368、モモ、宙を飛ぶ~船には夢とロマンが溢れているもの~
三日月のように半円を描いた港では、桟橋に並ぶ船の影が大きく伸び始めていた。
早朝にもかかわらず、荷下ろし場と思わしき場所には半袖姿の男の人達が忙しそうに荷物を出し入れしている。大きな樽や木箱を抱えて、敷かれた麻布の上にせっせと載せていき、違う場所から荷物を運んでいく。下ろされた品物はもしかしたら、奥に並ぶ店々に引き取られるのだろうか。食べてみたいよねぇ。軽食をもらったけど、別腹が発動しそうなの。
バル様が荷物の指示を出しに少し離れているため、桃子はユノスさんと半分減った護衛騎士のお兄さん達とエテミティさん達ルクルク国の使者の人達と一緒に、ひときわ煌びやかな大きなワイン色の船に近づいてみる。この船に乗るのだ。
船の実物を見たことがなかったため、間近に目にして感動が心に沸き起こる。船首には金色の色のドラゴンが船首像を務めており、素晴らしく目を惹く。三つの大きな帆にはジュノール大国の紋章がつけられ、しっぽにあたる船尾にも尾びれのようなものが見えた。巨体ながらも速さがありそうである。
「強そうな船だねぇ」
思わず声に出すと、一緒に船を見上げていたユノスさんがどことなく感嘆のため息を漏らす。
「実に見事な造りです」
「ユノスさん達も初めて見るの?」
「はい。王族専用の船が存在するという噂は耳にしたことがございましたが、まさか実物にお目にかかれるとは」
どの護衛騎士も目を輝かせて船に熱視線を送っている。船にロマンを感じるのはどの世界でも同じようだ。
「そっか、護衛騎士のみんなは普段お城に勤めているもんね。──エテミティさん達は?」
「私達は二度目でございます。前回のご訪問時には、バルクライ殿下はドラゴンに騎乗されてルクルク国にお越しになられましたが、第一王子殿下であられるジュノラス様は、船をお使いになられたので」
「そういえば、ジュノ様もルクルク国に行ったことがあるんだよね?」
船の話で盛り上がっていると、バル様が残りの護衛騎士のお兄さん達とイゼリアさん達を連れて戻ってきた。
「各国との外交は兄上が足を向けることが多いからな。オレが今回船を選んだのは、モモの安全面をより重視したからだ。だが、モモはドラゴンに大きな興味があるようだな。今度乗ってみるか?」
「バル様も一緒?」
「そうだな。モモ一人ではバランスを取るのが難しいだろう」
ちょっと好奇心がうずくけどね。一人でドラゴンに乗せられたらどこかに飛んで行ったまま戻れなくなりそうだ。迷子のお知らせをジュノール大国中にされちゃうといけないから、ここは頼もしい保護者様を頼ろう。
また一つ楽しみが増えて心が浮き立つ。それが表情にも出ていたのか、バル様の目に柔らかな色が宿った。
「さぁ、オレ達は先に移動するぞ。──風の精霊よ」
「ぴゃあ!?」
「うっ、こ、これは……っ」
「バルクライ殿下っ?」
「なにをなさるのです!?」
「慌てる必要はない。甲板に飛ぶだけだ」
バル様の詠唱に応えるように緑の光が集まり、桃子達の周囲をくるくると回って、全員の身体が宙を浮く。と、飛んでる!
桃子が口を押えていると、身体がふわふわと船の上に飛んでいく。バル様達も一緒だ。なにこれ楽しい! 宇宙飛行士さんはきっとこんな気分なのだろう。前にも体験したことがあるけど、ついつい足をぱたつかせてしまう。身体をひねったらくるっと一回転した。素敵すぎるよ、空飛ぶ魔法!
心のままにはしゃいでいると、全員の身体がふわりと船の上に降りていく。大人数なのにすごい魔法だね! バル様に話しかけようとすると、バル様は港の方に視線を向けていた。どうしたんだろう?
「気になる視線を感じたんだが……」
「港にいる人達の注目を集めちゃってるからねぇ」
桃子は不思議に思いながらも荷運びの手を止めて唖然と桃子達を見ている船乗りさん達に手を振っておく。お仕事頑張って!
