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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第5章 神殿の闇
56/227

5-2

大きな門の前まで,一人で歩いていく.

案の定,門を守る三人の兵士が,いぶかしげに眺めてきた.

何も言わないみゆに,一番年長の兵士が声をかける.

「お前,誰だ?」

しかし男装に気づいて,「失礼,お嬢さん.」と言い直した.

「大神殿に何の用だい? 君の望みをかなえられると,うれしいのだけど.」

レディファーストなのか,にこやかに応対してくれる.

「私は古藤みゆです.」

胸を張って名乗った.

「カリヴァニア王国の黒猫ウィルを,迎えに来ました!」

「はぁ?」

間抜けな返事をする兵士を無視して,閉ざされた門へ突き進む.

「こら! 待ちなさい.」

腹回りの立派な兵士が,みゆの肩をつかんで止める.

「あー!」

唐突に,一番若い兵士が声を上げた.

「聖女のミユだ.お手柄だぁ!」

大喜びで,みゆを抱き上げる.

「金貨三百枚は俺のものだ!」

まるでみこしのように,わっしょいわっしょいと肩に担いだ.

みゆは「降ろしてよ!」と叫ぼうとして,舌をかみそうになる.

年配の兵士と太った兵士が,みゆの顔を興味深げに観察した.

「この娘が新しい聖女様か.」

「もっとていねいに扱った方がよくないか?」

珍獣でも見る目つきである.

「離して!」

みゆは,じたばたと手足を動かした.

「門を開けてください.逃げられちゃうじゃないですか.」

みゆを担ぐ兵士が頼むと,ほかの二人の兵士は「へいへい.」と言って門を開ける.

「触らないでよ,いやらしい手で!」

門が開いたのを確認すると,みゆは男の肩の上で,さらに大騒ぎした.

「あんたなんか首にしてやる!」

「え?」

どうやらそのせりふには効果があったらしく,男の手に力がなくなる.

「痴漢,変態,女にもてないわよ!」

思いつくかぎりの悪口を言って,みゆは門の中へ突撃した.

前庭を駆け抜け,開いていた大きな扉をくぐって,建物の中に入る.

そこは広い吹き抜けのホールで,三階まで見渡せる.

視界に映るすべての人が,目を丸くしてみゆを見つめていた.

「ウィルを返して! ここにいるのは分かっているわ!」

踏ん張って,腹の底から声を出す.

「ちなみに私は聖女だからね.けがをさせたら怒るわよ!」

「待て!」

「聖女様!」

門を守っていた兵士たちが,後を追ってきた.

みゆは全力で走り出す.

目についた廊下に飛びこんで,

「どきなさい!」

道をふさぐ,山積みの本を持った男をどなりつける.

彼はおろおろと立ちすくみ,

「どけって言っているの,邪魔よ!」

「はい!」

迫力に押されて,道を譲った.

そしてみゆが通り抜けた後で,本をすべて落とす.

「なんで本が?」

腰をかがめて拾おうとするが,結果として兵士たちの進路を妨害してしまう.

「ばか野郎!」と怒声が飛んで,彼は「本を踏まないでください!」と言い返した.

「それどころじゃない! あの女はコトー・ミユだ.捕まえろ!」

彼らが言い争う間に,みゆは大神殿の奥へ進撃する.

廊下の角を曲がり,驚いて悲鳴を上げる巫女を避けて,

「ウィル,どこにいるの!?」

階段を駆け上り,踊り場で両手を口に当てて,

「ウィルーーー!」

心から,少年の名を呼んだ.


「くそ,なんて女だ!」

「とんでもない,じゃじゃ馬だな.」

二階の廊下を走るみゆに,幾人もの兵士たちがついていく.

聖女になる大切な女性だから,剣を向けることも弓で射ることもできない.

重いよろいを着ているのに,ただ追いかけて捕まえるだけだ.

しかも彼女を傷つけたら,こちらが罰せられる!

突然,先頭の兵士が何かにつまづいてこけた.

