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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第5章 神殿の闇
64/227

5-10

いつか,こんな日が来ると思っていた.

すす汚れた廊下で倒れているサイザーを見つけたとき,セシリアはそう感じた.

ついに聖女が,神聖公国からいなくなってしまう.

少女には,聖女の力はないのだから.

連れ立った神官の男らは悲鳴を上げて,老聖女の体にすがりついた.

「目を開けてください,ラート!」

苦い思いが,腹の底からわき起こる.

少女に対してあなたは聖女ですと言いながら,これが彼らの本音なのだ.

隣に立つライクシードが,少女の肩をしっかりと抱いている.

どうやら自分は,足もとがおぼつかないらしい.

サイザーの口から,ううんと声が漏れた.

「ラート・サイザー!」

神官たちが手放しで喜ぶ.

セシリアも,心から安堵した.

「ラートを外へ,丁重にな.」

神官長が命を出し,すぐに神官の男たちは従う.

サイザーは顔色は悪いが,特に外傷があるようではなかった.

「よかった.」

ライクシードが,小さくつぶやく.

そして少女を励ますように,肩をぽんぽんとたたいた.

そう,大丈夫だ.

けれど,いつまで大丈夫か分からない.

サイザーは,すでに六十三歳である.

いつ,はかなくなってもおかしくない.

みゆを探さなくてはならない.

新しい聖女を.

セシリアはライクシードに,彼女を探そうと言おうとする.

だが同時に,もはや兄を頼れないことに気づいた.

みゆには恋人がいた.

兄の想いは一方的なもので,彼女を困らせていた.

しかし彼はあたりを見回して,彼女の影を探す.

そして少し離れた場所にある,開いたままの黒こげの扉に気づいた.

みゆがいた部屋の扉だ.

ライクシードが手をかけると,扉は力尽きたようにばたんと倒れる.

彼は部屋の中へ入っていった.

一人残された少女は,その場でうずくまる.

――だからミユに,聖女になってください,その後でいいから結婚してくださいと頼めばいいの.

あんなことを言うのではなかった.

ライクシードに,自分の両親のような不幸な結婚をしてほしくなかった.

それにみゆも,兄のことを好いていると考えていた.

――君が好きなんだ! 守りたいと,助けたいと思っているのに.

彼女に感情をぶつけるライクシードは,別人のようで怖かった.

そしてウィルは,ものすごく怒っている.

だから見せしめとして,兄の服を裂いたのだ.

「私が悪かったんだ.」

セシリアは,みゆの話を一度も聞かなかった.

聖女になってと自分の願いを押しつけるだけで,彼女の気持ちをたずねなかった.

みゆが首都神殿に閉じこめられていたときも,いくらでも会う機会はあった.

けれど聖女になりたくないと言われるのが怖くて,彼女を避けたのだ.

ちゃんと話をしていれば,恋人がいると教えてくれただろうに.

恋人がいることを知っていれば,ライクシードだって彼女を追いかけなかった.

それとも二人が禁足の森で出会ったときから,こうなることは決まっていたのだろうか.

となると,やっぱり私のせいだと思う.

ライクシードが禁足の森へ入ったのは,少女のためだ.

そしてセシリアは彼に,みゆを保護するように頼んだ.

首都神殿で自分の客になるより,城でライクシードの客になる方が安心だと考えて.

「ラート・セシリア,……ですよね? どうなさったのですか?」

気づくと,数人の若い兵士たちが少女の前に立っていた.

「私たちはバウス殿下の親衛隊の者です.体調が悪いのならば,外までお連れしますよ.」

「大丈夫よ.」

少女は笑顔を作り,立ち上がる.

彼らは驚いたように,目を見張らせた.

顔を赤くして,なぜか一人ずつ自己紹介を始める.

「用事があるときは,ぜひ僕を使ってください.」

「いえ,私の方が頼りになりますよ.」

少女が対応に困っていると,ライクシードが廊下に戻ってきた.

セシリアを囲んでいる兵士たちを見て,険のある顔つきになる.

