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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第2章 決意
19/227

2-3

東の地平線から朝日が昇る.

この世界では地球と同じく,太陽は東から昇り西へ沈む.

みゆは窓辺に立って,朝が始まるのをぼんやりと眺めた.

昨夜は,ほとんど眠れなかった.

みゆがウィルの部屋を訪れた日から,すでに五日がたっている.

みゆはずっと,ウィルの魔法の力で眠っていたのだ.

眠ったままで,王国北方のこの村まで運ばれた.

もはや何も言えない.

すべて終わった後だった.

城から追っ手が来ると少年は言うが,いまいち現実感がわかない.

さらに現実感がわかないことに,みゆが助かったために王国は海に沈む.

みゆは,いけにえだったのだ.

「カリヴァニア王国は,神様に呪われているんだ.」

神様とは何者か,それは少年も知らないらしい.

姉を犠牲にして生き残り,次はひとつの国を犠牲にして生き残るのか.

「死にたいなら,僕が殺してあげるよ.」

少年は,くったくなく笑う.

「君の血で王国を守る.――君が望むのならば,」

みゆのために,王国を裏切ったように.

「僕は何だってできる.」

黒の瞳の中に,炎が揺らぐ.

狂気の炎が,

「ミユちゃん,」

呼びかけられて,みゆはもの思いから覚めた.

相変わらず黒一色の服を着た少年が,扉のそばに立っている.

もしやこれは,喪服なのだろうか.

「宿のおかみさんが,朝ご飯を用意してくれたよ.」

にこにこと,あどけない笑みを見せる.

幼い顔をして,王の命令で人殺しをしていた少年だ.


「具合はどうだい?」

階下へ降りると,おかみがみゆたちを迎えた.

「おや,まだ顔色が悪いね.」

みゆの顔を見て,心配そうにまゆをくもらせる.

「出発は延期した方がよくないかい?」

みゆがとまどっていると,ウィルが返事をした.

「大丈夫だよ,僕が一緒にいるから.」

少年に肩を抱かれて,テーブルまで連れられる.

促されるままにいすに座り,みゆはまるで人形のようだ.

「ウィル,」

向かいに座って食事を始める少年にたずねる.

「出発って,どこへ?」

「北.」

少年は簡潔に答えた.

「世界の果てへ逃げるんだ.」

「世界の,果て?」

世界に“果て”があるのだろうか.

みゆは疑ったが,すぐに考え直した.

ここは異世界なのだ,たとえ太陽が東から昇っても.

「チキュウへ帰りたい?」

静かな問いかけに,みゆは黙って瞳を伏せる.

今は,考えられない.


村を出ると,大きな山脈が北の空を覆い隠していた.

天を突く険しい山並みは,日本アルプスに似ている.

「あれが世界の果てなの?」

村の外は荒地で,草木は少ない.

わずかにある緑地に,村は建っていたのだ.

「そうだよ.」

踏み固められただけの道を,みゆはウィルの後をついて歩く.

「あの山脈が,北の世界の果て.」

暑い日差しが照りつけるので,マントのフードを目深にかぶる.

少年はマントも黒色だ,みゆは灰色のマントをはおっている.

「どんなたくましい男でも越えられない世界の壁だよ.」

足を止めて,みゆは世界の果てを仰ぎ見た.

確かに,容易に越えられる山ではないだろう.

「けれど世界の果ての向こうから,こちらへ来ることはできる.」

「なぜ?」

越えられない山だと言ったのに.

「山を越えた先には,神様に祝福された国がある.」

風が吹いて,寂しい荒地の景色をさらに寂しくさせる.

「神聖公国ラート・リナーゼ.カリヴァニア王国の民が追い出された国だよ.」

少年の横顔を,みゆは見つめる.

神の地を追われた罪人は,けっして故郷へ帰れない.

「そこに,神様がいるの?」

王国を呪い,海底に沈める神が.

「多分ね.」

興味なさ気に,少年はつぶやいた.


何度も休みながら歩き続け,日が暮れるころになって,小さな集落にたどり着いた.

集落には宿がなく,一軒の民家に泊めてもらう.

小さな子どもが五人もいる家で,ウィルは宿代代わりに魔法を見せる.

赤や黄や青の炎が舞い踊り,子どもたちはすぐに夢中になった.

親たちは,みゆたちを旅芸人の姉弟だと思ったようだ.

子どもたちに囲まれるウィルを眺めながら,みゆはいつの間にか眠ってしまう.

いくら休憩を多く取っても,みゆはもともと歩き慣れていなかった.

そして朝になると,再び世界の果てに向かって出発する.

辺境の地を旅しているせいか,ほかの旅人と出会うことはない.

唯一すれちがった旅人は,衣服の行商をしている若い男だった.

馬車の中から色鮮やかな衣装を取り出し,これはどうだ,あれはどうだと購入を勧める.

みゆが断ると,長い髪をまとめるのに使えばいいと白いリボンをくれた.

「いくら?」

ウィルがたずねると,端切れだから金はいらないと言う.

彼と手を振って別れ,再び荒野を歩く.

今度は日が暮れても,集落にたどり着かなかった.

「ミユちゃん,野宿しよう.」

荷物を背中から降ろして,少年は火をおこす.

歩きながら拾っていた枯れ枝で,手早くたきぎを作った.

少年との旅はいたれりつくせりで,みゆにはやることがない.

ただ一生懸命に歩くだけだ.

ウィルは乾パンと干し肉をさっさと食べ終えて,次は寝床を作り始める.

みゆはいつまでも食べていた.

――職業は?

――黒猫だよ.

王城で過ごした日々が遠くなる.

もう何日,風呂に入っていないのだろう.

メイドのツィムの笑顔も遠くなった.

城で出された和食が恋しい.

はしを器用に操るみゆに,ウィルは興味しんしんで…….

黒髪黒目の幼い,たった十六歳の少年.

こんな子どもが,暗殺者?

国王直属の,日本でいうところの戦国時代の忍びのような?

黒装束であるところは同じだが,手裏剣を投げるわけでも空を飛ぶわけでもない.

みゆは,だまされていないか?

王国が水没するだの,地球人を殺すだの,ばかばかしい.

ウィルはただ,みゆと旅がしたいだけ.

城から出て,二人きりになりたかっただけだ.

「ウィル,趣味の悪い冗談はやめて.」

みゆは無理やり笑顔を作って,言った.

そんなことをしなくても,私は,

「どうしたの?」

少年は不思議そうに問い返す.

「あ,」

インクでべったりと塗ったように黒い瞳.

「ごめん,何でもない.」

利己的な自分の望みに気づいて,みゆは目をそらした.

好きだから,嫌いにはなれないから.

血のにおいをさせていても,ナイフを数多く所有していても,黒の瞳に狂気をはらんでいても.

人殺しだと,信じたくない.

だから,何か間違っていないか疑いたくなる.

たとえ人殺しだとしても,国王の命令に従わざるをえなかったのだと考えている.

異世界にそんな習慣があるのか知らないのに,喪服を着ているのだと思いこんでいる.

殺人は強要されたもので,ウィルは何も悪くない被害者なのだと.

「ミユちゃん?」

近づいてきて手を伸ばした少年に,みゆはびくりと震える.

少年を受け入れる勇気は持てなかった.

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