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363、モモ、笑いを引き出す~五歳児がかぶる加護者のお面はいくつ必要ですか?~

【バルクライ殿下、並びに加護者様、ようこそ港町にお越しくださいました!!】


「ふぎ……っ!?」


 桃子は男の人達の大声にびっくりして飛び起きた。なんだろう、すごく怖い夢を見ていた気がするの。現実と夢の残滓が混ざり合って頭から消えていくのに、心臓だけがバクバクと早打ちしている。小太鼓を猛烈な勢いで叩いているみたい。


 桃子は右手でぺったんこな胸を抑えながら、パチパチと瞬く。まだ馬車の中のようだ。バル様と楽しくおしゃべりしていたはずなのに、いつの間に寝ちゃっていたんだろう? 自分のことだけど、お子様の寝つきのよさにびっくりしていたら、バル様に穏やかな声をかけられた。


「よく寝ていたな」


「途中で寝ちゃってごめんね?」


「気にしなくていい。子供は寝るのも仕事なのだろう? 今イージス港町に到着したところだ」


 バル様がちらりと窓に視線をやるので、桃子も顔を向けると、口周りに髭を蓄えたいかついお顔のおじさんと、その後ろで申し訳なさそうに頭を掻く二人のお兄さんが目に入る。どうやらさっきの大声はこの三人だったようだ。


「申し訳ございません。バルクライ殿下と加護者様にご挨拶をと思いまして……けして、お眠りのところをたたき起こす意図はなかったのですが」


 いかついおじさんは申し訳なさそうに謝ってくれる。どことなくその立派なお髭もしょぼんとしているように見えてきた。桃子は内心慌てながらも、寝ぼけた五歳児の顔に加護者のお面をかぶって、団員の人達ににこっと笑いかける。加護者様モード発動!


「気にしないでいいの。眠りっぱなしじゃあ、せっかく初めての町に来たのに景色を見逃すところだったもん。歓迎してくれて嬉しいよ」


【おお……っ】


 お兄さん達が驚いたようにどよめいた。加護者らしく見えたかなぁ? そんな反応をされると、照れちゃって加護者のお面が剥がれそうなの。五歳児が心の中で落っこちかけたお面を慌てて手で押さえている。


「加護者様のご慈悲に感謝を。私はこの町にあるルーガ騎士団支部の隊長のトビイア・ジャッジでございます。この町でお困りの際は見回りの団員達になんなりとお申し出ください」


「ああ、そうしよう。お前達の仕事を滞らせるのは本位ではない。オレも今回は第二王子として訪れているため、長居はしない予定だ。こちらのことは気にせずに自分達の職務に戻れ」


「はっ、では失礼いたします。──お前達、行くぞ!」


【はっ!】


 三人が門の内側に戻っていくと、馬車が動き出して大きな門を抜けた。イージス港町に到着なの!

 桃子はバル様に助けてもらいながら自分の側の窓を開く。そうして腕を伸ばすと頑張ってしがみつきながら外を覗いた。


 日が傾いて夕焼け色に染まっていくゆるやかなくねり道には、見知らぬ商店と家がひしめき合うように並んでおり、雑然としていながらもどこか温もりを感じる。


 建物の隙間からは夕焼けを反射して赤く燃える水面がちらりと見えた。通り過ぎる町並みの中には巨大な魚を網に入れて上機嫌に担ぐ男の人が通り過ぎ、道端では頭にバンダナを巻いた綺麗な女の人が、項垂れた男の人に怒っている光景があったりと、首都とはまた違う印象だ。首都が上品な雰囲気だとしたら、この町は勝ち気な雰囲気って感じかなぁ?


 頭の中でぽんっとうふふ笑いが似合いそうな女の人が現れる。どことなくレリーナさんや王妃様の特徴が入っているけど、ジュノール大国を擬人化するとこんな感じ? 心の中の五歳児がつられて港町の擬人化をイメージしたようだ。似合いそうな強気な顔立ちの女の子も現れる。こちらはミラやリジーに似ているの。


 二人が対峙して火花を散らすところまで想像が進んでいると、バル様に心配された。


「モモ、落ちるといけないから、馬車の中に戻りなさい」


「はぁい。バル様、今日はこの町でお泊りなんだよね? もう夕方だけど、お部屋はまだ残ってるかなぁ?」


「問題ない。宿の手配はしてある。宿に着いたら食事にしよう。モモも腹が空く頃だろう?」


「鳴ってないのに伝わっちゃった!?」


 びっくり顔を披露する桃子に、バル様はふっと口元を緩める。初めて会った時より、今のバル様の方がずっと心の距離が近い気がして、桃子は嬉しさにふわふわした気持ちになった。


「ちなみに、この港町は魚料理が有名だ」


「お魚!」


 魚料理が大好きな桃子は目を輝かせる。どんな料理が出るんだろう? シンプルに焼いたお魚は身がふっくらして美味しいし、お鍋で煮たのだって柔らかくて美味しいし、フライで揚げればサクッと歯ごたえもでて美味しいし……煩悩まみれだからもう口は未知のお魚を求めている。


