意識して,それを止めた.

「どうしたの?」

黒の少年が,心配そうに見つめている.

「嫌いな人たちなの?」

「まさか.」

親を嫌う子どもがいるわけがない,と思った後で,会話のずれに気づく.

少年は,翔と百合がみゆにとって不都合な人物なのか問うているのだ.

みゆは苦笑する.

「ほとんど話したことがないから.」

翔とも,百合とも.

だから,どんな顔をしているのか忘れてしまった.

たとえ会ったとしても,思い出せる自信がない.

「今は,スミ君の方が気になる.」

少年は顔も見せずに,家から出て行った.

「心配なら,首根っこを捕まえて,連れ戻そうか?」

窓の外に目をやって,ウィルは言う.

黒の瞳は,スミの姿をとらえているのだろう.

「ううん.無理に連れ戻さなくていい.」

みゆは首を振った.

「でも夜になっても帰らなかったら,二人でスミ君を迎えに行こう.」


お昼どきの街を,若草色の髪の少年は一人で歩いていた.

噴水のある広場に行くと,食欲を刺激するにおいが周辺の屋台から漂ってくる.

どの屋台も繁盛しているようで,客が大勢入っていた.

友人同士であったり,家族であったり,皆楽しそうに食べている.

人ごみにもまれて,スミはそれをぼんやりと眺めた.

家に帰れば,みゆは笑顔で迎えてくれるし,ウィルは食事を用意してくれる.

恋人がいるかぎり,黒猫が作るのは手間をかけたおいしい料理だ.

それに,スミの心にとげを刺すルアンはいなくなった.

なのに,帰ろうと思わない.

どれでもいいから屋台に入ろうと,さまよっていると,

「あ,すみません.」

同じ年ごろの少年とぶつかった.

「ごめんなさい.」

少年にしては高い声が応じる.

そしてスミを置いて,さっさと行ってしまった.

だぼだぼの服に,大きな帽子をかぶっている.

「え?」

なぜ,こんな場所にいるのか.

あきらかに不自然な変装で,少女はふらふらと屋台を見て回る.

茶色の帽子はもっさりとふくれて,長い髪を入れているのだろう.

帽子と服の間からのぞく首は細く,白い.

昨日,大神殿に乗りこんだときのみゆの姿に似ていた.

いや,私も男装すれば正体がばれないと,まねをしたのかもしれない.

スミは少女を追いかけた.

見つけた以上,放っておけない.

ぽんと少女の肩をたたいて,小さな声でささやく.

「何をやっているんだ,セシリア.逆に目立っているぞ.」

少女はびくりと震えて,振り返った.

「誰?」

初めて間近で見た少女の瞳は,驚くほどに青い.

少年は思わず,息をのんだ.

「俺は,首都神殿の調理場で働いているスミ.」

少女は大きな瞳で,じっと見つめる.

「こんな街中にいていいのか? しかも一人だろ.」

あまりにも凝視するので,居心地が悪い.

「あなたこそ,ここにいていいの?」

少女は聞き返してきた.

「今,首都神殿は,新しい聖女を迎えるために大いそがしでしょう? 」

答えるとボロが出そうなので,スミはちがう話題を振る.

「俺のことはいいから.お忍びで,どこかへ行く途中なのか?」

なら送るよと続けると,少女は困った笑顔になった.

「ありがとう.でも予定があるわけじゃないの.」

先ほどまで少女は,人ごみの中を流されるようにして歩いていた.

少女にぶつかる前の,スミと同じように.

「それよりスミは,私を首都神殿に帰さなくていいの?」

「そういうことは俺の仕事じゃないし.」

あさっての方を見て言う.

「俺も仕事をさぼっている最中だし,セシリアだって息抜きがしたいだけだろ?」

少女はためらった後で,「うん.」とうなずいた.

「日が落ちるころには帰るつもりだし,誰だって一人になりたいときはあるよな.」

だから今は隠れ家に帰らないのだと,少年は自分に対して言い訳をした.

すると少女の瞳から,ぽろりと涙が落ちる.

ぎょっとするスミの前で,涙がどんどんと流れていく.

「私,そんなことを言われたのは初めてだわ.」

「そ,そう?」

スミだって,目の前で女性に泣かれるのは初めてだ.

さすがに動転する.

「同じ年ごろの人としゃべるのも,初めてよ.」

どうやら相当に箱入り娘らしい.

少女は,ごしごしと目をぬぐった.

「ごめんなさい,泣いてしまって.昨日からいろいろなことがあって,疲れているみたい.」

涙を止めると,少女はにこっとほほ笑む.

「夕方には首都神殿に帰るわ.見逃してくれて,ありがとう.」

じゃぁねと背中を向けて,歩き出す.

少女の腕を,少年はとっさに捕まえた.

振り返る,涙をたたえた青の瞳.

光るものが,なめらかなほおを伝って落ちる.

そのとき,ぐぅぅぅと間抜けな音が,スミとセシリアの腹から鳴った.

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