「妹に言い寄らないでくれ.」

「申し訳ございません.」

彼らは身を小さくして,少女から離れた.

「何の用なんだ?」

ライクシードがたずねると,彼らはバウスから至急の伝言があると言う.

一人の兵士が両手を口に当てて,ライクシードの耳もとでひそひそと話す.

兄の表情が,まじめなものに変わった.

「どういうことだ?」

まゆをひそめて問う.

「そのぉ,」

彼はうまく説明ができないらしく,口ごもった.

「セシリアに隠す必要はない.大きな声で,もっと分かりやすく説明してくれ.」

すると意を決したように,別の兵士が口を開く.

「呪われた王国へ続く洞くつから,二人の人間が出てきました.彼らは異世界チキュウの者であると主張し,カリヴァニア王国国王の書状と贈りものを携えています.」


ルアンの部屋で,ウィルは耳をすまして王子たちの話を聞いた.

国王の命令で,カイルが異世界の人間を召喚したのだろう.

いけにえとしてではなく,外交の使者として.

少年のねらいどおりだった.

ドナートはみゆの手助けをすると予想していた.

しかし今では,その必要はない.

彼女はウィルが助ける.

使者は使者で,勝手にがんばればいい.

王子たちの足音が遠ざかる.

城へ戻ることにしたようだ.

少年も,自分を待つ人たちのもとへ帰ることにする.

王子が発見できなかった隠し通路の入り口を開き,中へ入る.

父親の魔法によって,通路はほの明るくなっていた.

歩いていくと徐々に明るくなり,一番明るい場所に,みゆとスミとルアンが立っている.

彼らは額をつき合わせて,一冊の本に見入っていた.

カリヴァニア王国の秘密について書かれた本である.

少年はそっと背後に忍び寄って,みゆの肩越しに紙面をのぞく.

――だいといさずずけどすったろんて……,

意味の分からない文字の羅列だ.

だが少年には見覚えがある.

「暗号だね.」

声をかけると,みゆは驚いて「きゃ!」と叫んだ.

「びっくりした.――ウィル,お帰りなさい.」

恋人に笑みを返して,少年は再び本に視線を落とす.

双対複冊そうついふくさつ式の暗号だね.神聖公国にもあるとは思わなかった.」

驚いた顔をして,ルアンとスミが同時に聞いてきた.

「ウィル,分かるのかい?」

「先輩,読めるのですか?」

「うん,解き方を知っているよ.スミは知らないの?」

カリヴァニア王国王家に伝わる暗号だ.

ウィルは,国王から教わったことがある.

彼は遊び半分で教えたのだろうが,少年はしっかりと覚えていた.

「知りませんよ.俺は先輩のように,陛下のお気に入りではありませんでしたから.」

スミはすねたように,唇をとがらせる.

「どうやって解くのかい?」

父の質問に,ウィルは答えた.

「ある規則に則って,二冊の本を交互に読むの.もう一冊,本があるでしょう?」

「二冊?」

彼の顔は困惑している.

「うん.たいていの場合,同じ表題の本だよ.」

「それはあるのだけど,」

うーんと,首をひねっている.

「二百,いや三百冊ほど,あるのかなぁ.」

少年は一瞬,言葉の意味を図りかねた.

「本棚いっぱいに同じ本が並んでいる.中身はちょっとずつちがうみたいだけど.」

「ということは,その中の二冊だけが正解で,残りはにせものですか?」

スミが指をあごに当てて,考える.

「いや,その冊数で暗号になっているのかも.」

ウィルは,暗号の基本しか教わっていない.

応用として,三冊以上のものもあるのかもしれないのだ.

みゆは本のページを一ページずつ,丹念にめくる.

「本自体に仕かけがあって,隠しページとかがあるのかしら?」

鼻を近づけて,くんくんとかいでみる.

「火であぶったり水に浸したりすれば,文字が出るとか.」

彼女は簡単に言うが,失敗すれば紙は燃えるし溶けてしまう.

「隠れ家に帰ってから,慎重に調べよう.」

ウィルは念のため,みゆから本を取り上げた.

彼女は意外に,力任せで強引なのだ.

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