 その時、馬車が止まった。ドアがノックされて外から声がかけられた。


「バルクライ様、モモ様、目的の宿に到着いたしました。ドアをお開けしてもよろしいでしょうか?」


「ああ。──モモ、おいで」


 お昼を食べた時と、休憩時間を挟んだ以外はずっと馬車の中だったので、久しぶりの外である。桃子は空気を吸うように夕焼け空を見上げた。もう星が出てる! あっという間に夜がきそうだ。 


 モモはバル様の腕にお邪魔しながら、赤茶色い煉瓦造りの大きな建物に入っていく。後ろにはユノスさん達が付き従っている。桃子達の姿が視界に入ると、受付けカウンターには、白いエプロンと緑の布巾をつけた女の人がすかさずやってきて、丁寧に頭を下げた。


「お待ちしておりました、バルクライ殿下。宿屋ティンクスに再びようこそ! お連れの皆さまの分もお部屋の準備は整えてございます。お夕食は奥の食堂とお部屋を選べますがどちらでお取りになりますか?」


「モモはどちらがいい?」


 バル様が決定権をくれる。桃子はどうしようかと迷いながら何気なく周りを見回した。すると、二階の手摺に冒険者風のお客さんがよりかかっており、こちらを唖然とした顔で凝視していることに気づく。


 よくよく周囲を観察すれば、店の奥から出てきた貴族風の男の人はぎょっとした面持ちで棒立ちになっている。その後ろからきた女の人が迷惑そうに横に逸れて、バル様を見て目を蕩けさせてうっとりした顔になった。このままだと大騒ぎになっちゃう!


 桃子は咄嗟に口を開いた。


「ご飯はお部屋でのんびり食べたいの!」


「慣れない旅で疲れたか? それなら、モモの望む通りにしよう」


 バル様は周囲の視線を気にすることもなく、桃子の意見を受け入れてくれる。もともと目立つ人だから見られることに慣れているんだろうね。だけど、バル様の腕の中の私はこんな凝視を浴びたらご飯の味がわかんなくなっちゃうよぅ! 


 それに、正装姿のバル様を見ればほとんどの人がその身分がかなり高いことに気づくはずだ。後ろには、護衛騎士のお兄さんと、ルクルク国のお姉さん達までいるし、食堂に行けば、料理を落としちゃう人が続出しそうなの。


 宿屋のお姉さんは接客業で慣れているのか、美形なバル様を前にしてにこやかに微笑むと、金の鍵を差し出す。


「お部屋は二階の一番奥でございます。お食事はすぐにご用意いたしましょうか?」


 お姉さんの言葉を聞いて、桃子はしゅぱっと手を挙げる。周囲から否応なく注目されちゃうけど、ここは勇気を出さないといけない。


「バル様、私の意見を聞いてほしいの」


「どうした?」


「あのね、夕食はユノスさんとエテミティさんも混ぜて一緒に食べれないかな? 加護者として、二つの隊の隊長さんとはもっと交流しておきたいと思って。──二人とも、これは命令じゃないからね。もし疲れているなら断ってもいいよ!」


 ルクルク国の人達をがっかりさせないためにも、まるごと五歳児ところにより加護者らしくしておいかないといけない。ちょっぴり大変だけど、バル様と約束したんだから、頑張らなきゃ!


 桃子の意見を受けて、バル様が思案するように一つ瞬いて、ゆっくりと頷く。


「それはいいな。──二人はどうだ? モモの言う通り、無理にとはいわないが」


「ご招待をよろこんでお受けいたします」


「モモ様のお心配りをしかと受け取りました。私もぜひお受けしたく存じます」


 ユノスさんとエテミティさんが快く返事を返してくれる。やった! 


「わかった。では、そうしよう。──店主、鐘七つ頃に、四人分の料理をオレ達の部屋に運んでくれ。メニューの中に魚料理を一品指定するが、後は任せる」


「かしこまりました。幼い方もいらっしゃるので、専用のものをご用意させていただきます。当宿屋でごゆっくりお寛ぎくださいませ。なにか御用がございましたら、受付カウンターまでお越しください」


 バル様は店主さんから鍵を受け取ると、ユノスさんと達を振り返る。


「護衛騎士の者達も侍女の者達も、今日はご苦労だったな。今夜はオレもモモも外出の予定はない。これから明日の朝までは自由に過ごして構わないぞ。──ルクルク国の方々にもお力添えをいただき感謝する」


 バル様の視線を受けて、桃子も皆に明るくお礼を伝える。


「ドラゴンさんが道を塞いでいた時はどうなることかと思っちゃったけど、護衛騎士の皆とルクルク国の使者の方にすんごく助けてもらったの。それに、侍女の皆には休憩の度に美味しい紅茶やお菓子を用意してくれたよね? 皆が助けてくれたおかげで、とっても楽しく過ごせたよ。ありがとう!」


「モモ様のお役に立ててようございました。侍女一同、このルクルク国への旅路中、心を尽くしてお仕えいたします」


【お仕えいたします!】


「うんっ、明日もよろしくね。……あっ、まだお風呂でお世話になるの」


 加護者のお面からうっかり桃子が顔を覗かせてしまうと、周囲から噴き出す声と可憐さが混ぜられた抑え気味の笑い声が上がる。恥ずかし笑いをしながらバル様を見上げれば、喉をクツクツ鳴らして口元を左手で抑えていた。


 珍しい姿に桃子の心はきゅんと反応して、顔が熱を持つ。やらかしちゃったけど、みんなが笑ってくれたからいいよね!


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