364、モモ、靴の裏が気になる~自分だけじゃダメな時は周りに助けを求めたいの~
桃子とバル様はひとまず宿の部屋に向かうことにした。ユノスさん達と一緒にご飯を食べる前に一息つこうと思ったのである。
バル様が右手で鍵を開けると、桃子を左腕に抱えたまま部屋の中に入っていく。
桃子はどんなお部屋なのかワクワクしながら内装に目を向けて、その豪華さにびっくりすることになった。すんごいキラキラなお部屋なの……っ!
白と黄色を混ぜたような色合いを基調に金の装飾が施された壁に、お高い雰囲気が漂う五人分の椅子と大きなテーブル。ソファでくつろげる場所もあり、床には青い大理石を使い品よくまとめられていた。ここの位置からはよく見えないが、奥にはドアがないもう一部屋が続いているようだ。
おそらく、そちらが寝室なのだろう。その豪華さに桃子は自分の靴の裏を拭いたい衝動にかられる。だって、どう見てもお子様がお泊りしていい部屋には見えない! 宿ってもっとこじんまりした感じをイメージしてたよ!?
「こ、ここにお泊まり……」
「気に入らないか? それなら部屋を変えてもいいぞ」
「ううううううん!! 気に入らないんじゃなくて、想像していたよりも数段上の高級なお部屋すぎて言葉が出なかったの! 本当にこんなすんごいお部屋に私まで泊まっちゃって大丈夫? いっそ裸足で過ごそうか!?」
不安のあまりにバル様にしがみつく手に力が入る。なにかを壊したり汚したりしたら弁償代が発生してルクルク国に辿りつけないかもしれない!
動揺のあまりに否定の「う」を増やしながら、桃子は眩暈がするような気分でバル様を見上げる。あまりにも情けない顔をしていたのか、バル様がわずかに笑みを浮かべる。
「裸足で過ごしたいなら過ごしても構わないが、汚すことも壊すことも気にすることはない。今回は加護者としての旅路なのだから、この部屋に泊まる正当な権利もあるだろう? 仮に、この部屋をモモが走り回って破壊しつくしたところで大した被害にはならないぞ」
「私猫ちゃんじゃないよ!?」
頭の中で子猫のモモが生まれてしまう。うにゃおぅ! と叫びながら果物の桃みたいな模様を背中につけた仔猫が部屋中を駆け回っている。けれど、破壊力ゼロにより、家具に当たってもコロンッと転がるだけで被害は出ない。当たってもモフモフだからよろけるだけで痛くなさそうなの。って、違うよ! 桃子は猫の着ぐるみをしっかり着込んだ五歳児を頭の中から押しのける。危うく楽しくなって問題を飛ばしちゃうところだった。
「ふむ……モモは猫であっても周囲から好かれただろうな。とはいえ、こうして会話が出来る今のお前が一番望ましい」
「猫ちゃんじゃお話出来ないもんねぇ」
バル様の出すもしもの話に桃子は笑う。でも、私が猫だったとしても、バル様ならわかってくれそうな気がするの。一歳児のうにゃうにゃ言葉さえ正確に翻訳してくれたから。なんて思っていると、バル様が桃子を床に下ろしてくれた。
桃子はそろそろと部屋の中を歩き回る。ちょっぴり探検したいの。あっ、お風呂発見! 浴室はお屋敷と同じくらい広く、床も壁も豪華なつくりだ。でも、備え付けじゃないねぇ。持ち運べそうな猫足の広い浴槽は、お花のいい香りがしていた。このお風呂に入るんだねぇ。ドキドキしちゃう!
