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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第3章 少女と二人の王子
34/227

3-7

ひさびさにその少年の姿を見たとき,カイルは奇妙な懐かしさに襲われた.

少しくせのある黒い髪,闇夜のように黒い瞳.

小柄な体を,黒い服が包む.

肌が日に焼けているところを除けば,あの子にそっくりだった.

いや,似ていて当然だろう.

――お願いだ,カイル.

牢の中から伸ばされた手.

――助けてくれ.どうか殺さないでくれ.

涙ながら訴えた黒猫の少年.

「ひさしぶり,カイル師匠.」

森の中で,悪びれなくウィルは笑った.

スミは警戒し,顔がこわばっている.

「ひさしぶりだ,ウィル,スミ.」

過去の幻想から現実に立ち帰り,カイルは答えた.

いけにえのみゆの行動は,予想外に過ぎた.

彼女は,捨て駒として殺されるはずだったスミを救い,みずからは神聖公国へ行った.

神に呪われたカリヴァニア王国を救うために.

部下から報告を受ける国王は,さぞかし驚くだろう.

人のいい彼のことだから,みゆに対して感謝と謝罪の念を抱くのかもしれない.

だが.

「お前たちは,王国の裏切り者だ.」

神聖公国へ行ったいけにえには,どう対処すべきかまだ決まってないが.

ウィルとスミの処分は,すでにカイルの中で決定されている.

ウィルは,生かしすぎるほどに生かした.

スミはもとから,きまぐれで拾った子ども.

もう十分に生きただろう,二人とも.

カイルは大きく一歩を踏みこんだ.

ウィルは,にこにこ笑ったままで構えない.

スミはおびえた目をして,剣を抜いた.

「裏切り者には,」

「死を――.」

カイルの続きの言葉を奪って,黒猫の少年がにたっと口もとをつり上げる.

とたんに,カイルの足もとの地面が崩れた!

黒い土が黄色の砂に変わり,流砂になってカイルをのみこむ.

「不浄なる地に降り立つ,我らが神の娘.」

沈む体を冷静に眺めて,カイルは祈りの言葉を口にした.

「神よ.小さき我らを哀れに思うならば,」

五つのナイフが,正確に飛んで来る.

祈りによる奇跡もナイフの技も,教えたのはカイルだ.

「光によって,我らを導きたまえ!」


揺れ動く馬車の中で,みゆはふと目を覚ます.

どうやら居眠りをしていたらしい.

向かいの席では,ライクシードが窓から外の景色をぼんやり眺めていた.

みゆもならって,窓をのぞく.

真昼の街なみは,見ているだけで気持ちを優しいものにさせる.

手をつないで歩く恋人たち,野菜の入った袋を持つ主婦,待ちぼうけをする子ども.

平和な国の,平和なひととき.

――ミユ,あなたの力が必要なの.どうか聖女になって,この国を救って.

しばらくすると,ライクシードが声をかけてきた.

「すまないね,セシリアがとんでもないことを頼んで.」

彼はすまなさそうにほほ笑む.

「いいえ.」

ライクシードはみゆの前で謝ってばかりいる.

メイドたちが騒がしくしてすまない,兄が失礼なことを言ってすまない,セシリアがとんでもないことを頼んですまないと.

「かばっていただいて,ありがとうございました.」

みゆは深々と頭を下げる.

神聖公国で最初に出会ったのが,この人でよかった.

セシリアだけならば,運命だとごり押しされて,聖女に祭り上げられただろう.

バウスならば,怪しいやつだととがめられて,牢に入れられただろう.

「どうか謝らないでください.殿下は本当によくしてくれています.」

ライクシードは,自分自身を過小評価しているのかもしれない.

兄バウスに対する劣等感ゆえに.

彼は照れたように,目をそらした.

「首都の街を案内するよ.」

強引に話題を変える.

「どこか行きたいところや,見たいものはないかい?」

王子の横顔を見つめながら,みゆは考えた.

「図書館へ行きたいです.神聖公国のことを勉強したいので.」

カリヴァニア王国のこと,聖女のこと,神のこと.

