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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第2章 決意
22/227

2-6

「やめて!」

みゆは殺しあう二人の間に飛びこんだ!

つもりだったが,二人の立ち位置がめまぐるしく変わるために,実際にはスミに抱きついてしまう.

「ミユさん!?」

少年は驚いて剣を投げ出し,みゆの下敷きになって倒れた.

「けがはないですか!?」

みゆを殺すつもりだろうに,心配そうに顔をのぞきこんでくる.

「殺し合いの場に入ってくるなんて,無茶はやめてください!」

妙なことに,本気で心配しているらしい.

すると後ろから手が伸びてきて,みゆはウィルに抱き上げられた.

「痛いところはない?」

こちらも心配そうな顔をしている.

「ない.――ごめんなさい.」

みゆを立たせると,ウィルは鋭い視線で身体をなでた.

真剣な表情に,そんな場合ではないのに,どきどきしてしまう.

「大丈夫そうだね.」

ウィルはみゆに向かってほほ笑んだ後で,

「スミ.僕は言ったよね,ミユちゃんに触ったら殺すよと.」

ふつふつと煮えたぎるような,怒りの声を出す.


「ふっ,不可抗力ですよ!」

座りこんだままで,スミは反論した.

「むしろミユさんが無傷なのを,ほめてください!」

いきなり抱きついてきたみゆを,抜き身の刃から守ったのはスミだ.

ウィルの怒りは,相当理不尽である.

すると,

「スミ君,王城へ帰って.」

ウィルに肩を抱かれたみゆが,話しかけてきた.

「それは聞けません.」

スミだって,本当は,

「私は神聖公国ラート・リナーゼへ行きますと,国王に伝えてほしいの.」

一瞬,言葉がすべて吹き飛んだ.

今,彼女は何と言った?

「神に会いに行きます,そしてカリヴァニア王国にかけた呪いを解いてもらいます.」

ウィルもびっくりしている.

スミは,黒猫の驚いた顔を初めて見たのかもしれない.

彼女の申し出は,あまりにも唐突すぎた.

「あなたが,王国を救うのですか?」

「そうよ.」

思いつめた顔で,みゆがうなずく.

その瞬間,スミは悟った.

彼女は,守る女性なのだ.

王宮でメイドのツィムや,テア準近衛兵をかばったように.

漆黒の瞳が水面に映る月のように揺らいでいても,確かな光を放つ.

自分一人が助かることを潔しとせずに,安易な自己犠牲にも流されずに.

呪われた王国に,清涼な音色を響かせる.

けれど,

「無理ですよ,ミユさん.」

できるだけ彼女を傷つけないしゃべり方で,スミは説明を始める.

「神聖公国へは行けません.あの山は越えられないのです.」

カリヴァニア王国北端の山脈は,真実,世界の果てなのだ.

神聖公国からカリヴァニア王国へ来ることはできても,逆は不可能である.

神の大地を追放された罪人は,けっして故郷へ帰れない.

「それに追っ手は俺だけじゃありません.カイル師匠が精鋭部隊を引き連れてやってきます.」

儀式をやり直すために,みゆを捕らえ殺すために.

いくらウィルが強くても,彼女を守りつつ彼らを退けることは難しいだろう.

「スミ,」

今まで黙って聞いていたウィルが,口をはさんだ.

「城に帰りなよ.ミユちゃんは僕が神聖公国へ連れていく.」

「先輩まで何を言っているのですか!?」

しかしウィルの顔は,まじめそのもの.

「邪魔をするなら,スミもカイル師匠も殺す.何十人追っ手が来ても,彼女は守ってみせる.」

堂々と宣言するウィルに,スミは開いた口がふさがらなかった.

しかもスミは,ウィルに殺される人間のリストに名前が挙がっている.

愛する彼女のためならば,スミなんて虫けらのように簡単に殺すのかもしれない.

「ウィル,」

そばにいるスミのことは眼中にないのか,みゆとウィルは熱く見つめ合う.

スミとしては,「俺もいるのですけど.」と声をかけたい気分だ.

「お願いがあるの,私のわがままなお願いだけど,」

だが真剣な顔のみゆのために,スミは傍観者に徹する.

もともと,この二人のいちゃいちゃは見慣れている.

「もう,人を殺さないで.」

かすかに,彼女の声が震えた.

「追っ手が来るのは分かっている,けれど,」

彼女の気持ちを察して,スミは心を痛める.

ウィルの表情は平坦で,何を考えているのか読ませなかった.

「私はウィルに人殺しをしてほしくない.“殺す”なんて言葉を,簡単に口にしてほしくない.」

みゆは,泣き出しそうな顔で請う.

「そんなことで過去の罪が償えるとは思わない.でも……!」

「君が望むなら.」

あっけなく,黒猫は了承した.

「自力で動けない程度に痛みつけて,足止めさせておくよ.」

しかし,にこやかな笑顔で告げる内容はえぐい.

「とりあえず,今からスミをね.」

「ちょっと待ってくださいよ!」

話が自分のところへ戻ってきて,スミは仰天した.

「俺,俺は……,」

ウィルを殺し,みゆを城へ連れ帰る.

それらが,スミの使命だ.

なのに,――これでは,どちらも果たせそうにない.

ウィルとの戦闘能力の差のせいではなく,自分自身の心のせいで.

「ミユさん.」

スミは座りこんだままで,彼女の顔を見上げた.

もう立てない,そして一人で立つ必要もない.

「助けてください.でないと俺,ウィル先輩に両足のけんを切られてしまいます.」

「え?」

話を振られて,みゆは驚いてスミを見つめ返す.

「あなたが先輩にお願いするだけでいいのです,先輩はあなたの言うことを必ず聞きますから.」

笑顔を作ると,なぜか本当にスミは楽しくなってきた.

「俺も仲間に入れてください,一緒に神聖公国を目指しましょう.」

誰も行ったことのない,神に祝福された国へ.

彼女ならば,光の先へ導いてくれるような気がした.


カリヴァニア王国王都,この都は名前を持たない.

建国当初には名前があったのだが,人々が外の世界を忘れるとともに,忘れ去られてしまった.

王国と言えばこの王国しか存在せず,都と言えばこの都しか存在しないのだから.

せまい世界で生きる人々は,自分たちの世界がせまいことに気づかない.

閉ざされた世界のせまさを唯一知るカイルは,国王の執務室で主君に出立の意を伝えていた.

「ウィルを殺します.今度は止めないでください.」

国王は沈痛な面持ちで,うなずく.

そもそも彼の哀れみが,黒猫に裏切りの機会を与えたのだ.

「分かっている,あの子は王国を裏切った.」

いけにえの娘を連れて,すべての者をあざむいて逃亡した.

「ウィルは北方地方に逃げました.」

すでに黒猫の足取りは,スミやそのほかの先発隊の報告からつかんでいる.

「しかし王国からは出られません.必ず捕らえてみせます.」

ウィルも,逃げても無駄だと理解しているはずだ.

せまい王国内での追いかけっこが,長く続くわけがない.

ましてや,足手まといになるいけにえを連れているのに.

もしもウィルが,故郷の神聖公国へ帰ろうとしても帰れない.

世界の壁が立ちふさがっているのだ.

誰も,神聖公国へ入れない.

たとえ少年が特別な血を持っていても,神の意思に逆らうことはできない.

カリヴァニア王国は呪われている.

だからカイルは,ウィルをこの王国に連れてきた.

けがれた存在にふさわしい場所に.

けっして幸福な人生を送らないために.

世界中の誰よりも,呪われよと――.

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