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369、モモ、上手に投げたい~五歳児は大人の真似もしたいし三輪車で暴走もしたいお年頃~

「スピエルッツが大変失礼いたしました。私は船長のジェスト・サルバァです。これより船は出航となりますが、ルクルク国までの船旅をゆっくりとお楽しみください。今回は初めての乗船となられる加護者様もいらっしゃいますし、改めて船内をご案内いたしましょう」


 強烈な初対面を交わしたスピーが船員に運ばれていくのに目もくれず、船内の案内をジェストさんが買って出てくれる。ディーみたいな性格なのかな? って思っていたけど、丁寧な口調に変わると真面目そうに見えた。さっきの様子からしても、気配り屋さんなのかもしれない。


 ジェストさんに案内された船内は広いリビングエリアや晩餐会も出来そうな食堂、美術品が並ぶサロンも設備されており、高級感あふれる家具に包まれた部屋はどれも煌びやかだ。


 寝室も多分に漏れず豪華で、天蓋付きのベッドと丸い窓がある光景が一枚の風景のように美しかった。水面がちらりと見えて、もう一人の小さな自分が心の中ではしゃぎまわっている。後で窓から外の世界を見てみたい! 


「ジェストさん達のお部屋もどこかにあるの?」


「我々が使う部屋は下の階層となっています。生活区を分けることで、皆様に失礼のないようにしているのです」


「そうなんだね」


「モモは下の階層には行かないように。そこまで行動範囲を広げると迷子になるだろう」


「はぁい。じゃあ、バル様から離れないようにするの!」


 ひしっと足にしがみついておく。案内してもらった部屋数だけでも多かったのだ。はぐれたら、船の中が迷宮に早変わりする。


「我々が護衛についています」


「モモ様が一人になることはございませんよ」


 ユノスさん達が小さく笑いながらそう言ってくれる。桃子はその言葉に安心して、バル様の足から剥がれ、ズボンの端を握らせてもらう。完全に離れたくないのは、甘えん坊五歳児の一面が顔を出したからってことにしておく。


「スピエルッツが後ほど殿下方の元に向かうかもしれません。お邪魔でしたら、容赦なくぶっ飛ばしてください」


「ぶっ飛ばす……?」


「モモ様、そのお言葉は覚えぬ方がよいでしょう」


「幼子は大人の真似をしたがるものです。ジェストさんは言動にお気をつけくださいませ」


 ユノスさんが圧が強い無表情で止めてくるので、桃子はまっさらな五歳児の振りをして頷いておく。


 確かに、お子様の口からききたい言葉じゃないもんね。グレグレ桃子さんが誕生しちゃうかも。心の中ではさっそくグレた振りをして、桃子が口に棒つき飴を加えて三輪車で爆走している。私も走り出したくなっちゃうけど、ここは我慢!


「失言でした。ですが、本当に遠慮はいりません。私が何度ブチ切れても、あの通りピンピンしていますから。話を戻しますが、最後のご案内は娯楽室となります」


 ジェストさんが扉を両手で開いて、桃子達を中に入れてくれる。その際に護衛騎士のお兄さん達が数人脚を止めた。部屋の入口で安全を見張るようだ。お仕事に忠実な姿が恰好いいよねぇ。


 部屋の中は面白そうなものがたくさんある。


「オレ達はしばらくこの部屋にいる。仕事に戻っていいぞ、ジェスト」


「はい、ご用の際はお呼びを」


 ジェストさんは胸元に手を当てて一礼すると、足早に娯楽部屋を出ていった。またお話し出来る機会があればいいなぁ。


 ルクルク国の女性騎士さん達がエテミティさんの側に近づく。


「エテミティ隊長、私達は部屋の隅で警護をいたします」


「ええ、そうしなさい」


「では、我々が窓側を担当しましょう。──お前達、位置につけ」


【はっ、ユノス隊長】


 ルクルク国の使者と、ルーガ騎士団の護衛騎士達が協力している。初日よりも距離が狭まったようだ。いいことだよね?


 バル様が桃子に視線を合わせてくれる。


「時間が出来たな。この部屋で遊んでみないか?」


「うんっ、みんなで遊ぼ!」


「どれがいいか、選んでおいで」


 バル様に言われて、桃子は部屋の中に輝いた目を向ける。テーブルにはチェス盤やルーレットが置かれ、ジュノール大国の紋章があしらわれたトランプも用意されている。ボードゲームは他にもあるようだが、今はもっとシンプルな遊びがしたい気分だ。そこで桃子は壁にかけられたものから一番わかりやすいところへ走り寄る。


「これ!」


「いいものを選んだな。ルールはわかるか?」


「ちっちゃい矢を投げて、内側の円の大きな数字を狙う! 合計点が多かった人が勝ちだよね?」


 それはダーツの的だった。桃子が選んだものは、弓矢の的と似ており遊びやすそうである。


「そうだ。この的は単純に足していくだけだから、子供でも遊びやすいだろう。最初は三回勝負にするか」


「バル様達が先に投げて。私は小さい頃に遊んだだけだから、皆の投げ方を見て真似させてもらうの」


「小さな頃、ですか?」


「微笑ましいですね。背伸びがしたいお年頃なのでしょう。私の息子も『もう小さくない!』なんて言うことがありますから」


「なるほど。モモ様くらいの年齢のお子様はそのようなことを言うのですね」


 ほっ。二人は勝手に納得してくれたようだ。口が滑っちゃったから焦ったよぅ。バル様と目で会話する。ごめんね? ……問題ない。よしっ。


「一番手はバル様からどうぞ!」


「ああ」


 桃子はバル様の華麗な活躍を期待しながら、小さな矢を差し出した。バル様は腺を引かれた位置で立ち止まると、間もおかずに一投目を放つ。ヒュンッと音がして、吸い込まれるように小さな矢が真ん中の十点を射抜く。