調べたいことは,たくさんある.

ライクシードはみゆの答に驚いたようだったが,笑って承諾してくれた.

「分かった.国立図書館へ行こう.」


国立図書館は,大きな柱がいくつも立ち並ぶ,重厚な石造りの建物だった.

古代ギリシャの神殿に似た外観を持っている.

ライクシードが,この図書館は国で一番の蔵書数を誇ると説明した.

また身分や貧富にかかわらず,国民皆が無料で利用できるという.

館内は涼しく,ほどほどに人が多い.

みゆはずんずんと奥へ突き進んだ.

しかし本棚に収められた本は多く,何から手に取ろうか悩んでしまう.

するとライクシードが,

「この本なら読みやすいと思うよ.」

本棚から一冊の歴史本を抜き取って,勧めてくれた.

「ありがとうございます.」

本を受け取って,ページをぱらぱらとめくる.

本は薄く文章は平易であり,確かにこれならすぐに読めそうだ.

さらに館内を探索していると,一人の老人と出会う.

老人は脇に古い巻物を抱えて,気軽に王子に話しかけてきた.

「殿下,今日は何のご用でしょうか?」

ライクシードがみゆに,彼は図書館館長のナールデンだと紹介する.

そしてナールデンには,みゆを遠い場所からの客人だと紹介した.

「ミユ? 珍しい名前だね.」

「よく言われます.私の姉の名前も変わっていて,“かや”というのです.」

「かわいらしい名前だ,あなたもあなたのお姉さんも.」

ナールデンは優しくほほ笑む.

みゆは館長じきじきに本の貸し出し許可をもらい,ライクシードとともに図書館を出た.

馬車に先に帰ってもらい,みゆは王子に誘われるままに,散歩がてら歩いて城まで帰る.

リナーゼの街はにぎやかだ.

大通りでは老若男女がいそがしく行きかい,油断すると人ごみに流されてしまう.

噴水のある広場では,屋台がたくさん立っていた.

お昼どきなので,おいしそうなにおいがあちらこちらでする.

ライクシードに連れられて,みゆはさまざまな屋台を見て回った.

美しい布が何枚も並べられた店に寄ると,

「細かい刺しゅうが入っているよ! 手にとって見てごらん!」

と,どなり声で勧められる.

そそくさと逃げようとすると突然,隣の屋台で調理前の魚がぴょんと跳ねる.

驚いて悲鳴を上げれば,ライクシードが楽しそうに笑った.

「首都近郊の川で捕れる魚の串焼きだ.食べるかい?」

「はい,いただきます.」

みゆは気づかなかったが,ライクシードとともにいる彼女は,ものすごく衆目を集めていた.

王子の顔は,街の住民に知られている.

特に若い女性たちにとって,ライクシードはあこがれの王子様だ.

けれど彼一人だけのお忍びならば,人々はここまで注目しなかった.

気さくな王子は,よく街に出る.

剣の腕が立つので,護衛のための騎士を引き連れない.

だが今回,彼は女連れである.

ライクシードの隣に立つ娘は,つやのある長い黒髪が印象的だ.

庶民には買えない高級品である眼鏡をかけて,ひと目で上流階級の娘だと分かる.

「これはお似合いだ.」

「殿下には,彼女の方がふさわしい.」

「メイデン家のカズリ様よりも…….」

家の権力を利用して,恋敵や恋敵と想定される女性たちをけり落とすあの女性よりも.

首都に住む者なら,誰でも知っているうわさ話だ.

カズリが,王子に近づく女性や王宮の見目うるわしいメイドに,影で嫌がらせをしていることは.

そして困ったことに,ライクシードは彼女の行動に気づいておらず,バウスは頓着しない.

言いかえればカズリは,その程度の小さな悪事しかやらない.

しかし小さな悪事とは言っても,城で働く者には大迷惑だ.

こそこそとささやき交わされる声に囲まれて,みゆは焼き魚にかぶりついて,「おいしいですね.」と笑っていた.

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