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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第4章 思惑の果て
54/227

4-11

少女は本を胸に抱いて,ライクシードの視線におびえていた.

粗末な服を着た,黒髪黒目のかれんな少女である.

「ウィリミア.」

館長は少女と知り合いらしく,親しげに声をかける.

「怖がらなくていいよ.この方はライクシード殿下だ.」

そしてライクシードには,内気な子なのですと説明した.

つまり少女は話を盗み聞きしていたのではなく,単に出づらかったのだろう.

神経質になりすぎたと,ライクシードは体から力を抜いた.

ナールデンが手招きすると,少女は小走りで寄ってくる.

彼は改めて,少女を紹介した.

「殿下,この子はウィリミアです.貧民街に住む子ですが,よく本を読みますよ.」

「よろしく.」

ライクシードは笑顔を作ったが,怖がらせてしまったせいか,少女は館長の背中に隠れた.

ナールデンは少女の非礼を謝罪してから,本棚の方へ少女を連れて行く.

「本を返しに来たのかい?」

「はい.でも兵士たちが…….」

「気にすることはないよ.今日も本を借りて帰ればいい.」

二人の姿が消えてから,ライクシードは再びいすに腰を降ろした.

いすの背にもたれて,足を無造作に組む.

大神殿は,リナーゼから東にある.

歩いて行ける距離なのだが,気軽に行ける場所ではない.

大神殿は,神殿の中でも特に,人の出入りに厳しいのだ.

大神殿へ入るためには,父である国王から申し入れをしてもらわなくてはならない.

国の要である聖女を擁する神殿は,大きな権力を持つ.

国王でさえ,頭を下げなくてはならないほどの.

考えこんでいると,館長らが戻ってきた.

少女はライクシードに軽く頭を下げて,図書館から出て行く.

揺れる長い黒髪を,ライクシードは見送った.


少女は図書館を出て,首都の街を歩く.

街の中は,兵士たちがうろうろとしている.

だが,ただうろうろとするだけで,成果はなさそうだ.

少女は,くすりと笑みを押し隠す.

城の裏手にある貧民街に入ると,兵士たちの数はぐっと減った.

しかし通りに面した家はすべて扉を閉ざし,窓にはカーテンをかけている.

身に覚えがあろうがなかろうが,兵士たちの視線にさらされるのは嫌だろう.

もちろん少女の家も,しっかりと目隠しをしている.

覆いを取るわけにはいかない.

中に,大切な女性を隠しているのだから.

「ただいま.」

機嫌よく声を出して,少女,――女装したウィルは玄関の扉を開けた.

「おかえりなさい.」

テーブルでリンゴの皮をむいていたみゆが,笑顔で迎える.

少年は,にっこりとほほ笑んだ.

「図書館で本を借りてきた.館長様はお元気だったよ.」

「よかった.――ウィル,リンゴを食べる?」

「うん.」

テーブルの上のリンゴを取ろうとすると,横から手がにゅっと伸びてくる.

「はい,どうぞ.」

むいたばかりの,いびつな形のリンゴを差し出された.

少年は,それをまじまじと見つめる.

「ありがとう.」

受け取って,彼女のほおにキスする.

白いほおに,赤い花びらが残った.

「口紅がついちゃった.」

くすくすと笑うと,みゆは真っ赤になってほおを押さえる.

「もっとキスしていい?」

そっと抱き寄せると,

「駄目! お化粧を落としてから!」

彼女は腕をつっぱって逃げた.

そして手ぬぐいで,ごしごしとほおをぬぐう.

ばか,なんてことをするのよと言っているが,本気で怒ってはいない.

少年はくしゃりと,リンゴをかじった.

甘酸っぱい味が,口の中に広がる.

「おいしいよ.」

するとみゆはうれしそうにほほ笑んで,別のリンゴを取り皮をむき始めた.

包丁を持つ手はぎこちないが,けがをする心配はなさそうだ.

ウィルはリンゴを食べ終えて,階段へ向かう.

ちょうど入れちがうように,スミが一階へ下りようとしていた.

「手を貸しましょうか?」

裏声を作って声をかけると,少年はぎょっとして足を止める.

次に,苦虫をかみつぶしたような顔になった.

「相変わらず詐欺ですね,その女装は.」

「かわいいでしょ?」

小首をかしげて,同意を求める.

「自分で言わないでください.」

スミはあきれた調子で言って,えっちらおっちらと階段を下りた.

階段を譲ってから,ウィルは二階へ上がる.

自室に戻ると,かつらを取って,化粧を落とした.

スカートを脱いで,いつもの黒服に着替える.

女装は,カリヴァニア王国の娼婦エーヌに教わった.

教わったというよりは,おもしろ半分に化粧を施され,ドレスを着せられただけだったが.

――私はあなたを,わが子のように想っているわ.

彼女は先ほどのみゆと同じように,皮をむいた果実を与えてくれた.

そのときには,この行為が理解できなかった.

だが,今なら分かる.

そしてエーヌとカイルの関係も.

――ひさしぶりに来てくれたと思ったのに,私になんてことを頼むの?

ウィルを連れてやってきたカイルに,彼女は顔をしかめた.

――悪趣味だわ.

けれど彼女はカイルの望みどおりに,少年に女性の抱き方を教えた.

そして彼には内緒だとささやいて,それ以外のことも.

――ウィル,覚えていて.愛することは……,

彼女はきっと,カイルを愛していた.

着替えを終えた少年は部屋を出て,にぎやかな話し声のする一階へ下りる.

テーブルについて,みゆとスミに図書館で見聞きしたことを伝えた.

すぐに彼女は,大神殿にあるという本を読みたいと言い出す.

「図書館の本には,カリヴァニア王国のことはまったく書かれていなかったわ.」

リンゴをかじりながら,スミはうなずいた.

「神に呪われた王国だから,隠されているのでしょうね.」

ウィルが着替えている間に,もらったのだろう.

そう思うと,多少むかついた.

「大神殿は,リナーゼの東にある.」

神聖公国の大まかな地理は,すでに把握している.

特に首都やその近郊の地図は,図書館で借りるだけでなく,本屋でも購入した.

「すぐ近くのはずだから,今から偵察に行くよ.」

「俺とミユさんは留守番ですね.」

スミはまだ腹の傷が治っていない.

「ちゃんと彼女を守ってね.僕は日が落ちるまでに帰ってくる.」

「了解です.」

リナーゼの門は閉じているが,少年には関係ない.

間抜けな兵士たちの目をかいくぐり,ひらりと壁を飛び越えるだけだ.

ふと気づくと,みゆが心配そうな顔をしている.

「どうしたの?」

「うん…….」

彼女には珍しく,歯切れが悪い.

「何か夢を見たような気がして.」

しかし思い出せないようで,首を振った.

「ごめん,分からない.ウィルが出てきたと思うのだけど.」

「僕が出てきたのなら,いいや.」

スミがあきれた表情をしたが,無視をする.

リンゴも夢も,本当は何もかも独占したかった.

次は少年の姿で,誰からも悟られないように家を出る.

大神殿の建物を遠目に見て,可能なら内部にもぐりこんで,すぐに帰るつもりだった.

みゆのもとへ.

そしてもう,彼女を抱いてしまいたかった.


ウィルがいなくなってから,五日後.

みゆとスミは,黒猫を探すために大神殿へ行くことを決めた.

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