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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第4章 思惑の果て
50/227

4-7

抱きしめたみゆの体から,力が抜けていく.

しばらくすると,規則正しい寝息が聞こえてきた.

ウィルは彼女の体をベッドに横たえて,毛布をかける.

眼鏡を外すと,目の下にはクマがある.

少年は自分を責めた.

みゆがここまで衰弱するまで,助けることができなかった.

彼女が暴力を受けているのではないか,――性的なものも含めて,と心配でたまらなかった.

ウィルがスミとともにリナーゼの街に着いたとき,街は厳戒態勢の中にあった.

城門は閉ざされて,大勢の兵士たちが守っていた.

そして周囲には,なぜか人だかりができている.

彼らの多くは,売りものをかかえた商人だった.

兵士たちが,

「ここは魔物たちとの戦場になる恐れがある.別の街に避難してくれ.」

と呼びかけても,――どうやら神聖公国には魔物がいるらしい,

「門を開けろ! 客が待っているんだ!」

と言って,まったく引かない.

ウィルは彼らの中に紛れこみ,これからどうすべきか思案した.

しかし運のいいことに,その日のうちに門は開く.

商人たちは門に殺到した,そして門からは街の外へ出ようとする人々があふれ出る.

移動する人や馬やロバで,あたりは大混乱になった.

「結界は修復された.聖女様に感謝せよ!」

兵士たちの張り上げる声が,さまざまな物音に埋もれながら聞こえた.

ウィルは街に入り,貧民街の中に隠れ家を確保する.

スミを医者にみせて,みゆの行方を捜した.

すると彼女は,街の有名人になっている.

ライクシード王子の恋人,結界を壊した反逆者,聖女になる女性.

人間の皮をかぶった魔物,天から降りてきた神の使い,バウス王子の政敵の娘.

国立図書館で見かけただの,ライクシード王子と駆け落ちしているだの.

みゆに関する情報は多く,そのほとんどが信ぴょう性のないものだった.

それでも,彼女が首都神殿に隠されていることは簡単に知れた.

さっそく忍びこもうとすると,建物全体に結界が張り巡らされている.

結界の力により,許可を得た人間しか神殿に入れなかった.

そこでウィルは,ライクシードのもとへ足しげく通っているカズリに目をつける.

彼女の家の使用人になり,そそのかした.

二度と王子の前に現れないように,みゆにくぎを刺しておくべきだ,と.

「無理よ.よほどのことがないかぎり,ミユさんとの面会は許されないわ.彼女は聖女なのよ.」

気弱なことを言うカズリに,少年はにっこりとほほ笑む.

「神殿の兵士にわいろを渡して,こっそり会えばいいよ.」

「でも……,」

彼女は,なかなか話に乗ってくれなかった.

だが三日後,唐突に会いに行くと言い出す.

「かわいそうだけど,婚約のことを教えてあげないといけないわ.」

ライクシードとの婚約が決まったことを自慢したいらしい.

少年は,わいろを受け取った兵士から,カズリとともに神殿に入る“許可”を得た.

みゆのもとへたどり着き,結界を壊して逃走する.

外からの侵入をはばむ結界は,外からの衝撃には強いが,内からの衝撃にはどうしても弱くなる.

みゆが神聖公国の結界を切れたのは,彼女の体が結界の中にあったからでもある.

同じことを,ウィルはやったのだ.


「くわしく説明していただけますか,ラート・サイザー?」

せまい部屋に響く兄の声を,ライクシードはうつろな心で聞いた.

首都神殿の中の,みゆが捕らわれていた部屋である.

彼女がいたのだと思うと気恥ずかしくなり,ライクシードはベッドから目をそらした.

そして硬い顔で沈黙を続けるサイザーと,青い顔でうつむいているカズリを見る.

謹慎処分はなし崩しに解かれて,ライクシードは兄に連れられて,ここに来た.

バウスが,お前が聞き出せと視線を寄越す.

ライクシードはカズリに向き合った.

「何があったのか教えてくれないか?」

できるだけ優しくたずねる.

「あなたを責めることは,けっしてしないから.」

城で報告を受けたときから,兄もライクシードも彼女は利用されただけだと考えていた.

ちゅうちょした末に,カズリは話し始める.

「私はミユさんに謝りたくて,ここへ来たのです.」

以前彼女は,みゆと派手なけんかをした.

「兵士にわいろを渡してまでか.」

兄があきれて言う.

「それは!」

カズリは叫んだ.

「ウィルが,そうすればいいって…….」

だが,言葉じりが小さく消えていく.

「ウィルについて教えてくれ.」

みゆをさらった男だ.

カリヴァニア王国から侵入した彼女の仲間だろうと,兄は推測している.

たった一人で救出に来たのだから,相当腕に覚えがあるのだろうとも.

「ウィルは,三日前に靴磨きとして雇った男の子です.」

「男の子!?」

バウスがすっとんきょうな声を上げる,ライクシードも驚いた.

どんな屈強な男だと思いきや,まさか子どもだとは.

「はい,十六歳と言っていました.いつも笑顔でにこにこして,仕事もよくしてくれて,」

カズリは身を小さくする.

「だからこんなことをするなんて,夢にも思いませんでした.」

兄は,サイザーに非難の目を向けた.

「子ども一人に倒されるほどに,神殿の兵士たちは弱いのですか?」

そもそもわいろを受け取るとは情けないと,いらだった声を出す.

「それとも子どもの姿をした魔物だったのですか,口から火でも吐いたのですか?」

「ただの子どもでも,魔物でもありません.」

老聖女は初めて口を開いた.

「その子は内側からとはいえ,私の結界をやぶったのです.」

「神の一族だというのですか?」

バウスが問い返すと,あいまいにうなずく.

ライクシードは兄と,とまどった顔を合わせた.

ウィルは,呪われた王国からの侵入者ではなく神の一族.

しかも聖女の結界をやぶるとは,尋常な力の持ち主ではない.

「心当たりがあるのですね?」

重ねての問いに,彼女は完璧に表情を消した.

「ウィルという名の少年を捕らえたならば,すぐさま殺してください.」

子どもを殺せと言うサイザーに,ライクシードは鼻白む.

聖女,神の一族は,この神聖公国でもっとも大切な人々だ.

ましてや彼女にとっては,同じ血族なのに.

「その子は死んだはずの子どもです.生きているとは思いもよりませんでした.」

「何者なのですか?」

兄はもう一度,質問した.

「知りません.」

彼女は断言する.

「あのようにけがれた記憶を,心に留め置くことはできませんから.」

「何があったのですか?」

こらえきれずに,ライクシードは口をはさんだ.

この老聖女は,何かとてつもない秘密を隠している.

「子どもは殺してください.」

平坦な口調で,サイザーは告げた.

「私たちから,聖女リアンを奪った呪われた子どもです.」

両目に,憎しみをたぎらせて.

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