「すごいね、バル様! 一投目から真ん中に当てるなんてびっくり!」


「久しぶりだったが、上手くいったようだ」


「お上手ですね。ご趣味でいらっしゃるのですか?」


「兄上や部下に付き合って何度かやったことがあるだけだ」 


「それで外さないとは、お見事でございます」


「私なら何回かやっただけでそこまでうまくはなれないよぅ。次はどっちが投げる?」


「私は後で結構です」


「そうですか? では、私が先に投げさせていただきましょう。失礼して……いざ!」


 エテミティさんの顔つきに気迫がこもり、左の的を狙う。よくよく狙いを定めて、素早く降られた腕から小さな矢が放たれた。トンッという音が鳴り、的の中にしっかりと矢が刺さる。


 桃子ははしゃいでパチパチと拍手を送った。


「当たったね! エテミティさんも上手なの」


「これは投げ槍と似ていますね。八点と九点の間ですね。腕の振りが大きかったのでブレてしまったようです。次は振れ幅を短く調整してみましょうか」


 バル様より下の点数だったのが悔しかったのか。微笑みながらも分析に余念がない。本気度合いを感じながら、桃子はユノスさんを振り返る。すると、腕のボタンを外してこちらも本気モードのようだ。


 背筋を伸ばして立ち姿がとても様になっている。


「私も全力で挑ませていただきます」


 桃子が小さな矢を渡すと、ユノスさんは左目を眇めて、ふわりと矢を放った。上からカーブを描くように矢が的の真ん中に突き刺さる。


「十点! 綺麗に真ん中に刺さったねぇ。ユノスさんはダーツ経験者?」


「精神集中を鍛えるためによくやっております。自室にもございます」


 遊びではなく鍛錬として考えているなんて、ユノスさんの生真面目さが出てるよねぇ。それにしてもみんなダーツが上手すぎる。これだけ上手な人が揃っていると、私も欲張りたくなってしまう。せめて最初に七点くらいは欲しい。


 次が桃子の番である。バル様が抜いた小さな矢を右手に握りしめて、お子様にはちょっぴり遠い的へと狙いをつける。


「てやーっ!」


 気合を込めて振りかぶり、全身を使って力いっぱい投げつけた。しかし、前かがみの態勢から顔を上げると、なぜか投げたはずの小さな矢が見当たらない。的が外れただけなら、前に落ちているはずなのに。


 桃子は頭にハテナを飛ばしながら、三人に矢の行方を聞いてみようと振り返る。すると、ユノスさんとエテミティさんは無表情を取り繕いながら、明らかに口元が緩んでいた。バル様もどこか困った雰囲気である。そして、桃子の真後ろに落ちていた矢を拾いあげて、差し出してくれた。ガーンッ、まさか、前に投げることすら出来なかったの!?


「今の一投は矢を離すのが早かったんだ。振り下ろしながら前に向かって投げるイメージを持つといい。それから、モモは身体が小さいから、的に対して高さが足りないな」


「ならば、椅子をご用意しましょう」


「ああ、頼む」


「私からも一つよろしいでしょうか? 元より大人と子供では筋力差もありますし、モモ様には投げる距離も短くしては?」


「いい案だ。二人の助言を入れて仕切り直そう」


 桃子は恥ずかしながら三人の言葉に甘えて、先ほどの距離から三分の一ほど削った位置から椅子の上に立つ。


「もう一回、ええいっ!」


 そして、バル様の言葉を意識しながら、腕を振るう。ヒュルルルーッ、トッと的になんとか矢が刺さった。しかし、円を大きくはずし、的の端っこである。桃子選手の第一投目、ゼロ点。


 刺さっただけ、大きな前進をしたのだ、そう思いたい。桃子がガッカリしながら椅子を降りようとすると、バル様に止められる。


「今のは練習だ。モモ、もう一回投げてごらん」


「いいの?」


「円の中に入ってからが勝負だからな」


 二人の表情をうかがうと、異論はないようだ。その優しさが、申し訳ないけどありがたい。桃子は新しい矢を手にしながら、今度こそと気持ちを込めて、的に熱視線を送る。


「円の中をイメージして……やぁーっ」


 魂を込めた一投が放たれる。勢いはないがまっすぐ飛んだ矢は、円の端っこに突き刺さる。


「さっきより上手く投げたな」


「でも、一点なの。……はぅっ!?」


 桃子が投げた小さな矢は、傾きながら一番外の的にぎりぎりぶら下がっていた。それが、ポトッと下に落っこちる。またしてもゼロ点になってしまった。


「あら、今のも無効ですね。モモ様、もう一度投げられますよ」


 三度目の挑戦がどうなったかは、桃子達の秘密である。少なくとも、しょっぱい気分の今はね。

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