「うわぁ!?」

後続の兵士たちも巻きこまれて倒れる.

その間に,彼女はどんどん逃げる.


「ウィル,返事をして.私はここよ!」

階段を途中まで降りて,みゆは叫ぶ.

息が上がる,もうへとへとだ.

「待て!」

「おとなしくしろ!」

上の階から,兵士たちが押し寄せてくる.

けれど一人がこけて,全員が団子状態になって階段から転がり落ちた.

彼らは皆,立派なよろいを着ているので,見るも無残な惨状だ.

うめくばかりで,誰も起き上がれない.

彼らが落ちた理由を知っているみゆは,とりあえずごめんなさいと謝罪してから,階段を登った.

だが間抜けなことに,足を踏み外す.

「ぎゃ!」

手すりをつかもうと,伸ばした手が空を切る.

顔面から落ちる瞬間,みゆの体はぽーんと宙に跳んだ.

「ひゃあ!?」

わけが分からずに,とにかく両手で頭をかばう.

すると体が一回転して,柔らかく受け止められた.

「危ないところだったね,ミユちゃん.」

懐かしい声に,顔を上げる.

「ウィル,」

ところが期待した顔は,そこにない.

みゆは階段の下で,少年によく似た顔の男に抱かれていた.

「あ,ああああ!」

叫んで,男のえり首をつかむ.

「あなた,夢の中の?」

記憶が一瞬でよみがえった.

――僕はルアン,大神殿に住む黒猫だよ.

――君のおかげで,僕の息子が生きていることが分かった.

「そうだよ.大神殿へようこそ.」

みゆを降ろして,彼はにっこりとほほ笑む.

「来るとは思っていたけれど,こんなににぎやかな登場だとは思わなかった.」

「あなたがウィルを盗ったのね!」

なぜ少年が大神殿へ行く前に,思い出せなかったのだろう.

今さら,後悔してもしきれない.

「ちがうよ,取り戻しただけさ.あの子は僕の息子だから.」

「いいえ,私の恋人よ.返してちょうだい!」

兵士たちはルアンには手出しができないらしく,外巻きに眺めている.

「ラート・ルアン!」

その輪の中から,一人の年老いた男が出てくる.

白い服を着ていることから神官だろう.

「何をしているのですか? 何を言っているのですか?」

彼はこっけいなほどに,うろたえていた.

逆に冷静になったみゆは,自分の視界がぼやけていることに気づく.

眼鏡をどこかで落としたらしい.

きょろきょろと探していると,

「ミユ!」

老神官の後ろから,銀髪の青年と少女が姿を現す.

「髪が,それにその姿は…….」

驚いたことに,ライクシードとセシリアだ.

王子が前に出ようとするのを,「お待ちください!」と老神官が止める.

「神官長,ひさしぶりに会うね.ちょうどいいから,先に宣言しておくよ.」

すべての人の注目を集めて,ルアンは口を開いた.

「僕はもう十五歳の子どもじゃない.二度とあなた方に息子を渡さない.」

声は低く,黒の瞳には怒りが,――いや怒りよりも深い何かが映る.

「それからこの娘も.息子の大切な人のようだからね.」

神官長は苦しげに,目をそらした.

そして早口で,「ラート・サイザーに連絡します.」と告げる.

「好きにすればいい.」

対するルアンはゆったりとして,余裕が感じられた.

「でもきっと後悔するよ.この国を壊してでも,僕は息子を離さない.」

バウス殿下には悪いけどね,と笑う.

彼の情念に,みゆはぞくりとした.

しかし負けじと,私の方がウィルを好きだものと対抗意識を燃やす.

「さぁ,行こう.」

ルアンは,みゆの手を引いて歩き出した.

兵士たちは,とまどい顔で道を譲る.

ちらりと振り返ると,神官長の隣でライクシードが責めるような目をしていた.

何も答えられずに,みゆは首を戻す.

ルアンに導かれるままに,その場を後にした.

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