バル様はいぶかしそうにしながらも、魔法で桃子達をゆっくりと下ろしていく。甲板では荷運びの指示をしていた男の人が手を止めて振り返った。
ラベンダーの花のような紫のくせのある髪。星が輝くような青い瞳が、バル様を見て笑顔で両手を広げる。
「素晴らしい! まさか魔法でお越しとは驚きの乗船方法ですね。殿下のご尊顔にふさわしい登場に、またしても魅せられてしまいました。麗しき第二王子殿下に再び拝謁出来るとはまさに至上の喜び!」
「……近い、離れろ。魔法は加護者が幼いから、階段の負担を省いたにすぎない。それよりも船の準備は出来ているか?」
ぐいぐいと迫る男の人の肩をバル様が手の平で押しのけた。男の人はそれを気にせずに話し続ける。
「ええ、完っ璧ですとも! 船長の指示に従ってネズミどころか虫一匹さえ逃しませんでした。殿下と加護者様がお過ごしの寝室からスプーン一本に至るまで磨き上げたので快適な船旅をお約束いたしますよ。──ところで、こちらのエキゾチックレディにご挨拶しても?」
びくぅっ。桃子は狩人みたいな視線にさらされて、小動物のように怯えた。すんごい個性的な人だよぅ! 紫のコートの中に上着とズボンが白でまとめている。背景が薔薇で咲き乱れていそうな雰囲気があり、全体的にキャラが濃い。
ユノスさん達も完全に一歩引いてしまっているようだ。バル様の無表情にはかつてない虚無が見える。
「…………ああ。加護者のモモだ。──モモ、この男は副船長を務めるスピエルッツという」
「僕はこの船【ラオーナー】の航海士スピエルッツ・カリューでございます。どうぞお気軽にスピーとお呼びください! ふふふふっ、楽しい船旅になりそうですね」
「近いと言っている。モモを困らせるな」
片膝をついたままじわじわと近づかれて、桃子は困りながらじりじりと後ずさっていると、バル様に救出された。逞しい腕の中は桃子にとって安全な居場所であるスピーさんとも正常な距離間になった。
「麗しの殿下からいただく冷たい視線も素敵ですね! 切られそうでゾクゾクします。 ──モモ様、握手をさせていただいてもよろしいですか? 船旅の加護を加護者様に預けていただきたく」
「う、うん。私はモモだよ。スピーさん、よろしくね……?」
とんでもない言葉に反応していいものか迷いながら、桃子は笑顔を浮かべて差し出された手をそっと握ってみる。皮の厚くなった固い掌に努力を感じた。この人……? 桃子が不思議な印象を抱いていると、スピーさんは感動したように左手で胸を押さえた。
「はぁーんっ、なんて魅力的な笑顔なんだ! 愛らしさと純粋さ、そこに戸惑いが見えますね。ええ、わかりますよ。僕が美しいことが原因でしょう。おぎゃあと生まれた時から美という代名詞を欲しいがままでしたから。しかし、そんな僕をこれほど虜にするなんて、エキゾチックレディことモモ様はバルクライ様に次ぐ猛者と言わざるをえない。さすが加護者と名のつく方、罪な幼女ですね! 僕のことはぜひスピーと呼び捨てでお願いします!」
ショックを受けたようによろけたスピーさんこと、スピーが持ち直したかと思えば頬を染めて、ぺらぺらと止めどなく話し出す。自画自賛と桃子に対する賞賛を交えた圧倒的なプラス言動。すごいここまで全てをプラスに受け取る人には初めて会うの。うん、やっぱりキャラが濃い。
その時、バンッとすごい音を立てながら船内から、男の人が現れた。その人は左額から右顎下にかけてと左頬に二本の引っかかれたような傷があり、近づいてくる姿に迫力があった。肩を怒らせて、血走った赤い瞳で桃子達の方に近づいてくる。どうしたんだろう。すごく怒っているみたい。もしかして、ルクルク国に行くのが嫌なのかな?
桃子が不安になりながらバル様に身を寄せていると、スピーが男の人を親し気に呼ぶ。
「ジェスト、ようやくお出ましかい? 殿下と加護者様がおいでだよ。ふふっ、まったく困った船長さんだね!」
「なにが『困った船長さんだね!』だ!? 船内を醜悪なほど派手に飾りつけしてくれやがって、てめぇのとち狂った美的センスを発揮したいならな、自室だけに収めとけ! 無駄な仕事を増やしやがって」
「あれ? 気に入らなかったのかい? それなら今度は君の好みを積極的に取り入れよう! うんっ、それがいいな。ついでに君の物が少ない部屋も煌びやかにしてあげるからね」
「絶対に止めろ!! てめぇが張り切ると結果が悲惨にしかならん。あーっ、もう勘弁ならねぇ、頭だけじゃ足りねぇなっ、全身冷やして来い!」
ジェストと呼ばれた男の人は足音も荒くスピーに近づくと、その襟をつかみ上げて手摺に運んでいく。
「ぼ、僕を絞殺せんとする君も美しいね。でも、どうせなら笑ってほしいかな!」
「おう、そうか。それじゃあ、テメェの死でもってオレを笑わせてくれよ。おらっ、逝ってこいやぁ!!」
「乱暴な君も魅力的だよおおおおーっ!?」
船長と呼ばれた男の人は怒り心頭のようで、襟首を持ち上げると、スピーを持ち上げて本当に船の外にすんごい勢いで投げてしまう。
「飛んでっちゃったーっ!?」
「ふむ、なかなかの腕力だな」
「……これが船乗りの一般的な罰の与え方なのでしょうか?」
「わ、わかりませんが、船長殿は身のこなしからみても、荒事にも慣れたご様子。航海士殿はこれまでにも何度か投げられているのでは?」
「なんと申し上げますか……大変個性的な方々でいらっしゃるようですね」
感心した様子のバル様と冷静に会話しているユノスさん達とは裏腹に、桃子は目と口をぱっかり開きながら、綺麗に飛んで船の外に消えていく姿を目で追う。ドッバッシャーッという水音が上がる。ここからじゃ見えないけど、だ、だい、大丈夫!? 溺れてない!? 驚きすぎて心の中の五歳児も固まっている。
「助けないと!」
「船乗りならば泳ぎは出来るはずだ。……見ろ、モモ。戻ってきたぞ」
バル様の指差した先に、スピーが水を噴水みたいに使って押し戻されながら浮いてくる。そうして、ひときわ大量の噴水に押し出されながら甲板に華麗な着地を決めた。それと同時に複数の青い光が消えていく。スピーは水魔法が使えるんだ!
「水の精霊に愛されし僕にはこのくらい──……はぁ……はぁ……ふふっ、立ってられない!」
いい笑顔でベシャリとスピーさんが崩れ落ちた。実は限界だったらしい。