「モモ、こちらにおいで」
「なぁーに?」
バル様が外套を外しながらソファに座ると、桃子を呼ぶ。いそいそと近づくと、抱き上げられて隣に乗せてもらえた。ありがとう! バル様がいつも助けてくれるから、ソファによじ登る回数も減っている。
「今日は加護者らしくよく務めてくれたな。それに、夕飯に二人を誘っただろう? あれは非常にいい選択だ。モモが申し出たことに重要な意味がある」
「そうなの? 二人のことももっと知りたいし、仲良くなるきっかけになればいいなぁって思っただけなんだけど」
「加護者であるモモが関心を向けたことで、ルクルク国はモモとジュノール大国に目を向けるだろう。こういう方法はあまり好まないが、同盟国との仲を深めることは今回の重要な任務の一つだ。オレには出来ない方法で、モモはそれを意識せずに行っている。ルクルク国の国内に入ったら、周囲の人々をよく観察してくれ。そこでなにか気づいたら、オレに教えてほしい」
「うんっ、いいよ! それじゃあ、私は出来るだけ周囲を見ておくね。それ以外になにか注意しておくことはあるかな?」
「いや、今日の様子を見る限りは問題ない。加護者として過ごすのは窮屈だろう? 気負わなくていいからな。困った時は、オレに話を振ればいい」
その時、ドアがノックされた。
「はぁい!」
桃子が反射的に返事をすると、女の人の声が届く。
「バルクライ殿下、モモ様、イゼリアでございます。お食事のご準備と就寝のご準備のために侍女達を連れてまいりましたので、入室してもよろしゅうございますか?」
桃子はバル様を見上げて判断を仰ぐと、頷かれる。その意図が正しく伝わったようだ。ルクルク国に着く前に困った時の練習をしておくの。そうしたら、本当にそんな時が来ても自然な仕草でバル様に会話の助けを求められるはずだからね。
バル様がドアに声をかける。
「構わない。入れ」
「失礼いたします」
イゼリアさんとは別に侍女のお姉さんが三人しずしずと部屋に入ってくる。三人は両手に荷物を抱えていた。
「お洋服?」
「ええ、モモ様とバルクライ様の寝間着と明日のお洋服をお持ちいたしました。お風呂はどのくらいにお入りになられたいですか?」
イゼリアさんがそう聞くので、桃子はにこにこしながら答えつつ、バル様を振り返る。
「私はいつでもいいよ。──バル様が先にする?」
「いや、モモが先に入りなさい。夕食を食べたら眠くなるぞ」
「じゃあ、そうさせてもらうの。私が元気だったら昼間の続きをお話ししてね!」
「ああ、わかった」
ロンさんのことを聞く前に寝落ちしちゃったから、続きが気になるの。それに、よく考えたらお世話になっている周りの人のことについて知らないことが多い。レリーナさんは請負人だったらしいけど、あのダンディなロンさんは、昔はなにをしていたんだろう?
身体はがちっとしてるけど、穏やかだから雰囲気は学者さんっぽい気もする。うーん、以外と猟師さんとかワイルドなお仕事をしていた可能性もある? 木の陰に隠れて、害獣を狙うロンさんの姿を想像すると、なんだか似合いそうな気がしてきちゃう。ハンターなロンさんも渋そうだよね。
「モモ、ユノス達が来るまでティータイムにするか?」
「うんっ!」
「それでは、紅茶をお持ちいたしましょう。──リル、エドナ、お二人に紅茶を」
「承知いたしました、イゼリア様」
「すぐにお持ちいたします」
イゼリアさんが侍女のお姉さん達に命じる。一人は穏やかに頭を下げて、右眉毛の上に小さなほくろがある侍女さんは物静かに一礼して部屋を出ていく。リルと呼ばれた侍女のお姉さんの横顔にちょっぴり疲れが見えた気がした。桃子は心配になってイゼリアさん達に聞いてみる。
「侍女のみんなは普段はお城でお仕えしているんだよね? 今回は旅をしなきゃけいけない状況だから、慣れない環境で大変だと思うの。もし、私に出来ることがあったら言ってね? 頑張ってやるから!」
「ふふっ、加護者様がバルクライ様のお屋敷のメイド達に、あれほど愛される理由が理解出来ました。エドナを心配してくださったのですね。あの子は馬車に酔っただけでございますよ。本人も動いた方が楽だと申しておりますので」
「そっか。私の早とちりでよかったの」
「ユノス隊長やバルクライ様ともこの旅の計画を立てて、備えは準備して参りましたのでご安心くださいませ。基本的にわたくしが侍女達の指揮を執り、他の者は役割を交代しながらお仕えしますから」
「それなら大丈夫そうだね。遊びに行くわけじゃないけど、せっかく他国に行くからには皆が楽しく過ごせたらいいなぁって思ってるの。バル様にもお願いしたんだけど、私がなにか加護者としてダメなことをしたら、こっそり教えてくれる?」
「はい。こっそりでございますね。──ハドリー」
「承知いたしました。わたくしも耳打ちさせていただきますわ」
上品に微笑む侍女のお姉さん達は最初の頃より表情が柔らかい。よかった、少しは親しくなれたみたい。
バル様が桃子の行動を褒めるように頭を撫でてくれる。心配事が減ったら、ますますお腹が空いてきちゃった。港町のお魚料理はどんな感じなんだろうね?




