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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第5章 神殿の闇
60/227

5-6

ぴりぴりと少年たちが警戒する空気が,みゆにも突き刺さる.

そんな雰囲気の中で,ルアンは先ほどと同じ話をした.

ただウィルの母親がリアンであり,出産時に死亡したことについては言及しなかった.

みゆはそのことに気づいたが,あえて指摘しない.

それを聞いていいのは,ウィルだけだ.

その黒の少年は,みゆに背中だけを見せている.

ルアンからみゆを守るために,そうしているのだろう.

スミも相変わらず,彼の背後に立っていた.

「これで,僕が君の父親だと分かっただろう?」

語り終えたルアンが,弱々しいがかすかに希望のある声でたずねる.

「おじさん,」

少年の呼びかけに,彼の肩が下がった.

「やっぱり僕には,お父さんはいないよ.」

「なぜ? 君はさっき,カイルは自分の育ての親だと言ったじゃないか.」

みゆとスミは黙っていたが,ウィルはあっさりとカイルのことを教えた.

「でもおじさんは,僕の父親じゃないよ.」

少年は強情だった.

「僕は,たとえ僕がどんな存在で何をしていても,愛してくれる人がお父さんだと習った.」

「へ?」

ルアンの口が,ぽかんと開く.

みゆもびっくりした,まさか少年の口からこのようなせりふが出るとは.

「僕は君を愛している.」

彼はむきになって言い返した.

「愛していないよ.」

少年はすべらかに否定する.

「エーヌさんが教えてくれた.愛することは,優しくほほ笑みかけること,柔らかく抱きしめること,素直に自分の気持ちを伝えること.」

ほおに朱が上がるのを,みゆは自覚した.

恥ずかしくなるくらいに,愛されていることが分かった.

反対に,ルアンは顔をうつむかせる.

「ミユちゃん,」

少年は背中のままで呼びかけた.

「このおじさんの話を聞いたよ.これでいい?」

許可を求める.

少年はみゆのために,この部屋に留まっただけなのだ.

本当は一刻もはやく出て行きたいのに,みゆのわがままを聞いてくれたのだ.

「……うん.」

これ以上は,何も言えない.

「ありがとう,ウィル.」

そのとき,どんどんと乱暴に扉をたたく音がした.

「ラート・ルアン! 私はライクシードです.この扉を開けてください!」

突然の訪問者に,みゆだけが驚く.

「ミユと話がしたいのです,彼女を返してください!」

「王子様,」

答えたのは,ルアンではなくウィル.

みゆと扉の間に,すっと入った.

「何の用? 僕たちは王子様に,何の用もないのだけど.」

声には,いらだちが含まれている.

「ラート・ルアン?」

ライクシードが問い返した.

「ちがうよ.僕は,」

少年の言葉が,不自然に止まる.

背中が不安定に揺れたように感じて,みゆは少年の片腕をがっしりとつかんだ.

「ウィルは,ウィルだよ.」

どんな生い立ちであろうと.

今,ここにいる自分自身を疑わないで.

すると少年は振り返り,いつもと同じようにほほ笑んだ.

大丈夫だよ,心配しないで.

しかし,みゆには分かった.

ウィルが顔を見せたから,そしていつもと同じ笑顔を作ったから気づいた.

ルアンの告白で少年は,ひどく動揺している.

「君は,……君がウィルか?」

ライクシードが声の主を言い当てる.

「私も君には用はない.」

はねつけるような,冷たい口調だった.

「私が会いたいのはミユだけだ.――ミユ,いるかい?」

呼びかけられて,どきりとした.

「殿下,ごめんなさい.」

何よりも先に謝罪する.

彼に会ったら謝りたいと思っていたことを思い出したのだ.

「カリヴァニア王国から来たことを隠していて,申し訳ありませんでした.」

力になってくれたのに,ずっと彼をだましていた.

「いいんだ,ミユ.それよりも部屋から出てくれ.もっとちゃんと話をしよう.」

「できません,ごめんなさい.」

はっきりと断る.

「今までありがとうございました.それだけは伝えたかったのです.」

「何がありがとうなんだ!?」

いきなり,どんと扉が打ちつけられた.

「君は私を何だと思っている? いくらでも頼って,利用すればいいのに,」

「そんな,」

「君が好きなんだ! 守りたいと,助けたいと思っているのに.」

苦しみや,やるせなさが押し寄せてくる.

「ごめんなさい.私,好きな人がいるのです.だから,」

「分かっている,ウィルだろう?」

呪詛をつむぐような声だった.

「だが君を一人で神聖公国へ行かすような男に,君を任せたくない.」

みゆは言葉を失う.

扉の向こうにいる人物が,ライクシードではないように思えた.

すると,

「僕がどんな気持ちで,」

少年の声が,体が震えている.

「彼女を見送ったと,」

「ウィル,落ちついて!」

扉を開けようとする少年に,みゆはしがみついた.

と同時に,セシリアがライクシードを止める声が聞こえる.

しかし,ぱっと外の音は消えた.

「音は遮断したよ.」

ルアンが疲れたように言う.

そして部屋の奥の本棚を,片手で,――底に車輪でもついているのか,右へすべらせた.

「ここから逃げればいい,外へ通じているから.」

石壁に,大きな穴がぽっかりと開いている.

「安心して.この隠し通路を知る人は,ほとんどいない.」

だいぶ奥行きがあるようで,穴の中は真っ暗だ.

「あの殿下とやり合うのは危険だよ.相当な剣の使い手らしいし,セシリアもついている.それにそろそろ,サイザー様が大神殿へ着くころだ.」

少年たちがちゅうちょするのが,みゆには感じられた.

みゆも,彼の態度のひょう変に驚いている.

だが足を,前へ動かした.

彼の穏やかな瞳を見つめながら,そばまで歩み寄る.

「行こう,ウィル,スミ君.」

不安げな顔をした少年たちに向かって言った.

こんな誠実な目をした人を疑うことはできない.

暖かな情愛が降り注がれている.

彼は確かに,“親”という存在なのだ.

ルアンは,通路の入り口を隠していた本棚から一冊の本を取り,みゆに手渡す.

「一冊だけでも持っていれば,君は必ず僕に会いに来ると考えていた.」

一目で古いと分かる本だった.

変色しているし,ほこりがこびりついている.

そして表紙には,“カリヴァニア王国の成り立ちについて”と書かれていた.

「ありがとうございます.」

本を持つ手が震える.

ずっと,これを探していた.

「暗いけれど,大丈夫ですよ.地面がぬれているから,足もとに気をつけてくださいね.」

通路の中に入ったらしいスミが,暗闇から声をかける.

「ミユちゃん.」

ウィルが促す.

少年の目は,故意に父親を避けていた.

「さようなら,ウィル.」

ルアンが,悲しげにつぶやく.

少年と同じ色の瞳は,あきらめの念に捕らわれていた.

その瞳に見守られながら,みゆとウィルは穴をくぐり,隠し通路へ抜け出した.

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