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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第5章 神殿の闇
58/227

5-4

聖女は十六歳になると,一人きりで神の塔へ入る.

次代の聖女を身ごもるために,聖女の血筋を後世へつなげるために.

生まれてくるのは,必ず女の子.

しかしまれに,双子が産まれる場合がある.

「つまり僕の母親は聖女マール,そして僕の双子の姉は聖女リアン.」

みゆはソファーのそばで両ひざをついて,ルアンの話に耳をかたむけた.

彼の話を信じるのならば,彼の祖母はサイザーで,いとこはセシリアである.

「僕とウィルは聖女の血を引いている,セシリアよりずっと濃く.」

「だからあなたは,ラート・ルアンと呼ばれたの?」

神官長が彼をラートと呼んだことを思い出して,たずねた.

「そうだよ.ウィルも本来ならば,ラート・ウィルと呼ばれるべきなんだ.」

「あなた,夢の中で自分は大神殿の黒猫だと言ったわ.」

黒猫が何を指すのか,みゆは知らない.

まさかウィルと同じように,暗殺者なのだろうか.

「黒猫って何?」

「黒猫は,存在を公にできないもののたとえだよ.」

皮肉げに,唇の端を上げた.

「聖女の双子は秘密なんだ.ただ一人だけの存在でないと,聖女の絶対性が損なわれるからね.」

二人もいると,貴重な存在でなくなるということだろうか.

手前勝手な理屈のように感じられた.

「僕がウィルの父親だと,信じてくれたかい?」

にっこりとほほ笑む.

みゆは何とも返事ができない.

すると,

「あなたが父親だというのならば,なぜウィル先輩を手放したのですか?」

スミが初めて,口を開いた.

「先輩は,自分には父も母もないと言っていましたよ.」

今まで見たことのないほどに,冷たい目をしている.

「奪われたのだよ,サイザー様や神官長に.」

ルアンの顔が,苦しげにゆがんだ.

「産まれたばかりのウィルを取り上げられた.僕は牢に入れられて,」

言葉が止まり,体が打ち震える.

「結局,僕はウィルを守れなかった.大切な,……彼女の忘れ形見だったのに.」

僕はもう十五歳の子どもじゃない.二度とあなた方に息子を渡さない.

神官長に向けた彼のせりふを,みゆは思い起こした.

とたんに,年齢に引っかかる.

ウィルが産まれたとき,ルアンは十五歳だった?

「ちょっと待って.あなたはウィルの父親にしては若すぎない?」

彼は,うそをついているのだろうか.

するとルアンは,情けない笑みを見せた.

「待てなかったんだ.」

「は?」

聞き返した後で,意味が分かって,みゆは顔を熱くする.

つまり十四歳前後で,そういうことをしたらしい.

彼もつられて,ほおを赤くする.

気まずい空気が流れたが,

「そうだ,カイルは生きているのだろう? 彼は今,どこにいるのだい?」

場を取り繕うように,ルアンがちがう話題を振った.

「カイルがウィルを助けてくれたんだ.彼に会って,礼を言いたい.」

みゆはちらりと,スミの方へ視線をやる.

少年が黙っているので,みゆも口をつぐんだ.

「カイルを,知らないのかい?」

ルアンは悲しそうに問いかける.

それでもみゆが答えないので,彼は瞳を伏せて「そうか…….」と小さくつぶやいた.

「ならばやはり彼は死んだのか.遺書があったのに,ばかなことを聞いた.」

みゆは,ウィルの寝顔を見つめた.

カイルの名前まで知っているとは,彼は本当にウィルの父親かもしれない.

もう疑う余地はないのかもしれない.

「ウィルを起こしてください.」

みゆは視線を,ルアンへ戻した.

「嫌だよ,ウィルは起きたら逃げてしまう.」

「逃げずに,あなたの話を聞くように説得します.」

彼は驚いたように,瞳をまばたかせる.

「ウィルに判断してもらいます,あなたが自分の父親かどうかを.」

先ほどまでの話は,みゆではなくウィルが聞くべき話だ.

ルアンを認めるかどうかは,少年が決めるべきなのだ.

「判断も何も……,僕はこの子の父親なのに.」

「ウィルが眠ったままでいいのですか?」

彼は沈黙した.

視線は,眠る少年に注がれている.

スミはいまだに彼の背後に立ち,警戒を解いていない.

だがみゆは,ルアンがみゆたちをこの部屋に入れた理由に気づいた.

ウィルが眠ったままではどうにもならないと,彼は分かっているのだ.

「眠りを解くよ.だから……,」

すがるように,みゆを見つめる.

みゆはうなずいた.

ルアンはソファーに近づいて,指先で少年のほおに触れる.

「神の慈悲が約束された子よ,その目に映る世界が光り輝くものであるように.」

ぴくり,と少年の体が動き,ゆっくりと黒の瞳が開く.

瞳の焦点が合ったとたん,みゆの腕を引っぱった!

「きゃぁ!?」

「スミ,やれ!」

鋭く叫ぶ,と同時にダン! とたたく音.

みゆはソファーに放り投げられた.

ついで,ドン! と落ちる音.

何が起こっているのだ!?

みゆは起き上がり,自分をかばう黒の少年の背中にはばまれる.

その向こうで,スミが真剣を構えている.

うつぶせに倒れたルアンの背中にのり,首筋にやいばを当てている.

「やめて!」

みゆが飛び出そうとするのを,ウィルが押しとどめた.

「駄目だよ,ミユちゃん.」

背中を向けたままで言う.

「この男は危険だ.」

こわばった背中,緊張をはらむ声.

こんなにも警戒している少年は初めて見る.

「危険じゃないよ.」

スミの下から,ルアンが訴えた.

「僕が君を傷つけることはない.」

床のじゅうたんにあごをつけて,必死に見上げる.

「お願いだ,僕におびえないでくれ.」

悲痛な声に,みゆは胸を打たれた.

「ウィル,――この人は,あなたのお父さんかもしれないの.」

少年を監禁した自分勝手な男だが,彼がウィルを愛しているのは間違いがないように思える.

「彼に剣を向けないで.話を聞いてあげて.」

ルアンを取り押さえているスミが,困ったようにまゆを下げた.

ウィルも同じような表情をしているのだろう.

彼は,ウィルを五日間も閉じこめることができた男.

危険人物として,少年二人が用心するのは当たり前だ.

ウィルが,みゆをなだめるような声を出す.

「僕に父親はいないよ.僕は黒猫だから,」

「黒猫と名乗るのならば,」

ルアンが覇気を取り戻したように叫んだ.

「君は僕の息子だ.カイルが教えたのだろう,あなたは黒猫ですと!」

ぴりりと少年のまとう気配がきつくなる.

「やめて,ウィル!」

かすかに動いた右腕に,みゆはしがみついた.

「あなたのお父さんを殺さないで!」

図星だったのだ,彼の言ったとおりだったのだ.

「殺すなら殺せばいい,けれど君は僕の息子だ!」

ルアンが大声でわめく.

「僕とリアンの子どもだ,僕たちが愛し合ったあかしだ,誰にも否定はできない!」

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